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ハリーさん、こんにちは  作者: ゴリラ
森のなか
2/14

2 赤珠

父さんと5人の兄弟が向かう先は、森の端にある大きなプラムの樹です。樹の向こうには、倉庫や民家が並んでいます。森の動物たちは、このプラムの樹を目印にしています。樹から内側は、動物が住む場なのです。

 父さんとポポは、家を出ると揃って駆けだしました。他の兄弟も、難しい顔つきをして、後に続きます。マロンが、食卓の上の皿からパンを一つ掴んで、椅子を跳ね下りて来ました。マロンは、一番最後から、パンを食べながら行くつもりです。

ソラは、直ぐ下の弟チクと並んで走りました。

「あの赤珠はね、コンドリュールが入っている」とソラが言い、目に刺さりそうな草の葉を腕で払いのけました。

「僕らの命のもとだ」

ソラは、そう付け加えてから、一瞬、下を見ました。

「誰が盗ったんだ、ぶっ飛ばしてやる」

チクが低く唸りました。チクの体は、筋肉がしっかり付いています。喧嘩は、決して負けません。チクの背中の針は誰よりも硬いし、パンチは大抵のものを壊します。

 父さんを先頭に、全員が天敵を避けて、ハリネズミの道を急ぎます。それぞれが、慣れたように、身の丈すれすれのシダをくぐり、岩と地面のわずかな空間をすり抜けます。そして、湿地は遠回りなのですが、敢えて今も通っていきます。足は泥んこになりますが、自分の臭いが消えるので安全なのです。

 そのプラムの樹は、空へ誇らしげに手を伸ばしています。この樹は、ハリネズミの一家に代々受け継がれました。濃い緑の葉は、太陽光と新鮮な空気をたくさん取り込みます。その実は、甘酸っぱい汁で、はち切れそうになります。そして、初夏、無数の楕円の実が枝を離れるのです。地面に落ちた黄色や橙色の実は、なま温く、一つひとつに樹の命が宿っているようです。

 プラムは、ハリネズミの一家にとって、大切な栄養です。料理上手の母さんが、煮詰めてジャムにし、軒先に干しておやつにします。母さんがプラムの色や大きさに分けて調理します。年の暮れに、親戚や知り合いと食料を交換しますから、森の皆も母さんのプラムを楽しみにしています。

 お隣のモグラのシンさんは牛蒡採りの名人です。シンさんの奥さんが乾燥牛蒡を母さんに送り、母さんがプラムの干し物を届けます。母さんがプラムを持ち、シンさんの家を訪ねた時、ポポとソラがついて行ったことがあります。シンさんの奥さんは、渡されたプラムに鼻をくっつけて、香を吸い込みます。シンさんの奥さんは、「おほほ、おほほ」と熟れた匂いに酔って、体を揺らします。母さんは、「今年は、甘くて柔らかくできたのよ」と自慢します。シンさんの奥さんは、ソラとポポに手招きしながら、家の玄関から乾燥牛蒡を持って行くように言いました。大きな束が三つも重ねて用意されていたので、ソラが二つ、ポポが一つを持ちます。母さんは、「牛蒡は、体にとても良いのよ、有難う」と揉み手をしながら、お礼を言います。そうして、「良いお年を」と声を合わせて、二人は左右に腕を大きく広げてハグをするわけです。

 このように、プラムの実は森での生活に欠かせません。そして、その中の「赤珠」は秘密の実です。これは、天中から受ける陽の量がとても多い所にできます。陽のエネルギーが、実の中の樹の養分を希少なコンドリュールにします。それは、ハリネズミの子供の成長に大切です。「赤珠」を食べないで育つ子は、長く生きられないと言われています。「赤珠」は2,3個しかできません。そして、ずっと、青色のままで枝に下がるので、鳥には不味く見えています。実は、地に落ちる前の日に急に赤くなるのです。それは、土の上では、小さな火のように見えます。その燃える色は、触ると熱いとさえ思わせます。

 全てのプラムがまだ青い時に、「赤珠」を見分けることができるのは、父さんだけです。「赤珠」は、角度により、光をほんの少しだけ透かします。父さんは、毎日、プラムの樹の様子を見に出かけます。ある日、父さんが、鼻歌まじりで家に戻りました。台所にいる母さんを見つけると、父さんは母さんに耳打ちしました。

「今年はね、6個だよ」

母さんの目が輝きました。

「えっ?ろっこ?」

「そんなに?」

母さんが二度聞くと、父さんが二回とも笑っていました。

母さんは、右手で木べらを持ち鍋の煮物を混ぜていますが、上の方を見て「赤珠」のことしか考えていません。

「子供達は食べられそうね。親戚にも分けて、、」

母さんは、混ぜる手を止めます。

「一つだけは、丸々使って薬にするわ」

母さんの頬は、嬉しさで薄紅色になりました。ずっと以前から、「赤珠」の粉薬を作りたかったのです。父さんは、母さんを見つめて、「全体に豊作だ。実が大きくて重いんだ」とはっきりと言いました。

「じゃ、こう?」

母さんが、右の腕をしならせ、弓のようにしました。

「クククッ」

父さんは、笑います。

「うん、もう、ずっと前から、枝先が下を向いているよ」と父さんは、笑いをこらえようとします。

「ふふふ」と母さんは、口元を指でそっと覆います。

父さんは、顔をそっと寄せて、母さんの頬にキッスをしました。



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