魔王と忌み子
久しぶりに重いドアが開いたから、少し希望を持ってしまった。
ここから出してもらえると、一ミリでも考えた自分が馬鹿だった。
連れてこられたのは人間領と魔王領の狭間で。捨てられたと理解するのに時間はかからなかった。特別悲しくもなかった。物心ついた時にはもうあの部屋に押し込められていたし、あぁ、そういうものなんだとしか思わなかった。
幸いあの部屋には本が沢山あったから暇を持て余すことはなかったし、寂しくもなかったと思う。寂しいという感情がどういうものなのか正しくはわからないけれど。
思いつくのは、この先どうしたらいいのか、だ。 人間領には黒髪黒目は縁起の悪いものとされている。人間領に戻っても黒髪黒目の自分じゃどこへ行っても邪魔者でしかない。ならばいっそ死ぬ覚悟で魔王領に行くのもありなのではないか、そう考え魔王領の方向へと向かった。
が、さすがは魔王領。そこら辺を魔物が彷徨いている。身を潜めて移動しようとしたその時、足元で「パキッ」という音が鳴った。その音に気づいた魔物たちが一斉にこちらを見る。足がすくみ、身動きが取れなくなる。
あぁ、ここで死ぬんだ……と飛びかかってくる魔物をどこか他人事のように見ていると、どこからか声がした。
「大丈夫ですか!?」
魔物は声の主によって一掃されていた。
振り向くと、綺麗な男性?がかけよってくる。自分以外の人がいた安心感からか、急激な眠気に襲われて彼の腕の中で意識を手放した。
目を覚ますと豪華な天井が目に入った。
起き上がり、辺りを見回す。とても広く豪華な部屋だ。先程天井だと思ったのは、ベッドの天蓋だったようだ。
どうしたらいいかわからず、ベッドの上で部屋を見回していると、ドアが開く音がした。現れたのは気絶寸前に見た綺麗な長髪の男性と、彼とはまた系統の違う美しい男性が入ってきた。
「起きたのですね、身体は大丈夫そうですか?」
「えっと、はい。大丈夫だと思います」
身体には特に異常はないように思う。
二人はベッド横にあった椅子に腰掛けた。
「よかったです。お話を聞いても大丈夫そうですか?」
はい、と頷くと長髪の男性は話し始める。
「話を聞く前に軽く自己紹介を。私はエディアールと申します。どうぞお気軽にエディとお呼びください。こちらは」
「ロアノーヴァだ。ロアと呼んで構わない」
「エディさん、ロアさん……」
ノワがおずおずと呼ぶとエディがにこりと笑って、はいと返事をしてくれる。呼びかけに返事があるのは不思議な感覚だ。
二人に遅れて自己紹介をしようとし、自分には名前がないことに気づく。
「名前、ないんです」
そう答えると、エディとロアが顔を見合わせロアが尋ねる。
「ならば、俺が名前をつけてもいいか?」
はい、と頷くとロアが数瞬思案し口を開いた。
「ノワ。ノワだ。」
異国に黒をノワールと読む国があるのは知っていた。そこからきているのだろうか。由来はともかく名前をつけられ、生まれて初めて名前を呼んでもらえた。その事実が堪らなく嬉しかった。
「ノワさん。早速ですが、貴方が何故あそこにいたのか教えてもらえますか?」
「……人間領と魔王領の狭間に捨てられたので、一か八かで魔王領にきてみたんですけどあのザマでした」
「捨てられたのはその見目のせいか?」
「おそらくそうだと思います。人間にとって黒は不吉なものですから」
ノワが返すとらしいな、とロアが返す。
「帰る場所はないということだな。ならばここに住むといい」
「それは、ありがたいですけど……いいんですか?」
「一応、この方魔王ですから衣食住には困りませんよ。それに快適な生活をお約束します」
エディがにこにこしながら言う。
「おい、エディ一応とはなんだ、一応とは」
ロアがエディを肘で小突き、エディは意味ありげな笑みを返している。この二人は思ったより気安い関係のようだ。
「……では、お世話になります」
「あぁ」
「えぇ」
笑顔で迎え入れられ心が暖かくなった。
魔王城はエディの言った通り快適で、何一つ不自由はなかった。
こんな高待遇を自分なんかが受けていいのかという戸惑いこそありはしたが、魔王領における黒髪黒目の価値を聞き、その待遇を素直に享受してしまっている。
