表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ハリーさん、こんにちは  作者: ゴリラ
森のなか
1/19

1 森のなか

 仏蘭西の田舎の森は、もう、人の住むところに近いです。昔の森は、誰も寄せ付けない場所の境界線でしたが、最近の森は、直ぐ側に家が建ち並び、人の暮らしと繋がっています。この森も、目の前には菜の花畑が広がり、鍵屋や料理人の家、画家の工房が建ち並んでいます。でも森の中に一歩入れば、そこは別の惑星のような世界です。森は、人には樹々の生い茂る自然の集まりに過ぎません。でも、本当は動物や虫の波長が一杯で、人が見えてないもので溢れているのです。

 森の奥、ブナやカエデの樹の間に、折れた大木の根株が一つあります。苔むした根は、洞になっています。そこに、ハリネズミの一家が住み着いて随分になります。洞は、周りに様々な草が生え、簡単にはみつかりません。ハリネズミの道を通り、やっと見えてくる洞の扉を開ければ、台所と居間が続く部屋が現れます。今、一匹の小さなハリネズミが突風のように駆けて来ました。末の子のポポです。ポポの勢いで、乾いた土や木の葉も一緒に家の中に入りました。

「父ちゃん、大変だよっ」

ポポがそう言い、ドアを思いっきり開け放ちます。まず、母さんがその音に飛び上がりました。父さんは、食卓の椅子に座ったまま、眉毛を寄せてポポを見ました。「ドアは静かに開ける」と「砂や埃は家に入れない」は、ポポの守ることでした。他の四人の兄弟は、まだ眠くて目をこすったりしています。ポポの直ぐ上の兄のマロンは、大欠伸をしました。もうすぐ朝ご飯ですから、ポポを除いた家族全員が食卓についていました。

 ハリネズミの家は、土中にあり、全ての部屋が一本の通路で繋がっています。一か所の埃が奥の部屋へと舞い広がるのです。家中で埃を追いかけ、箒ではくのは、母さんの腰を痛める仕事でした。ポポが外の砂埃を足元にまとわりつかせて来るので、母さんは叱ります。「今度やったら、ただじゃおかない」と母さんが箒を振って怒ります。でも、ポポは直ぐにそれを忘れちゃいます。

 母さんは、お茶をカップに注ぐところでした。食卓のクロスは、乾燥させた草の蔓で編んだものです。マロンの上の兄のココが、学校の家庭科で作りました。ハリネズミにも、学校があります。子どもは毎日午前中だけ学校に行きます。それは、ハリネズミ科教育委員会で決められています。ココは、何をやっても上手ですから、よく賞を取ります。このクロスがその一つです。先週、お茶に呼ばれた叔母さんが、「ココや、私にも1枚、編んでおくれ」と頼んでいました。

 母さんは、ティーポットを持ったまま、溜息をつきました。卓上には、パンを8個のせた皿があります。トロリと蜜がかかっている丸いパンには、松の実が混ぜてありました。焼き立てのパンからは、バターの匂いがします。母さんは、ポットの蓋に左手をのせ、「どこに行っていたの?」とポポに早口で聞きます。朝食に遅れたのもポポの失敗でした。

 ソラが「ポポは、いつも朝早く、森に行くんだよ」と卓に肘を付いて言いました。長兄のソラは、ポポと年が離れています。ソラは、もうすぐ、今の家を離れます。一人で暮らす時が来たのです。ソラは、弟を心配し、優しい目で見つめます。母さんは、ふっくらした頬に更に空気を詰め、「こらっ」と口を閉じました。

ティーポットの口からは、茶の香りがする湯気が出ています。この香辛料入りのお茶は、この家の自慢の味です。マロンは、お腹が空いてしまって、皿の上のパンばかり見ています。食べるのが何よりも好きなのです。毎食にお代わりを必ずするので、幼い時からマロンはふっくらしています。二番目の兄のチクが「太っちょマロン」とからかいます。でも、マロンは、足に挟まった小石を取るふりをして、チクに向けて指で弾くようにします。ついでに、舌も出します。チクの悪ふざけは、ご馳走の味に比べたら可哀想なくらいちっぽけだとマロンは思っていました。

「まあ、早起きなのは、いいことじゃないか」と眼鏡を拭きながら父さんが言います。父さんは、母さんのお茶を待っています。

「で、どうしたって?」とポポに言うと、父さんは眼鏡をかけました。父さんの眼鏡越しのポポは、鼻水を垂らしていました。父さんには、陽が昇る前の森が冷えていたとわかりました。

「あのさ、あれだよ、僕らの赤珠が盗まれてた」ポポが鼻声で甲高く言います。

「えーっ」

他の四人の兄弟が、声を上げました。

「それを、早く言えよ」とココが叫びました。

「うそだろう?」とマロンは細い目を精一杯に開きます。マロンは、パンもチーズも、蜂蜜のケーキも同じくらい好きです。でも、「赤珠」だけは特別でした。それは、この世のどんなお菓子よりも食べたい実なのです。

「嘘じゃないよー、ほんとうだよー」

ポポは、腕を上下に振りました。

父さんは、自分のティーカップに片手をかざし、首を左右にゆっくりと振りました。母さんは、それに合わせて、持っていたティーポットをパンの皿の隣に静かに置きます。

「行ってみよう」

父さんは椅子から立ち上がりました。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