11 傷
ポポが「絶対、変だ」と言って、頬を膨らましています。ココの分がポポより多いと言って聞かないのです。二人は食卓に並んで座っています。ポポは、ココの皿を覗き込みました
「同じだって」と、ココがポポの胸を軽く押します。ポポがにやけています。母さんが呆れながら、二人に言います。
「まだ、いっぱいあるから」
ポポは、細い腕をココの脇に入れてくすぐります。そのお返しに、ココがポポの首回りをくすぐります。二人は笑い続け、食べている実を思わず口から出しそうになります。母さんが、愛おしそうにココとポポを見つめました。
玄関の扉が弾かれたように、大きく開きました。疲れた顔をしたソラと、父さんを背負ったチクが現れました。母さんは信じられないものを見るように、父さんに近寄ります。父さんの毛が濡れていたので、母さんは手で触れてみました。手の平に、赤色が薄っすらと付きます。血の臭いがしました。母さんが「どうしたの!」と甲高い声をあげました。
マロンは玄関の外で血の跡を消しています。自分達を狙う動物が潜んでいないか、耳を澄まします。目を凝らして木の陰を見ます。母さんの泣き声が聞こえて、マロンは驚いて家へ入りました。
ソラがアカトビに襲われたことを母さんに教えています。ココとポポは、ソラの話を聞いて身を固くしていました。
「このまま、父さんをベッドに」と、ソラが言います。
母さんは体が震えて返事もできませんでした。それでも、気を取り直し、家の奥へ向かいます。母さんは涙をぬぐい、寝室のドアを開けました。チクは背中の父さんを優しく寝床に下していきます。ソラが父さんの背を支えます。父さんは眠るように横たわりました。母さんから、父さんの脇腹の傷がはっきりと見えました。母さんが、居間にいるココに言います。くぐもった声は途切れがちになりました。
「ココ、ヘッジ先生を、呼んできて」
ココは家を飛び出しましたが、マロンが血の跡を掘った場所に足を取られました。ココは、新しいへこみにつんのめり、手をつかずに転びました。ポポが助けようと駆けだすよりも早く、ココは起き上がり走っていきました。ココは、膝の皮が擦り剥けましたが気にしていませんでした。ココの胸は焦りで一杯でした。
ヘッジ先生の家は、水はけのよい地帯にあります。森の大部分の場所は湿っているのですが、ヘッジ先生の辺りは小石の多い褐色の土からなり、乾燥を好むハーブなどが生えています。栄養のある野苺や貴重な加密列がありました。ヘッジ先生は岩の隙間に洞窟のような家を造っています。診療所も兼ねているので、患者が入口で列を作って待っている時もあります。森に住むハリネズミたちは、先生を頼りにしていました。
ココは、ヘッジ先生の家のドアを叩きました。
「ヘッジ先生、ヘッジせんせい」
誰も返事をしません。ヘッジ先生は一人で住んでいます。ココは空を見上げ、太陽の位置を確かめます。太陽は南西の中くらいの高さにありました。先生は午後の往診の帰りにちがいありません。ココは岩の一つに上り、遠くを見ました。ヘッジ先生の姿を探します。じっと待つことに我慢ができなくなると、ココは先生の家のドアを叩き始めました。ココが拳骨で打つ度に、ドアにかかっている診療所の表札がしゃっくりするように浮き上がります。キツネが音を聞きつけても構いません。ココは額をドアに付けて、ヘッジ先生が来るのを祈りながら叩きました。
「ドアをこわす気か?」
ヘッジ先生の怒った声が後ろでしました。
「ヘッジ先生!」
ココは振り返り、先生に飛びつきました。先生は片方の手に往診鞄を持っていました。ヘッジ先生は眼鏡のずれを直し、窮屈そうにココを体から離します。
「どうした?君は、たしか、、春先に腸炎にかかった子だな」と、先生は言います。
ココは話をする時間がもどかしく「すぐ、家に来て」と何度も叫びます。先生は、ココに「ゆっくり息を吐いて、落ち着きなさい」と言いました。
ココは、父さんが鳥に襲われたことを伝えました。先生は、いくつかの質問をします。「意識はあるか?」と聞かれると、ココは首をかしげました。「血は止まっていたか」と言われると、ココは困りました。ココには、わからないことばかりでした。それは、何も書かない答案用紙を差し出すような気分でした。
先生は診察室に入っていきます。戸棚から鞄を出し、包帯や薬を詰めるのに忙しいです。ココにその鞄を渡し「ぶつけたり、落とさないように」と言いました。ヘッジ先生は鞄の中の薬の瓶が割れないか心配しています。往診鞄の方には、治療に必要なものを入れました。
ココは、ヘッジ先生を急かします。ヘッジ先生は眉を寄せて早歩きをしています。ようやく家の近くに来た時に、先生はココに「さきに、行きなさい」と手で合図しました。
ココは、「かあさ、へッジせんせえ」と、荒い息で家に入っていきます。母さんがココから包帯の入った鞄を受け取りました。ココは外に出て、「先生、はやく、はやく」とヘッジ先生に言います。先生は息を切らしていました。
母さんが、泣いて赤くなった目で先生を迎えました。先生が母さんの肩に手を置いて元気づけます。そして、先生は母さんの後について寝室へ行きました。寝室には、ソラとチクが父さんの寝床の横で膝をついていました。ソラが父さんの顔を濡れたタオルで拭いています。ヘッジ先生の姿を見ると、ソラとチクが緊張して立ち上がりました。
「何に襲われた?」と、ヘッジ先生が往診鞄を開きながらソラに聞きます。
「アカトビです」
「よく、帰ったな。どこをやられた?」
「脇腹と、手首」
ソラは父さんの体に目をやり、ヘッジ先生の問いに短く答えました。先生は「うーん」と言い、あごを手でさすりながら考え込みました。
それから、先生はソラとチクに水場で体をきれいにしてくるように言いました。チクが母さんに何かを言いかけました。でも、直ぐに言うのをやめました。ソラとチクは部屋を出ていきました。二人は、ドアが閉まるまで父さんを見つめていました。
ヘッジ先生は最初に父さんの脇腹の傷を診ます。
「今日は、看護師のスピカさんが休みでね。手伝ってくださいよ」と、ヘッジ先生が母さんに言いました。母さんは、先生のとなりに立ちます。先生は包帯などを鞄から出すように言います。母さんは先生の指示の通りに動きました。先生は、父さんの腕をゆっくりと持ち上げました。父さんはひどい痛みに目を開けます。父さんは、長い夢から覚めたような顔をしていました。
「ちょっと我慢ですよ」
先生が声をかけます。母さんは、薬をガーゼに十分に湿らせます。先生は、ピンセットでその消毒のガーゼをつかみます。傷の中に張り付いているヨモギを取り、清潔にしなければなりません。父さんは、低く唸ります。母さんは新しいガーゼを用意しながら、父さんの様子をうかがいます。父さんはベッドの上に横たわり、痛みに必死で耐えています。先生が傷口を洗うと、父さんは身をかがめました。