今までの少ない食事とは違い、一日三食しかもバランスの良い食事が出てくるため、若干肉付きがよくなり健康になった気がする。そのお陰か、体力も多少ついてきた。
今では時々城の庭にエディとともに散歩に出ている。外に出るのは嫌いではないと知った。今までは環境がそれを許さなかったので好き嫌いを知る由もなかったのだ。
食べ物の好き嫌いは特になかった。前は好き嫌いなんてしてられなかったのだけれど。好きなものはいくつか見つかった。ふわふわのオムレツとカラメルのかかったプリンだ。ノワが好きだと言ってから高頻度で出てくるようになった。申し訳ない気もするが嬉しい。
今日の献立はなんだろうと窓際でぼーっとしているとエディが入ってきた。
「ノワさん、少し出かけませんか?」
「おでかけですか?どこへ?」
「城下町なんてどうでしょう?魔王様がノワさんの好きなものでも探してきたらどうだ、と仰ってましたし!いかがでしょう?」
城下町という響きに興味が湧いた。
城の中は本も沢山あるし、決して退屈はしていなかったけれど、それとこれとは話が別だ。それに魔王領の者たちがどんな風貌をしているのかも気になった。
魔王城にいるものは皆、人間に近い者たちが多いため城下もそうなのか気になっていたのだ。
「行ってみたいです、城下町!」
「では早速、お着替えして出発しましょう!」
エディに用意された服に着替え、エディの転移魔法で移動する。
一瞬で景色が変わり、ノワは感嘆する。 路地に転移したようだ。通りから賑やかな声が聞こえてくる。
「転移って便利なんですね……」
「便利ですが、一般人が使おうとすると制約が多いのがネックですね。私は魔王配下となっているため制約は少ないですけど。さあ、行きましょう!」
エディに手を引かれ歩き出した。
城下の者達の姿は、思っていたより人間に近い姿をしているものが多かった。
ノワたちが出た通りには屋台が沢山並んでいた。
「ここの屋台はいつも出ているんですか?」
「そうですね。この通りの屋台は基出ていますね。他の通りに屋台が出るのは基本祭りがある時ぐらいです。何か食べますか?それとも本でも見に行きますか?」
どちらも素敵な誘いだが、ノワは今目の前にある美味しそうな食べ物たちの誘惑には勝てそうになかった。
「とりあえず何か食べたいです。エディさんのおすすめはありますか?」
「ありますよ!」
エディのおすすめの店は少し歩いたところにあった。店に近づくにつれていいかおりが漂ってくる。
「こちらです!」
美味しそうな串焼きの店だった。なんの串焼きなのかはノワにはわからない。
エディが二本頼んでくれたものを一本もらった。
「いただきます」
一番上の肉にかぶりつくと、いいハーブの香りが広がり、じゅわりと肉汁が滲み出てくる。
「とても美味しいです!」
「お口にあってよかったです」
城で出てくるものとはまた違った美味しさだ。最後の一つまで味わって食べた。
他の屋台でもちもちとした甘い生地の菓子を食べた。クレープというらしい。甘い物の中だとプリンの次に好きかもしれない。
近くの屋台でカラフルなドリンクを買って飲んだ。口の中でぱちぱちはじけるかんじがして新感覚新体験だった。
「次はどうしましょう。本屋にでも行きましょうか?」
「是非!」
本屋は屋台の通りからそこそこ歩いたところにあった。綺麗な外装で中は広く、壁が本でびっしりと埋まっていた。ノワはワクワクが止まらなかった。
「城には歴史書等は揃えてありますが、娯楽小説の類は少ないので気になるものがあれば買っていきましょう。娯楽小説でなくとも気になったものがあれば言ってくださいね」
じっくりと店内を見て回る。
魔王領にきてから知ったことだが文字、言語共に人間領と共通らしい。文化の違いはあれど、基本的に問題なく話せるし読める。
ぐるっと一周し、気になった本をいくつか手に取りエディの元へ戻る。会計を済ませて店を出た。
もうかなり日が沈んでいた。路地にはいり、エディの転移魔法で一瞬で城に戻った。
