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メビベルの空  作者: A2
第3章
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「3章-第6話:草原に描かれた輪」

 陽が傾きかけたグラセール駐屯地の出撃用バックライン。

 兵士たちはせわしなく動き回り、馬とバイクに作戦用の装備を取り付ける作業に追われていた。乾いた地面に響く金属音と蹄の打音。それはまるで、近づく嵐に備えて、陣を張る音のようだった。

 そんな騒がしさの中で、リディアとセルジュは静かに佇んでいた。

 出撃を目前にしているというのに、二人ともどこかリラックスした様子で、視線だけは遠くの空を見据えている。

 やがて、整備兵のひとりが駆け寄ってくる。


 「準備、完了しました!」

 その声を受けて、二人は無言で向かい合う。

 軽く腕の甲を合わせると、それぞれの乗騎へと歩み出した。リディアは馬へ、セルジュはバイクへ。そして――

 空に赤い信号弾が弾けた。

 風よけのゴーグルを下げたその瞬間、二人は疾走を開始した。

 風を切って走る音と共に、草木のざわめきが彼らの背後を追いかける。



 作戦が動き出す、少し前――。

 作戦室では、フェリクスが、淡々と戦術の概要を語っていた。


 「まずは群れを分断することで、走行中のリスクを減らします。それをうちのメンバーが二人で行います」


 「二人?!」と声を上げたのは、ルーテリア軍のトレーガ中尉だ。


 「……リスクが高すぎる」


 「それだけ、この作戦には、機動性と正確な操作性が求められます」

 フェリクスは模型の上に指を滑らせ、ひとつの駒を示した。駒がくるりと回転し、馬の形に変わる。


 「そして、あの密林地帯を誘導しきれるのは――今のところ、馬の走破性をおいて他にありません」


 「馬……だと?」

 トレーガの疑念をよそに、フェリクスは手際よく説明を進めていく。

 模型の上ではすでに、誘導経路が浮かび上がりつつあった。


 ──


 森の縁へと、リディアの馬が滑り込む。

 セルジュは信号弾の上がった方角を見つめながら、眉を寄せた。


 「少しずれてるな……」

 バイクを減速し、手信号を掲げる。リディアがそれに応じ、二人は別々の方角へと走り出す。

 それぞれが指定の位置で止まった。

 サイドマウントからブルパップ式のサブマシンガンを引き抜き、銃口にハウラー・チャンバーを装着する。

 目の前には、森の影にひしめく化け物の群れ。

 セルジュは一瞬、息を止めた。

 (分担するとはいえ、この数を誘導するのはリスクが高い……死ぬなよ)

