32 ミミズ狩り
ブールビエが近くなると、足元は水分を含んだ柔らかい土になります。足が吸い付くように、土の中に少し埋もれ、四匹の歩いた跡が足の指の輪郭までつけて残ります。ブールビエには、丈の高い草どうしが、陽の光をより多く貰おうと競い合い、お互いに伸びをしています。それが、所々に集まりを作り、風が吹くと一緒に葉を揺らします。そうして、草の間を歩く者がいると、高い所から顎を引いて見て、涼し気に立つのです。丈が揃った草は、それぞれが根を絡ませて張り、自分達の島を作ります。時々、その島の間を通って、足をいつものように踏み出す者に冷や水を浴びせます。足が真っ直ぐに落ちていき、体の半分までがいきなり泥の中に沈みます。慌てて、草の茎を掴もうと手を伸ばしても、草は素っ気なく目を反らします。草たちは、明日の風の来る方向ばかりを気にしていますから、助けを求める大声に遠くばかり見ています。
チクは、ブールビエに近くなると、イグサやガマの間を避けるようにして道を選びます。ココとマロンとポポは、チクの後ろで鼻歌を歌っています。時々、マロンが突然両足を揃えて止まります。後ろに続くポポが、マロンの急停止に合わせられずに、鼻先を潰してマロンのお尻にぶつかります。マロンは笑って、何度もその急停止をやり、ポポはその度に体当たりで応えて笑います。
水苔がブールビエを遠巻きにして、樹々の根元に鮮やかな緑の絨毯を敷いています。この苔の下は、ミミズが多い場所です。チクは、歩の速さを変えました。体を前かがみにし、足を踏みしめながらブールビエの岸辺を進みます。足の泥が、膨らみのある苔に拭き取られていきます。チクが弟たちを振り返り、ミミズの真似をして身を震わせ歯を見せました。
突然、ブールビエ全体に、悲鳴が静けさを壊して響きます。ポポは、耳を手で抑え込みます。
「きゃー、きゃー」
チクは目を細くして、周囲の草を透かすように探ります。イグサの島の一つに、影が三つあります。マロンが、ココを押しのけて、苔の上の高い所にでます。
「あ、だれかいる」
ココも首を伸ばしました。イグサの茎を泥だらけの手が掴み、草の隙間を大きくします。その間から、二つの丸い目がこちらを見ています。
「ルー、ね、見える?」
チクの耳が動きます。その声は、同じクラスの女の子ゾエです。チクはゾエの隣に座っていて、ゾエがいつも話しかけてくるので覚えていました。
「ゾエだ」
チクがつまらなそうな顔をして、舌打ちしました。
「チク?やだ、チクがいるの?」
自分の名前を呼ばれて、ゾエが早口で話すのが聞こえます。
「うん、チクと、他にもいる」
偵察していた女の子ができるだけ小声で話していますが、ブールビエの島では虫の息も反響して聞こえます。イグサの茎が大きく揺れます。
「ちょっと、押さないで、ゾエ」
「押してないわ。ちょっと、どいて、ルー」
マロンがつま先立ちで見ています。
「あー、ルーとゾエとエリーゼだよ。お喋り三人姉妹だ」
マロンがチクに振り向きます。チクが黙ってイグサの方を見ていました。
「最近、ブールビエの泥がさ、美容にいいって評判なんだよ。女子の間で」
ココが、右耳の辺りを飛ぶ小さな虫を手で追い払いながら言います。
「ああ、そうだ。なんだっけ?あれ」
マロンが目を上の方に向けて、口を開けて言葉を探しています。ポポが眉を寄せて、マロンを見ています。それから、チクに口をとがらせました。ポポはしゃがみ込み、肩を落としました。
「ね、あの人達、ずっといるの?」
ポポがチクに聞きます。チクが「さあー、、」と首を傾げたとき、
「パック!パックだ」とマロンが口を大きく開けて叫びます。
それと同時に、イグサの茂みから黒い泥で塗り固めたハリネズミが出てきました。ぷっくりとしたお腹を突き出し、得意気に胸を反らしてチクに向かって来ます。それがゾエだとチクには直ぐにわかりました。ゾエは顎を上げ、腰に手を当てて体をくねらせながら一歩ずつつま先から足を置いて歩いてきました。その後を、ルーとエリーゼが口に手を当てて、ゾエの後ろに身を隠すように小走りで遅れて来ます。