部屋に戻り、出かけ前に着ていた服に着替えた。エディがいつの間にか持ってきてくれたお茶で一息つく。
ほっと一息ついたところで、ノワは気になっていたことを口にした。
「エディさんって、何されている方なんですか?よく散歩に付き合ってくださいますし……今日だって城下町に連れて行って下さって。お仕事とかは大丈夫なんですか?」
「私の今の仕事はノワさんの身の回りのお世話や身辺警護等……そのほかにもいろいろありますがまぁ、そんなところです。なので仕事の心配はしなくて大丈夫ですよ。思う存分楽しんでいただければそれで」
「そうだったんですね。ありがとうございます」
礼を口にするとにこりと笑ってくれた。
「そうだ、僕にできることって何かありませんか?もらってばかりですし……」
「ならば、俺と共寝しろ」
音もなく入ってきたロアにエディが苦言を呈した。
「ノックぐらいしたらどうですロア」
「すまない。わすれていた。で、どうだ?すぐにとは言わないが……」
「もう少し言い方なかったのですか?あなたは……」
ノワは本で共寝の意味は知っていた。
つまりそういうことだ。拾ってもらってここまでの待遇を受けているのにいいえとは言なかった。
「僕でよければ」
ノワはそう言うしかなかった。
いつも以上に丁寧に身を清められ、魔王の部屋へと案内されて緊張が増していく。若干震える手でドアノブに手をかける。中に入ると寛いだ様子のロアがベッドに腰掛け本を読んでいた。
ノワに気づいたロアが本を閉じこちらに顔を向けた。
「あがったか、こっちに来い」
ノワは緊張した面持ちのまま、言われた通り近くへと歩み寄った。すると、伸びてきた手に抱きしめられる。
魔王にも心音があるのだと初めて知った。誰かと抱き合うなんて初めてで、こんなにも心地よいものなのだと知った。暖かくて心を身体もふわふわする。
初めて与えられた温もりに耽っていると、ロアが口を開いた。
「寝よう」
ノワの緊張を知ってか知らずか、そんなことを言い出すロア。
ロアはノワを軽々と横抱きにしベッドへと運んだ。ロアもベッドに入りまた抱き合う形になる。目を瞑ったロアに倣いノワも目を瞑った。ノワはこれでいいのかと思わないでもなかったが、外出したせいか眠気がすぐやってきて深い眠りへと落ちていった。
朝、目を開けるとロアはまだ眠っていた。寝た時と同じく抱きしめられたままでどうしたものかと考えていると、ロアが目を開けた。
「お、はようございます」
「おはよう」
ロアは寝起きがいいのかもうぱっちりと目を開けている。ロアの腕から解放されベッドの上で伸びをする。
「そういえば、昨日はあのまま寝てしまいましたが、よかったのですか?」
「よかったとは?約束通りともに寝てくれたではないか」
ノワは目を点にする。本当に寝るだけでよかったのか。要するに抱き枕だ。
ほっとしたような、落胆したような、不思議な感覚に襲われる。
「そうだ、よければ朝食を一緒に食べないか?」
「いいんですか?」
聞くとロアがあぁ。と頷く。
エディが持ってきてくれた朝食をロアの部屋で二人で食べた。
誰かと食事をするのは滅多にないので心が跳ねる心地だった。
ロアの提案で食事は基本一緒に食べることになった。
夜も変わらずロアと共に寝ている。
寝る前に今日あったことを話すのが日課になっていた。
「今日は書庫に行って、魔王領の歴史書を読んで、お庭でエディさんとお茶をいただきました。今度ロアさんも一緒にどうでしょう?」
「あぁ、いいな。是非一緒させてくれ」
どんな他愛のない話でも楽しそうに聞いて、相槌だったり返事をしてくれる。
ノワはこの時間がすごく好きだった。
昼は時々エディと散歩をしたりする。時々ロアも合流することがあった。
今日は三人で庭でお茶をすることになっており、ノワは厨房で菓子作りに勤しんでいた。お茶菓子を作るためだ。エディや厨房の者に教えてもらい上達してはいるが、魔王に出せるクオリティではないと反対したが、エディに大丈夫だと押し切られてしまった。
ノワはエディの手を借りながら、キャラメルクッキーとフィナンシェを作っている。メニューはエディの提案だった。
