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ハリーさん、こんにちは  作者: ゴリラ
森のなか
24/58

24 黒い宝石 

 母さんとシルビーさんは、台所に並んで立ちました。赤珠は、調理台の上に、室温で汗ばんでいます。普通のプラムよりもずっと大きいので、シルビーさんが 指でつつくと、ゴロンと不機嫌に寝返りします。二人は、赤珠を見下ろし腕組みをしました。母さんが赤珠を手に取り、シンクで洗い始めました。赤珠は火のような色から、真っ黒に変わっていました。母さんは赤珠を傷つけないように、指で優しく撫でて洗います。

「その、へたのところをしっかり洗って」

シルビーさんが、母さんの手元を覗き込みます。母さんは、鼻先を通る目つきでシルビーさんの顔を見ました。シルビーさんは、首を短くしておどけます。

 へたの窪みには、土の粒子、死んだ虫の羽や足が隠れているものです。窪みに水を流し込み、汚れを浮かせます。洗った赤珠の皮は、河原の楕円の石のように潤っていました。裕福な夫人の首飾りの黒い石に負けないくらいの輝きです。これが恐ろしい酸を含んでいなければ、その実に吸い付くように口を付け、かぶりつきたくなります。張り詰めた皮を歯で破れば、甘い汁が口の端からはみだすでしょう。母さんは、口に溜まる唾を飲み込みました。滴となって皮に残る水気を布巾で拭い、まな板に載せました。

 母さんが自分の手を拭きながら、

「皮をむく?」と聞きます。

シルビーさんが眉を寄せ、指を忙しく動かして額を掻きます。

「実験室なら、それもできるけど」

シルビーさんは、口ごもりました。自分の実験室に赤珠を持ち帰りたいのです。母さんは、赤珠を家の外に持ち出すことに気が進みません。家宝の赤珠は自分で管理して、研究したいと言い張っていました。

 母さんは赤珠をまな板の上に置き、考えこみます。洗われた赤珠は、堂々としています。それは、プラムの王者の姿です。シルビーさんは、ずっと八重歯を見せています。母さんの目を盗んで、果肉に齧り付きそうな顔です。母さんは赤珠を継ぐ者として、胸を張りました。包丁を取り出します。すると、シルビーさんが急に右左とステップを踏み、上半身を動かします。

「どうしたの?」

母さんが、包丁を持ったまま、シルビーさんの動きを見つめています。

「いや、酸がね、飛ぶと怖いからね」

母さんが、「はあー?」という声を絞り出しました。

「信じられない、切っている私は、どうなるのよ」

シルビーさんは、舌を鳴らします。着ている防護服の左ポケットから、同じ楡の内側の柔らかい繊維で作った手袋を出しました。

「そういうのは、先に出すでしょ?普通」

母さんは、シルビーさんが差し出す前に、手袋を掴み取りました。手袋をはめている母さんの耳に、葉っぱが擦れる音が聞こえます。シルビーさんがまだ何かを探して、体を九の字にして傾けています。右のポケットが口を閉ざして姿を見せません。ようやく見つけて、シルビーさんは中に手を入れて満足気にしていました。母さんは、もう何も気にせず、赤珠に向かい合おうと心に決め、包丁を持ちます。

 シルビーさんが、母さんの目の前に、飾り紐のようなものをぶら下げました。

「なに、これ?」

母さんが、顎を引いて煙たがります。

「メガネ」

シルビーさんは、母さんの目の前でメガネを揺らしています。

母さんは、その蔓でできたメガネを手で払いのけました。シルビーさんは、メガネをポケットに押し込みました。

 母さんは、赤珠の皮に包丁の刃を入れます。果実は、鋭い刃に皮を張り詰めました。実は十字に丁寧に切り分けられました。実の中央に、種はありませんでした。

「うえっ」

母さんは、シルビーさんの嗚咽を聞いて振り向きます。シルビーさんが床に崩れるように倒れました。母さんは包丁を置いて、シルビーさんに手を伸ばします。その時、自分にも体の中から何かが込み上げてきました。

「うう、うえっ」

母さんは、シルビーさんに負けないくらいの声でえずきます。母さんが、シルビーさんの肩に腕を伸ばします。シルビーさんは、聞き取れない声で、「てぶくろ」と言うと、鼻を抑えました。母さんは、急いで手袋を脱ぎ、シンクに放り投げました。その間も、吐き気が止まりません。シルビーさんは、自分の防護服のフードをはぎ取りました。調理台に手をかけ、よろけながら体を起こします。目もチリチリと痛みます。何度も後ろに倒れる体を戻し、踏みとどまりました。シルビーさんは赤珠にたどり着き、フードを被せます。

 生の赤珠は、それは酷い臭いでした。シルビーさんに言わせると、秋に土の中で腐る銀杏よりも数倍臭いということでした。でも、母さんは胞子を飛ばすスッポンタケよりも数倍臭いと思いました。


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