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ハリーさん、こんにちは  作者: ゴリラ
森のなか
4/16

4 タンブルウィード

 ゆるい上り坂が続きます。父さんは足が重く感じました。汗がこめかみを伝います。

「おーい、マローン」

マロンは、父さんの呼びかけに気付かないようです。マロンの走りには、ぐらつきが全くありません。

「はあ、はあ」と口を開ける度に、父さんは疲れが込み上げてきました。うっかりするとマロンと離れてしまうので、父さんは歯を食いしばって追いかけます。

 マロンの足裏が、上りから下り坂への変化をとらえました。すると、マロンは、突然、体を大きく反らしてから、背中の針を逆立てて丸まりました。それは、棘の付いた毬のようです。マロンは、踏み固められた道を一気に転がります。その姿は、川で水切りの石が跳ねるようでした。父さんは、もう、見ているしかありません。

 毬になったマロンは、道の中央から次第に外れていきます。このまま行くと、マロンが左側の草地に入るのが父さんにはわかりました。

「あぶなーい!マロン、あぶない」

父さんは、咽喉を絞って叫びました。マロンは、勢いのままに左にそれ、樹の根元にぶつかって止まりました。父さんは、駆け付けたい気持ちだけが焦って、足がもつれてしまいました。

 マロンは、樹の下草の上で、お腹を上にして倒れ、気を失っていました。怪我は無いようです。びっくりしたのは、ムクドリとクロウタドリです。一瞬で、近くの枝へ飛び上がりました。ムクドリはマロンを見て、舌を鳴らしました。クロウタドリは、食べ物を嘴から落とし、失くしてしまったので、そっぽを向きました。

 マロンの鼻の周りが動きました。甘くて酸っぱい匂いがするのです。マロンは、森の端からここまで、微かな匂いを辿ってきました。それは、プラムの香でした。

「うおー」

マロンが目を開き、声を上げました。そして、身を起こしたマロンの目に一番に見えたのは、火のような赤でした。「赤珠」です。ムクドリもクロウタドリも、「赤珠」に身震いがでたので、まだ、近づけずにいました。よく食べるフサスグリの透けるような赤色とは明らかに違うのです。

 父さんは、マロンの方へ進むうち、果実の香りに気付きました。そして、ようやく、マロンがプラムの匂いを遠くから嗅ぎつけていたのだとわかりました。

 樹の傍にある石の上で、マロンは「赤珠」を抱えて座っていました。苔の生えた平たい石は、低いテーブルのようです。そこに、沢山のプラムがのっています。父さんは、マロンを抱き寄せ、マロンの目を覗き込み、無事であることを確かめました。マロンは笑っていました。「赤珠」を見つけたのは、マロンの御手柄です。

 ムクドリが、石の上のプラムの側に下りて来ます。

「このプラムは、私が見つけたの」

ムクドリは、嘴を斜めに上げ、短い尾を振りました。すると、クロウタドリも、枝から急いで降りてきます。

「私たちが、最初にみつけたのよ。この実は、ぜーんぶ、私たちのものだわ」

クロウタドリの旦那さんも、羽を広げて胸を反らします。

「あんたたちは、いつも、横取りだ」と、クロウタドリの二羽はムクドリを睨みます。

 父さんとマロンは、顔を見合わせました。父さんが言いました。

「このプラムは、私達の樹の実ですよ」

ムクドリは、おかしいじゃないか、と問いただしてきました。

「あなたたちの樹は、どこですか?ここに、プラムの樹はないわよ」

「森のはずれ、森の端に在りますよ」

クロウタドリの奥さんは、高笑いをして冷ややかな目で見ます。

「うそばっかりね」

マロンは、唾を飛ばして声を張り上げました。

「うそじゃない、僕らの樹の実だ」

クロウタドリの旦那さんが、マロンの「赤珠」に目を付けました。

「君の抱えている赤いのも、プラム?食べられるのか?」

ムクドリも知りたがっていました。

父さんは、慌てて言います。

「これは、特別な実ですよ。あなたたちが食べなくて正解でした」

ムクドリが、「どうして?」と首を傾げてみせました。

「生では、食べられませんよ。そのまま、ついばんでごらんなさい。胃が焼けただれます」

そう、父さんが言うと、ムクドリが嘲笑うように低く鳴きました。

「私達には、代々受け継いだプラムの樹がありましてね。私の祖父が、言っていました。ある朝、プラムの樹の根元に三羽の鳥が死んでいたと。「赤珠」をつついたのでしょうな。嘴が少し溶け、そこから、赤い泡の付いた小さな舌が見えたそうです。三羽とも目もむき出していたから、ものすごく苦しんだだろうって。」

クロウタドリは、「うそばっかりね」と、旦那さんに囁きます。

「本当ですよ」

父さんが早口に言いました。

「じゃ、その鳥は、どうしたの?」ムクドリが探るように言います。

「あー、たしか、祖父が樹の直ぐ下に埋めたそうです」

ムクドリは、体を固くしました。

「きゃー、大変、死体の樹の実、不吉だわ」

ムクドリが彼方此方を歩き回ります。

「樹が、栄養にしていくのです。当たり前のことですよ。私が死んでも、森に帰る」と、父さんは落ち着かない様子の鳥たちに話します。

クロウタドリの奥さんは、旦那さんに抱きつきます。

「嫌だわ、食べてしまったわ、どうしよう」

クロウタドリの奥さんは、嘴の跡が付いた実を見ています。食べかけから、汁が流れていました。ムクドリは、何も言わずに飛んでいきました。二羽のクロウタドリは、目の周りのオレンジ色に涙を滲ませています。そして、さえずりも忘れたかのような顔で、黒い羽を開き、去っていきました。

父さんは、「本当のことに、怯えるなんて」と首をすくめていました。

「早く、皆と実を運ぼう」と、父さんがマロンに言います。

マロンは、「赤珠」を抱きしめたまま頷きます。

 石の上に積まれたプラムは、まるで何かの御供え物のようです。父さんは、ずっと一つのことを考えていました。

「プラムは、どうして、ここにあるのか」



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