失敗することなく無事焼き上がり、エディと共に庭に向かう。
エディがセッティングし終わったタイミングでロアが現れた。
「魔王様いいタイミングで来てくれました!さぁお座りになってください」
エディに促されるままにロアが席に着く。ノワも倣うようにして席へ着く。するとエディが紅茶を注いでくれる。
「さぁどうぞ」
ロアが紅茶を口に運ぶ。
その後、お茶菓子に手を伸ばした。
「この菓子いつもと違うな?」
ノワはどきりとする。
「お、美味しくなかったですか?」
「いや、いつもと違うだけで美味しい。いつものより好きかもしれん」
「よかった……」
美味しいと言ってもらい、ノワはほっと息を吐いた。
「よかったとはなんだ?」
「本日のお茶菓子はノワさんの手作りなんですよ」
エディはニコニコしながら自慢げに言う。ノワは少し頬を赤らめた。
「最近菓子作りが楽しいと言っていたがここまでの腕だったとは。すごいな」
「ありがとうございます。喜んでいただけてよかったです。作った甲斐がありました」
得意な菓子の話や、好きな菓子の話。
ロアからのリクエストなど、三人で談笑しながら楽しいひと時を過ごした。
平和な日常。こんな日々がずっと続くようノワは願うようになっていた。
ある日エディと庭を散歩をしていると、急用が入ったとエディは慌しく城へ戻っていった。ノワを心配してくれていたが、何回も通った道だ。迷うことはないだろうとエディを送り出した。もう少ししたら城に戻って本でも読もう。そう思ったとき、近くの茂みががさりと動いた。
動物でもいるのかと思い屈んでみると、いきなり後ろから拘束される。顔に布を当てられた。すると途端に眠くなり、まずいと思いながらも何もできないままノワは意識を手放した。
起きた時には見知らぬ檻のような場所にいた。手足は縛られ、痺れている。頭が鈍器で殴られているかのように痛い。この痛みは先ほどの布のせいだろうか。ぼーっとそんなことを考えていると、攫ったであろう者が近づいてくる音がした。
何をされるかわかったものではない、とりあえず寝たふりをすることにした。
「そろそろ薬が効いてきてもいい頃合いじゃねえか?」
「そうっすねぇ、起きてもおかしくないっす」
檻の中に入ってくるつもりはないらしい。檻の前でベラベラと喋っている。
「ってか、黒髪黒目って本当だったんだな。都市伝説かと思ってたわ」
「そっすね、マジもんでビビったっす」
「もう少しして起きなかったら薬の量を増やすぞ」
「そうっすね、それがいいっす」
話していた二人の足音が遠ざかって行ったのを確認して目を開ける。
どうしたものか。狸寝入りを続けていても薬を増やされてしまう。いくら前に比べて体力がついたといっても特別な訓練をしたわけでもない。自分では反抗するのは難しいだろう。しばらくうんうんと唸りながら考えているとまた足音がしてきた。
薬を増やしにきたのだろう。檻の鍵が開けられた。為す術も無く薬を増やされるしかないのかと思ったその時、足元が光った。
「見つけた……」
聞き慣れた声が耳元でする。
ロアに抱きしめられいつもの暖かさに安堵し泣きそうになる。
犯人たちはロアの魔法により一瞬にして拘束された。気づけば見慣れたロアの部屋に転移していた。
「あいつらは、大丈夫なんですか?」
「それよりお前だ。後始末はエディにでも任せておけばいい」
ベッドに横たえさせられ一気に眠気が襲ってくる。
「医師を呼んでくる、楽にして待っていろ」
歩いていく背中を見つめながら、ゆっくりと眠りの世界へと落ちていった。
暗い地下の部屋で、残飯のような食事を食べながらふと思った。ここから出られる日は来るのだろうかと。来ない場合このまま死ぬのだろうか。そう言った考えが定期的に頭をよぎる。
考えてもしかたのないことだと、本の内容に没頭しようとする。しかし本を読んでいるのに読めない。理解ができない。あの部屋に、自分が読めない本はないはずなのに。
そこで自分は夢を見ているのだと気がついた。捨てられる前の、ノアやエディに会う前の夢。もうこんな悪夢のような日々から抜け出せたのだ。悲しむ必要はない。早く目を覚ましたいと思うのになかなか夢は覚めてはくれない。
