15 パン粥
ヘッジ先生の治療の後、誰もが音を立てずに歩き、小さな声で話しました。夜になると、父さんは高熱にあえぐように息をします。開いたままの口からは、荒い息が命を請うように出入りしています。母さんはその乾いた唇にスプーンを当て、冷たい水の一匙を流し込みます。父さんの体は、汗でひどく濡れています。母さんは父さんの体を宝物を包むようにしてタオルで拭います。いつもより長く感じる夜が二日続き、3日目の朝が来ました。母さんが父さんの額を指先でそっと触れます。父さんは悪い夢から覚めたように目を開き、澄んだ目で母さんを見つめました。
「お腹が空いた」と、父さんは聞き取れないほどの声で言いました。
「うん、うん」
母さんは何度も頷きます。
ベッド脇の小さなテーブルには、看病のための水だらいがありました。その水は疲れ切ったように、もうぬるくなっています。母さんは水だらいの縁に両手をかけ、一瞬持ち上げましたが、直ぐに下しました。胸のつかえが溶けていくのを感じ、深く息を吸い込みます。目に溢れてくる涙で前が見えませんでした。涙が神様からの贈り物であるかのように、母さんは手で目をそっと押さえました。
母さんは台所の棚の前でつま先立ちになり、腕を伸ばしています。指先が棚の奥で角のある冷たいものに触れます。母さんは、それをしっかりと掴みました。棚の奥に隠れるようにしていたのは、赤珠の粉を入れたブリキの缶でした。
缶の表面は錆びに覆われて、青い魚の絵がうっすらと見えます。この缶に、母さんは乾燥した赤珠の粉をしまっていました。母さんが爪を蓋の端に差し込み、勢いをつけて起こすと、柔らかい甘さが漂い、中から赤茶けた粉が現れます。母さんは赤珠の粉をスプーンで三匙掬い、片手鍋に入れました。鍋の中には、少量のお湯に、摺り下ろしたパンとチーズが混ざり合っています。とろ火でそれぞれが溶けあうと、小さな泡が含み笑いのように浮かんできました。家中に、鼻をくすぐるようなチーズと赤珠の甘酸っぱい香りがしてきます。
父さんは、パン粥をあっという間に平らげてしまいました。一口の粥は直ぐに飲みこまれ、次の一口を待っています。母さんは笑いをこらえ、スプーンを持つ手が震えました。そして、一口分をスプーンに載せると、何度も息を吹きかけ、わざとゆっくりと冷ましていました。栄養が体にきちんと届くことを願っていました。ほんのりと湯気を立てるお粥の温かさに、父さんは目を細めています。父さんの頬に赤みがさすと、母さんは重い荷物を下した時のように、肩が軽くなるのを感じました。




