42 泣きべそ
「マロンを呼んできて」
母さんの眉頭が顔の真ん中に寄ります。母さんと目が合ったチクの背が真っ直ぐになります。父さんの熱が昨日の夕方から下がりません。母さんは、パンを皿に盛りつける時に、「あちち」と指先を振りました。冷たい水に人差し指を浸して、食卓についた子供たちを見ていました。マロンがいません。
チクは、「ちぇっ」と舌を打ち、立ち上がります。足先を外に向けてふんぞり返ってマロンの部屋に行きました。
「チクセンパイ」
ポポが小さい声で言い、手で小さく拍手をしています。すると、ココがポポを睨みました。
「今は、そういう時じゃない」
ココがポポに歯を見せて、首を振りました。ポポは、鼻の下を伸ばして「べーっ」とピンクの舌を出します。
朝、乾燥した空気でした。ソラもそれを感じていました。髭先が少し震えます。チクが目を丸くして戻ってきました。
「いないんだけど」
「えっ?」
台所の母さんが振り返ります。食卓のソラ、ココ、ポポも座ったまま首を伸ばし、チクの方に顔を向けました。
「どこに行ったの?」
母さんの目が吊り上がります。マロンは、いつも一番遅く起きて、寝ぐせのついた頭を掻きながら食卓につくのです。チクは、肩をすくめました。母さんは泣き出したい気分でした。目がしょぼけて、鼻がツンとします。子供たちが心配そうに見つめているので、母さんは胸に息を吸いこんで、鼻からゆっくりと吐いて、自分を落ち着かせます。
マロンの座る席と父さんの席が空いているので、皆が無口になりました。子供たちは、急いで朝食を終わらせて家を出ます。誰かが叱られて泣きべそをかいたような朝でした。
母さんは、チクを呼び止めました。
「チク、学校から帰ったら、マロンを探して」
母さんは、マロンがどこかに隠れて寝ているのだと思いました。でも、食いしん坊で、直ぐにお腹が空くマロンが、朝ご飯を逃すことは今までありませんでした。
「昨日、、、」
食卓の皿を重ねて、手を止めました。昨日の夜、開け放しの玄関のドアを閉めた時のことを思い出しました。
「マロン?」
母さんは、首を寒気がするように縮めて身震いしました。
「マロンが外に出て行った?」
台所の流し台に両手をついて考えます。
「ううん、きっと何でもないわ」
母さんは父さんの薬を用意してから、包帯の替えの準備を始めました。棚から、包帯を手に取る時にも、弾みで落としそうになります。母さんはため息をつき、しばらく床に座り込みました。