暗闇の中でもがいていると、遠くから声が聞こえてきた。
「……ワ!ノワ!」
はっと目を覚ます。
ノワの手を握ったロアの姿と、その側で心配そうにこちらを見つめるエディの姿があった。
「目を覚ましてよかった……一時重篤な状態だったんだ。さっきは魘されていて心配で心配でたまらなかった」
「本当に目を覚ましてよかったです。医師を呼んで来ますね」
そう言ってエディは部屋から出て行った。
「ご心配と、ご迷惑をおかけしました」
「心配はしたが迷惑だとは思っていない。むしろこちらが謝らねばならない。すまなかった」
「そんな……僕も悪かったですから。助けに来てくれて嬉しかったです。でも、どうやってあそこがわかったんですか?」
尋ねると、ロアはきまりの悪そうな顔をした。ロアの表情にノワは疑問符を浮かべる。
「話したらどうですかロア。ノワさんはその前に診察ですよ」
医師の診断は異常なしとのことだった。
「それでさっきのはどういう意味ですか?」
「……魔族にとって、実子以外の者に名付けをするということは、付けた物の所有物になるということだ。所有物となれば当然どこにいるのかだったりがわかるようになる。その特性を使って探し出したんだ。今まで黙っていてすまなかった。怒ってくれていい」
ロアは俯き膝の上で拳を握っていた。
「そうだったんですね……でも怒りませんよ。僕を保護してくれて、名前を付けてくれて、今回も見つけて助け出してくれた。感謝しかありません」
「そうか……ならよかった」
ロアのほっとした表情につられてノワもほっと息を吐く。実のところ、どんな話をされるのか緊張していたのだ。
「守れなくて本当にすまなかった」
ロアがやけに神妙な面持ちで言ってきたため反応が少し遅れた。
「本当に大丈夫ですって。助けてもらいましたし、五体満足でここにいるんですから。このことについての謝罪はもうなしです」
「あぁ、わかった。それともう一つ。お前が好きだ。お前がいなくなった時、お前を失うと思ったら死にそうなぐらい苦しくなった。愛しているんだ。これから先も一緒にいてくれないか」
ロアからさらっと告げられた話をノワはさらっと流せなかった。流せるわけがなかった。魔王からの告白なんて。
「は……えぇ」
混乱しつつエディの方を見るが、いつも通りの笑顔しか返ってこない。
掛け布団を握りしめる。手汗がすごい。
俯いてぐるぐる考えているとロアが口を開いた。
「今度は、そういう意味で共寝してくれないか」
ノワの脳はキャパオーバーしていた。
「ちょっとロア一気に言い過ぎですよ。まだ体だって本調子じゃないのに……」
「すまない、早く伝えねばと思い気が急いていた。考えるのはゆっくりで構わない」
「ノワさん、本当の気持ちを伝えていいんですからね。ロアの話を拒否しても城から追い出されるなんてことはないですから」
「あぁ、それはもちろん」
「本当の気持ち……」
ロアはもう一度ゆっくりで構わないと言い部屋を出て行った。
「ノワさん、今日は一旦考えるのはお休みにして休みましょう」
エディが横になるよう促し、布団を掛けてくれた。次第に眠気が襲ってきた。
「熱出てますね。医師を呼んできます」
翌朝、ノワ自身もどことなく体が変だとは思っていたがまさか熱が出ていたとは。
今まで風邪をひいたこともないし、熱を出したこともなかった。初めての感覚で変な感じだ。体が重くて少しふわふわする。
そんなことを考えていると、エディが医者を連れて部屋に入ってきた。
医者によると昨日の後遺症等ではないということだった。数日あれば治るであろうと。エディ曰く知恵熱ではないかとのことだった。
二日もすれば熱は落ち着いた。
けれど、ノワの心は落ち着かなかった。
ベッドの上で暇だった二日間、ロアに言われたことを考えていた。
恩はこれ以上ないほどある。好意だってある。行為だってきっとできる、一度覚悟を決めたのだ。あの時は結局しなかったけれど。
ならばだいぶ前から、自分の気持ちは決まっていたのではないか?
