34 四つ葉のクローバー
チクたちの体は、何にも触れられてもいないのに縮こまりました。背後の幽霊に肩を叩かれたように、皆が首をすくめています。ココもマロンもポポも、さっき天を仰いだ腕を胸元に引き寄せていました。
「あー、びっくり」とポポがため息と共に吐き出しました。
「あ、ごめん。ごめんなさい、でも」
エリーゼは、何度も頭を下げました。頭の毛についた泥がはっきりと見えました。エリーゼの視線が落ち着きなく動きます。
「あのー、これ、ゾエ姉ちゃんから」
エリーゼが、後ろで隠していた手を前に出しました。その柔らかい握りの中に、何かあるらしいと、マロンの鼻の周りの髭が揺れます。マロンがエリーゼに近づいて、肉厚の指を揃えて手の平を差し出します。チクは足元の苔の膨らみに目をやり、足の爪で裏返そうかと迷っていました。そして、エリーゼを見ると、顔を横にそむけます。
エリーゼは、突然首を何度も振り、自分の手を引っ込めました。マロンの手が寂し気に下がっていきます。マロンは躓いて転んだみたいな顔をして、その手を後ろに隠しました。
「あの、チク先輩。チクセンパイに、って」
エリーゼの声は風にかき消されてしまいそうです。でも、チクたちには、なぜだか、はっきりと聞こえました。マロンの口は顔の端まで引き伸ばされて笑っています。
ココがチクを横目で見ると、チクは口を少し開けて手をだらりと下げて立っていました。体に力が入って、速やかに足元が動かせません。チクはエリーゼの方に向き合えずにいました。エリーゼは、チクだけを真っ直ぐに見つめて、一歩近づき、手を前に出します。ココの肘が軽くチクの脇腹をつつきます。チクが頭の毛を掻きむしり、口を少し尖らせてエリーゼの手の届くところに立ちました。
マロンとポポは、頬をピンク色にして目を輝かせています。二人は、前かがみになって手の爪をかじっています。エリーゼの手から、チクの手に何かがポトリと落ちます。エリーゼは重荷を下ろしたような明るい目つきになりました。そして、さっきよりも胸を張って走り出していきます。
直ぐに、マロンとポポがチクに飛びつきます。
「なになに?それ、なに?」
チクもまだ手の中に渡されたものを見ていないので、
「しらねーよ、どけよ」と腕を上げて、自分の手を二人の届かない高さにします。マロンとポポは、身を屈めて脚を伸ばし、跳ねて手を伸ばします。チクに食べられる前に、それが何であるか見たいのです。
「わかった、わかった。おちつけって」
チクは、弟たちをなだめました。ココは後ろで笑っています。
「ねーえ、ずるいよ。見せてよー」
マロンとポポが繰り返し言うので、チクは腕を下しました。そっと、マロンとポポの間で、手の平を開きます。
「わー」
歓声が、ポポの口から出ます。声は最初の勢いを失くして、変な気持ちを皆に残しました。
「なにこれ?」
チクの指はひっぱられ、マロンの胸元に引き寄せられます。チクは、マロンの頭の横から自分の手の中を見ました。
「うーん、何だろうな」
チクは、鼻先を掻きました。マロンがチクを気の毒そうに見つめます。ココがポポの頭の上から、チクの手の中をのぞき見します。
「あー、これは、泥パックだよ。これを水浴びの時、塗ってるのを見たことある」
チクはココを見て頷き、「へえー」と首を傾げました。
「ゾエ、これを作っているんだね。すごいな」
ココが顎に手をやり、感心しています。マロンは口を開けて、肩を落としています。それから、急に熱心に泥の塊に顔を近づけました。
「僕、泥団子だと思ったよ」
ポポがそう言うと、マロンがポポの肩を叩きます。
「いや、見てみろ、ほら」
「なーに?」
「これ、団子じゃなくて、ハート型だぞ」
「えーどれどれ?」とポポがチクの手を引き寄せます。
チクが慌てて手をずらしたので、泥のハートが転がりひっくり返りました。ポポが目を大きくさせて叫びました。
「わー、みて、みて、裏に、四葉のクローバーがついてる」
チクの顔は、真っ赤になりました。髭の先が細かく震えていました。ココの鼻先が「クックッ」と音を立てます。
「すんごい、とくべつだな」
マロンは美味いミミズを食べた時みたいに、歯を見せて笑います。




