26 母さんの鼻
「どうした?」
大柄なチクが前かがみになって、ポポの顔を覗き込みます。ポポは、仕方なそうに笑いました。
「あのね、僕、弁当を外で食べることにしたから」
そう言うと、ポポはチクの手から弁当を取り、走り出しました。
「どこで、食べるんだ?」
チクが、ポポの走り去る背に問いかけます。ポポが振り向き、手を振りました。
「うーん、ナラの樹のところにする」
チクは首を傾げて、ポポの姿を見送ります。それから、チクは家に入っていきました。
「うわっ、くっせーえ」
チクは、玄関に入るなり大声で言い、鼻をつまみました。ココとマロンがゲラゲラ笑いながら、家に入って来ました。でも、すぐに、二人は膝から力が抜けたようになりました。マロンは細い目をつむって、床に倒れます。ココは急いで戸口にすがりついて立ち、外の空気を吸います。ココは、そのまま外に出て、中には戻りません。
チクはマロンの体を両手で起こします。マロンは、開け放しの扉の向こうに、ココを見つけました。ココは膝に手を置いて、背を丸めています。咳込んで苦しそうです。チクもマロンの体を支えて、外に出ました。
ココの咳が、苦しそうな早い息になります。チクはココの息づかいに耳を傾けています。ココの肩が上下します。チクは真っ直ぐココの顔を見て、立っているだけでした。チクがマロンの顔をちらりと見て言います。
「ポポ、外で弁当食べるって」
ようやく、ココの胸が一息を大きくため込むのをやめます。ココは、息を穏やかに吸い、小さく途切れずに吐くようになりました。チクの爪が自分の握り締めていた手に少し食い込んでいました。力を抜くと、歯型のような跡が掌についていました。マロンも寄せていた眉を解きます。いつもの呑気なマロンになりました。
チクが歩きだすとココとマロンが後に続きます。誰も何も言いませんが、チクとココとマロンは、ポポのところで一緒に弁当を食べることにして歩き出しました。チクは頭を横に振って、額を抑えます。
「マジ、臭かったな」
「衝撃的な臭いだったよ」とココが鼻の前で手を振って言います。
チクとマロンは白目がはっきりと見えるまで目を見開き、ココの言葉に大きく頷きました。
マロンが鼻先を上にして、空を仰ぎます。
「母さん、臭くないのかな?」と不思議がります。
チクは舌で乾いた唇の端をペロリと舐め、吐き出すように言いました。
「あれは、鼻が馬鹿になってるんだ」