いくら恩を感じていたとしても、身体を許そうだなんて考えるだろうか。
世の中にはそういう仕事をしている人もいるらしいが自分はそうじゃない。
二人は自分の本当の気持ちを言っていいと、そう言ってくれた。
ノワは自分の正直な気持ちがわかった気がした。明日、ロアに伝えよう。そう決めた。
翌日、ロアを探して場内を歩いているとロアと初めて見る綺麗な魔族が一緒に歩いていた。
最初は呼びかけようとしたが、ロアが初めて見るような表情をしながら話していたため呼ぶのは憚られた。なので書庫に行って時間を潰すことにした。
気になっていた分厚い本を一冊読み終わったところで書庫を出る。すると、先ほどの魔族と鉢合わせた。
「あんたが例の人間ね……あんたに魔王様は合わないわ」
言うなり去ってしまい、ノワは呆然とする。
「ロアには合わない……」
ぼーっとした状態で自室に戻った。
あの魔族は、ロアのことが好きなのだろう。ロアも楽しそうに話していた。
二人は見るからにお似合いだった。
自分は身を引くべきなのだろうかと、そう考えた途端涙が止まらなくなった。
そうなったら寂しい。他の誰かに取られたくない。渡したくない。
ノワは自分が思っていたよりロアのことを好きになっていた。
涙を拭い、部屋を出る。夕食の時でもよかったが、今すぐ伝えたくなった。
ノワを探す。エディならロアの居場所がわかるだろうか。エディでもいい、どちらか見つかってくれと思いながら廊下を歩く。
丁度、角を曲がったところでエディに会った。
「エディさん!ロアさんがどこに居るのかわかりませんか?」
「魔王様ですか?今は自室にいらしゃるかと」
「ありがとうございます!」
ノワは礼を言うなりエディの元を去る。
「やっとですね、ロア」
早々に立ち去ったノワにエディの独り言が届くことはなかった。
ロアの自室の前に来た途端、緊張が襲ってくる。コンコンコンとドアをノックする手が震えた。
「ロアさん、ノワです」
「入っていいぞ」
部屋の主の了承を得て、部屋に入る。
「どうした?この時間にこちらにくるのは珍しいな」
「言いたいことがあって……」
ロアは言いたいこと。と復唱しながらノワの言葉を待ってくれている。
「僕、ロアさんが好きです。初めての感覚だけどこれが愛だって、胸を張ってそう言えます」
席を立ったロアが近づいてくる。
気づいた時には腕の中だった。
「そうか……俺も好きだ。愛している」
耳元で囁かれた言葉に胸がこそばゆくなる。ロアの言葉に応えるように抱きしめ返す。するとロアの力が少し強まった。しばらくしてロアの腕が解かれる。
「口付けしてもいいだろうか」
「はい、っ」
返事をするなり唇を奪われた。
優しく包み込むような口付けだった。暖かくて心地よい。余韻に浸っていると、ドアがノックされる。
「魔王様〜少しいいでしょうか」
エディの声だった。
「なんだ?今でなくては駄目か?」
「アデリー様がお呼びです。ノワ様も一緒にと」
「あの、アデリー様とは?」
「俺の師匠だ。俺を育ててくれた人でもある」
「ロアさんを育てた方……」
「とりあえず行こう。遅くなるとうるさいからな」
アデリー様は庭にいるとのことで、三人で向かった。
庭に着くと、書庫前で会った綺麗な魔族が優雅にお茶を飲んでいた。
