13 お使い
ヘッジ先生が母さんに言います。
「脇腹の傷は洗浄して消毒、しっかり縫合したからね、順調なら一週間くらいで傷口はふさがると思います。あれは、アカトビの爪による裂傷でしょうな」
母さんは、浮かない顔で先生を見ます。ヘッジ先生は、母さんの心配が父さんの手首であるのをわかっていました。
「あのー、腕と手首はね」と、先生は言葉を探すように黙り込みました。
母さんは、小さなため息をつきます。
「あれは、アカトビのくちばしによるものですね。深い傷です。でも、幸いなことに、腱は無事です」
母さんは治療の時に見た傷を思い出しました。
「ひきつづき経過を慎重にみましょう」
先生は、話そうか少し迷う様子を見せました。
「アカトビには口の中に強力な菌があってね、もし傷口から、、、」
先生の言葉の途中で、母さんは我慢しきれずに聞きます。
「その菌に負けると、どんなふうになりますか」
先生は首を振ります。
「いや、ヨモギの葉の汁がとても良かった。だから感染症にはならんと思うよ」
ポポが戸口に出てきて、母さんの脚に絡みついていました。ポポが来たのを見て、先生が話を切り上げたのです。先生は、幼いポポを不安にさせたくないと思ったのです。
「薬を飲ませてください。それから、熱が出たら、体を冷やして」
母さんはお礼を言い、頭を下げました。
「これが、処方箋。薬局は、まだ間に合うと思うが、、」と、周囲を見渡しました。
先生は二、三歩行いて、立ち止まりました。
「そうだ、御宅には、たしか、赤珠がありますよね。あれを食べさせるといい」
母さんは、もう一度先生に頭を下げました。ポポは母さんの横で先生を見送ります。ポポの手が、母さんのエプロンの端を掴んでいました。ヘッジ先生の姿が遠くなると、ポポはその掴んでいる手を左右に乱暴に振ります。母さんは、ポポを見ます。
「ポポ、薬局に行ってくれる?」
ポポは、ずっと前に、お使いで薬を買いに行ったことはありました。でも、ポポは、今、家を離れたくないのです。ポポは膨れっ面をして、下を向きました。
母さんは、ソラもチクも疲れているのを知っていました。チクは水場から帰ってきてから、居間で手足を伸ばして寝ています。ココは先生に鞄を届けないとなりません。包帯を入れてきた鞄と診療代を置いてくるのです。診療代は、プラムのジャムの瓶詰と決まっていました。
「あー、できない?」と、母さんは残念そうに諦めた顔をしてみせます。ポポは、「できない?」と聞かれると、つい「できる!」と答えたくなるのです。母さんは、ポポの癖をよくわかっていました。
「できる」と、ポポはやる気がなさそうに言ってしまいました。
母さんは、ポポに先生からもらった処方箋を渡しました。いくつかの薬の名前が、オークの皮に書かれていました。ポポには難しい字ばかりで読めません。それは何かの呪文のようでした。
ポポは仕方なく歩き始めました。薬局は森の西に在り、家からそれ程遠くありませんでした。
「処方箋を失くしたら、だめよ。ポポ」
それから、母さんは手を振り、「薬代は明日母さんが届けるって、言うのよ」と声をかけます。ポポは、元気のない背中でその声を聞いていました。




