25 大当たり
「うわっ、なんか、臭い」
開け放した玄関に、ポポが立ちすくみます。光を背にして立つポポの表情は、台所からよく見えません。母さんは、声の方に顔を向け、目を細めてよく見ようとしました。洗い物をして、手は忙しそうに動いています。母さんの手の中で湯飲みがくるくると回っていました。時折、くすぐったそうに水しぶきを上げます。
「あれ、早いのね。今日はどうしたの?」
母さんは、頬にはねた水を手の甲で拭います。
「うん、あのね、ルシアン先生がね、用事があるんだって」
ポポは、台所に気乗りしないように一歩ずつ足を進めます。ポポの両手が鼻先を掴みます。学校が早く終わった日は、「大当たり」です。ポポが駆け足で帰って来たので一番に家に着きました。咽喉が乾いて水を飲みたいのですが、台所に近づけません。
「あ、そうなのね」
母さんは洗い物が終わると、御粥を作り始めました。
「ね、くさいよね」
ポポが、母さんに聞きます。母さんは、パンを賽の目に切りながら、
「そう?」と、ポポの方を見ないで答えます。
ポポは、口を尖らせ、左足の先で右足の脛を搔きました。
「パン粥?」
小さな四角になったパンが、沢山転がっているのが見えます。母さんは、今度は鼻歌のように「そうよ」と言って、ミルクを小さな鍋に注ぎます。ポポは、今朝父さんが食べていたパン粥を食べてみたかったのです。あの柔らかく膨らんだ一匙は、口の中でミルクの味を溢れさせるのだろうと思うのです。
ポポは、息を止めて考えました。頭の中に、二つの皿があります。左の皿には父さんのパン粥を、右の皿には「この部屋の臭さ」を乗せました。天秤にかけると右の皿が酷く下がりました。パン粥の皿は、楽しさしかないので、どんどん上になります。その上向きの力も負けるくらいに右の皿が下がるということは、相当な苦痛が伴うのです。
ポポは、この臭さには何かの秘密があると感じました。顔をしかめて周りを見ますが、学校に行く前と同じ部屋です。でも、秘密を探るには、もうポポの鼻の限界が来ていました。
「ぼく、外で御昼を食べる」
ポポは、床に放り出していた学校の鞄に駆け寄りました。麻の布にくるまれた小さな弁当の包みを取り出します。ポポは、野原で先を急ぐ兎のように機敏に動きます。その包みを持って、ポポは玄関から飛び出しました。「はあーっ」と息を吐き、外の空気を吸い込みます。母さんの声が聞こえたような気がしたので、振り返り、家の中を見ました。母さんはパン粥の火加減を見て、鍋をゆっくりとかき混ぜているところです。ポポがまた前を見て走り出そうとした時、目の前にチクが立っていました。驚いて電気が伝わるように全身が縮みます。「わああ」と声を上げた時、ポポの手から、弁当の包みが逃げだしました。ポポが掴み損ねて体を固くした瞬間、地面に落ちそうになるところで、チクが弁当を拾いあげました。