「師匠、お呼びとのことですが、何か」
「来たわね……うまくいったようで良かったわ。先程はごめんなさいね」
「ノワに何かしたのですか?」
「少し背中を押しただけよ」
疑問符を浮かべるロアをおいて、ノワは質問をした。
「では、先程の言葉は嘘ということですか?」
「えぇ。弟子としてそれなりに情はあるけれど、そう意味はないわ。一ミリもね」
「あの、師匠?」
「気になるなら伴侶にでも聞きなさい。私はそろそろお暇するわ。お邪魔でしょうし、またねノワちゃん、ロア、エディ」
先程と同じように言うなり去ってしまった。悪い人ではないようだ。
「ノワすまない、ああいう人なんだ」
「気にしていませんよ。むしろアデリー様に感謝しなければいけないぐらいです」
「一体何を話したんだ……」
「どうやらノワさんを気に入られたようですね」
「本当に困ったものだ」
ロアと一緒に夕食を食べ、夜はロアの部屋のベッドへと入った。
もしかしたらと緊張していたが、お前の心の準備ができるまで待つと言ってくれた。
「そういえば師匠と何を話したんだ?」
「えっと、話したと言うより一方的にという感じでしたが、僕が大切なことに気づくきっかけをくれました」
ロアはそうか、とひとこと言うとノワを抱きしめた。
「そういえば今日の午前中、アデリー様と場内を歩かれていた時、何をお話しされてたんですか?ロアさん今まで見たことないような顔をされていたので……」
「……お前のことだ。締まりのない顔をお前の前では見せたくなかったんだがな。見られていたとは」
ノワはロアが自分の話をしていたなんて予想外だった。自分があの顔をさせていたのだと思うと、とてつもなく嬉しい。
「好きですよあのお顔。どんな表情でも見せて欲しいです」
「お前が望むのならそうしよう。あとそうだ、ずっと言おうと思っていた。ロアと呼んでくれないか」
「ロア……」
ロアは満足そうにあぁ、と頷き額に口付けを落とした。
「唇に口付けても?」
えぇ、と頷くと昼間のように優しく口付けられた。けれどあの時と違うのは、お互い確かに熱を帯びていて。
見つめあって顔の角度を変え、また唇を重ねる。それを何度も繰り返した後、唇の隙間からロアの舌が入ってきた。
口内を舌先でなぞられ、背筋がぞくぞくする。初めての快感に、ロアのシャツをギュッと掴む。
「ロア、んっ……はぁ…っ」
恐る恐るロアの舌に触れると、深く絡まりあう。体の中に熱が巡って、熱くなる。少しの恥ずかしさと苦しさがあった。けれどそんなことはどうでも良くなるぐらい欲しい、もっと欲しいと思った。
今まで感じたことのない快感にゆっくりと溺れていった。
翌日、ロアが目に見える証が欲しいと宝石商を呼び、結婚指輪をオーダーした。
互いの目の色の宝石がはめてあるデザインのもので、内側にはお互いのイニシャルが入る。
数日後には指輪が届いた。
魔王直々の注文だったからか、急ぎで作ってくれたらしい。
ロアの自室でエディに見届け人をお願いして、指輪の交換をした。
指輪をはめたときはなんとも言えない幸福感でいっぱいだった。
豪華でも派手でもないけれど、ノワは世界で一番幸せだった。
「これからも、よろしくお願いします」
「あぁ、こちらこそ」