27 雲の流れ
ナラの樹はこの森の至る処にありますが、ポポが好きなこの場所には、幹が太く貫禄のある樹がありました。神様が宿るくらいの古めかしい木肌には、古い傷のような裂け目や硬い瘤があります。それは、ポポが生まれる前からこの地にある証でした。根は地面に張り巡らされて、生きることの重みを見せつけます。土の上に出ている根の曲がりは背もたれになり、自然の中の家具のようです。
ポポは、緑の柔らかい苔の生えた地面に座り、背を根にもたせ掛け、体を預けます。そこから見える空は、青く澄んでいました。手に持っている魚の燻製を口に含み、小さく齧り取ります。乾いて、固くなった魚の身は、チクの歯の間で噛みしめられる度に、身を徐々にほぐしていくのです。口の中に魚の旨味が沁みると、チクは目を細めて味わいました。
「おーい、ポポー」
ポポは耳を立てました。向こうで、マロンが五本の指を広げて手を振っています。その後に、ココとチクがいます。苔の生えている所が足音を吸い取るので、ポポは三人が近くに来たことに気が付きませんでした。ポポはにっこりと微笑みます。
「ポポのとーなり」
マロンが滑り込んで、ポポが寄り掛かる根に体をもたせ掛けます。ココとチクは、その少し上の地面の窪みに座ります。マロンが、「今日、何だった?」とポポに聞きます。ポポの顔を見ずに、鞄の中身を手で探っています。
「プラムのジャムサンド」とポポが答えます。
上の方に座る、チクが「いえーっ」とガッツポーズをココに見せます。ココは、びっくりして、チクの顔を口を開けて見ました。チクの手に魚の燻製の切り身が握られていたのを見つけて、「あー」と腑に落ちたように頷きます。チクは、魚や肉が大好きでした。
マロンは、プラムのジャムの甘い香りを嗅ぎ、こっそりと笑います。サンドを二つに分けると、片方のパンのジャムを舌で綺麗に舐めます。それから、サンドを元に戻して食べるのです。
ポポは、もうサンドを食べていたので、魚の燻製をしゃぶりながら、手枕をして、雲の流れを見ています。チクとマロンとココも魚の燻製を食べ始めると、ココがチクに聞きました。
「ね、ソラみたいに学校に行かなくてもよくなると、チクはどうするの?」
チクは肘をついて、寝そべっていた体を少し起こします。片方の眉を上げてココを見ました。
「どうって、、、」
チクは口ごもりました。こういう時、マロンは逃しません。
「ソラは、さ、彼女がいてさ、、もうすぐ、結婚する」
マロンは鼻の下にジャムを付けたまま、ニタニタ笑っています。
「チク、彼女いない、ぐふふ」
マロンは、魚の燻製を手に持って立ち上がっています。チクは頬を人差し指で掻き、口を尖らせます。
「ココ、お前どうするんだよ、もし、学校が終わったら」
チクがココに聞きました。
ココは、注射器を目の前に出された患者のように、急におとなしい顔つきになります。チクは触ると痛い所を手で叩いたのかと思い、ココから目を反らしました。そして、魚の燻製に噛りつきます。
「僕、さ」
ココが魚の燻製を口に入れるのをやめて言いました。重い扉が少し押されると、小さな隙間が開きます。そこから漏れた光のような言葉でした。皆がココを見つめます。
森の風がナラの枝を揺らして通り、葉がざわめきます。




