14 カードおばさん
「できる」けれど、やりたくないことは「やらない」と言わなくちゃいけません。ポポは、母さんのお使いを引き受けたのは失敗だと思いました。手伝いは嫌いではないけれど、今日はちっとも楽しくありません。ポポは小石を蹴り飛ばしました。
ポポは、薬剤師のシルビーさんが嫌いです。いつも、毛深い眉を寄せて、ポポをカウンター越しに睨みつけます。ポポはシルビーさんと一言交わす度に、体が縮んでいくような気持ちでした。店を出る頃には、もはや豆粒ほどのポポになっています。
ポポは、母さんからシルビーさんの話を聞いたことがあります。シルビーさんは、薬剤師の旦那さんと結婚し、あの店を一緒に始めたそうです。シルビーさんの旦那さんが早くに亡くなってしまい、それから薬局を続けています。シルビーさんは、年寄りで、体の針には艶がなく、後ろの辺りには抜けた所が幾つかありました。ポポは、シルビーさんの皺だらけの顔を見ると、魔女のようだと思いました。
店には、看板も何もありません。叢を掻き分けて進むと、茂ったシダの葉の傾斜に入口が見えるだけです。手で寄せたシダの葉が跳ね返り、ポポは顔を強く叩かれました。その時、大笑いが聞こえました。シルビーさんです。入口でポポが来るのを見ていたらしいのです。
「あの、魔女のやつ」と、ポポは唇を小さく噛みました。
ポポを出迎えたシルビーさんは、薄笑いを隠しません。
「もうすぐ、店じまいだよ。早くしておくれ」
ポポが、カウンターの前で自分の体を見回し、触っています。
「どうした、チビッコ」と、シルビーさんが、まだ、笑っています。
「ない、ない、どうしよう」
ポポの毛が逆立ちます。
「なにが?」
シルビーさんは、カウンターの後ろに立ちました。ポポは、次第に青ざめます。大変です。ついさっきまで、持っていた処方箋をどこかにやってしまいました。ポポは泣きそうになって、店を出て探しに行こうとします。店の床を見ても、何も落ちていません。
「これのことかい?」
シルビーさんは、樹の皮を見せました。さっき、入って来る時に、ポポが落とした処方箋を拾っていたのです。シルビーさんは、面白くて仕方がないようでした。ポポは、シルビーさんから直ぐに視線をそらして、気にしないふりをしました。
「そうです、その薬をください。それから、薬代は、明日、母さんが払いに来ます」
「ふーん、カードはありますかー」
「えっ、カード?」
「そうだよ、会員になると割引があるんだ。カードはある?」
ポポは、そのカードのことを知りませんでした。
「ないです」
「会員カードの無い者に、薬は売れない」
ポポは、少し間をおいて考えました。ポポを見下ろすようにして、シルビーさんが聞きます。
「どうする、カードを作る?」
「はい、作ります」と、ためらわずに言いました。
ポポは、これで薬を売ってもらえると思いました。
「じゃ、会員費を払っておくれ」と、シルビーさんが顎を突き出して言います。
ポポは、びっくりしました。カードを作るのは、簡単なことではなかったのです。ポポは、自分の身長がどんどん縮むのを感じました。顔が赤くなります。薬を貰っていかないと、父さんの怪我が治りません。
「ほら、シルビーさん、そのくらいにした方がいい」
店の奥から、声がしました。ポポは自分以外にお客さんがいたことに初めて気づきました。その人が近づいてきて、ポポは目を見開きました。
「あ、ヘッジ先生」
さっき、別れたばかりのヘッジ先生が立っていました。
「ほほほほ、、」
シルビーさんが珍しく上品に笑いました。きまり悪そうにしています。ポポは、ようやく自分がシルビーさんにからかわれていたのが解りました。ポポは顔を背けて「なんて、いやな婆さんだ」と心の中で悪口を言います。
ヘッジ先生は、ポポの頭を撫でて、「処方箋に追加したくてね、待っていたんだよ」と言いました。それから、ポポにはわからない薬の名前をシルビーさんに伝えました。シルビーさんは、薬を全て揃えてカウンターに置きました。仕事する時のシルビーさんは、動作が素早く落ち着いています。そして、ポポが袋を持っていないのを見ると、シルビーさんはヤナギの枝の籠に薬を入れました。いつものシルビーさんとは違っていました。
ポポは、「これから、シルビーさんは、来るたびにカードって、からかうのだろうな」と思いました。ポポは、ヘッジ先生の後をついて、薬局を出ました。シルビーさんは、先生とポポを見送り、外に干してある野草を取り込み、店じまいをし始めました。
ヘッジ先生とポポが並んで歩いています。もうすぐ、分かれ道でした。ヘッジ先生がポポに言います。
「ポポ、シルビーさんをどう思う?」
ポポは、偉い先生に本当のことを言ってよいものか迷いました。でも、悔しい気持ちで一杯だったので、思いつく言葉を口に出しました。
「意地悪な人」
ポポは、大人は本当のことを聞くと怒るのを知っています。ポポは、心配そうに、ヘッジ先生の眼鏡の奥を探ります。でも、ヘッジ先生の目は静かでした。
「うん、意地悪だ」と、先生は少しだけ頷いて言います。
ポポは、やっぱり先生も同じ意見だと安心しました。
「でもね」
先生が続けます。
「シルビーさんはね、ポポによく似た男の子を亡くしていてね」
ポポは、口を開けて聞いていました。
「ポポを見ると、思い出しているんじゃないかな。そして、、、」
先生の言葉が終わらない内に、カラスが一羽、梢で鳴き、飛び立っていきました。ポポがその声の方に目を上げると、黒い鳥が羽を大袈裟に動かして空を渡っていきます。その時、ちょうど、二人は分かれ道に立っていました。ポポと先生は、それぞれ別の方向に家があります。先生は「気をつけて帰るんだよ」と、ポポの目を見て言いました。ポポが二度振り返った時も、まだ先生はそこに立ったままで、手を振ってくれました。
「カードおばさん、か」
ポポは、笑っていました。ポポは、足跡に、一つずつ、落とし物をしました。次第に、体が軽くなります。ですから、ポポが家に着くころには、意地悪な気持ちは無くなっていました。ポポは、母さんに薬の籠を大袈裟に持ち上げて渡しました。