 先にリディアが構えた。

 銃口を高く掲げ、引き金を引く。火花が炸裂し、轟音が森の奥に吸い込まれていく。

 セルジュも続けて引き金を引いた。音が道沿いに反響し、群れが揺れる。

 影の中から、音を追って動き出すソルムシュラ。

 群れは二手に分かれ始めた。


 ──


 「このまま、各自目標地点の草原へと誘導します」

 フェリクスは再び指を伸ばし、誘導経路をなぞりながら駒を進める。馬の駒が草原へと滑るように進み、別の駒が道沿いから接近していく。


 「両者が接触後、災害救助で用いる周波誘導ロープを垂らしながらクロスし、草原を円形に走り抜けます」


 「災害用ロープで?……そんなもので単純に、囲うつもりかね」

 トレーガが眉をひそめる。

 理屈は通っているが、あまりにも簡潔な説明に、少し拍子抜けした空気が漂った。


 ──


 巧みな手綱さばきとしなやかな脚運びで、リディアの馬は険しい森を駆け抜けていく。

 入り組んだ木々の間を、まるで風のようにすり抜けながら、その背に乗る彼女は一切の迷いを見せなかった。

 後方からは、ソルムシュラの群れが容赦なく迫ってくる。太い幹をもものともせず、枝葉をはね散らしながら、ただ一心に獲物を追う。

 ──暗い木々の先に、わずかな光がにじみ始めた。

 その光は、木々の隙間から少しずつ広がり、やがて朝焼けのような輝きへと変わっていく。

 ぬかるんだ土を蹴り上げて、リディアの馬が最後の枝葉を払い、地面を駆け抜けたその瞬間――

 森が終わり、目の前に光の草原が広がった。

 地形の開放感が、一気に視界を押し広げる。

 それでもリディアは速度を緩めない。背後に垂れた誘導ロープが風に乗り、大きくたなびきながら、広大な戦場に向けて弧を描いていった。

 セルジュもまた、舗装の切れ目を跳ねるように駆け出し、半円を描いて対向してくる。

 二人が交差するとロープが円を描き始める。

 その軌跡に沿うように、モンスターは獲物を追うように走り続けた。

 再び交差した瞬間、透明な衝撃のような音波が、空気を震わせて広がった。

 風すら怯むような高周波が、草原に“音の膜”を張った。

 草の葉が揺れ、追跡していたソルムシュラの動きに、一瞬の迷いが生じる。

 円が閉じたその瞬間、辺りは不自然なほど静まり返った。

 大気すら息を潜め、作戦の成功を見守るかのようだった。


 ──


 「モンスターの本能は獲物を狩る際、最短距離を選ぶ」

 兵士たちが駒の動きを追う中、フェリクスは続ける。


 「よって、円の内側を追ってくるはずです」

 二つの駒が円を描くと止まった。

 ナビラの指先がわずかに止まり、フェリクスの視線が模型の中央に静かに落ちる。

 その空気に、誰もが息を詰めたような沈黙が流れる。


 「そして……円が完成した時点で高周波装置を使えば、巨大な“音の檻”が完成します」

 ガランザ司令が思わず声を漏らした。


 「なんと……」


 「ソルムシュラは巨大蝙蝠のような感覚器を持っており、周波音に敏感です。それを逆手に取った誘導策です」


 「だが、その装置の持続時間は?」

 トレーガ中尉が問う。


 「現状の装備では、もって五分」


 「それでは、うちの兵が到着する前に……!」


 「その心配は無用です」

 指先でメガネの位置をわずかに直すと、反射した光が一閃した。


 「それを可能にする“選択肢”なら、すでに用意してあります」

 フェリクスの声が落ちた瞬間、作戦室の空気が再び引き締まった。

 それが何を意味するのか、まだ誰も知らない。



 音もなく馬から降り立ったリディアは、緊張が張り詰める高周波ロープの外縁でセルジュのもとへと歩み寄った。

 蹄の痕が乾いた土に残るたび、空気がざわめき、檻の中の獣たちは生存本能に火を灯したように、身を震わせ荒ぶりはじめた。


 「……あのサイズの猛獣相手に、弾がもったいないし。待機でお願い。」

 そう言い残し、リディアは境界の向こうに広がる業火から、片時も目を逸らさなかった。


 「待機って……弾と人の命を天秤にかけろってこと?……冗談だろ?」

 セルジュ・カルステラが肩越しに問い返す。しかし、返ってきたのは、一拍の間も置かぬ一言だった。


 「お願い。」

 言葉とともに彼女は背を向けた。高周波ロープの円内へ、音も立てず歩を進める。その背中を見送りながら、セルジュは苦笑を浮かべた。

 対クリーチャー用の50口径重機関銃を二門搭載したバイクから、セルジュは手慣れたライフルを引き抜いた。

 ゆっくりとコッキングレバーを引き、小声で吐き出すように呟く。


 「……こっちのが、よほど化け物じみてるか」

 高周波装置の檻の中に、たった一人。

 少女は刃を手に、猛獣の群れへと歩を進めた。

 (獣の本能は、戦闘において圧倒的に人知を超えている)

 円内に充満する音の振動と、獣たちの唸り。それに一切怯まず、リディアは静かに構えた。足音すらも自然に馴染み、敵の鼓動に呼応するかのように、動き出す。

 (精錬度が極限まで研ぎ澄まされた“脱意識域”。それこそが、本能を常に解放した状態)

 一撃。振り下ろされた刃は、まるで“正解”に導かれるかのように、獣の急所を断ち切った。血飛沫が浮かぶより先に、次の動きへと意識が移る。

 (本能という激情を燃料にしながらも、判断は冷たく研ぎ澄ます道しるべ。)

 (それこそが、人が強くあるためのもう一つの本質――理性。)

 (二つの融合こそが、猛獣すら凌駕する“至高の域”)

 音の檻の中で、彼女の剣舞は誰にも真似できない、葛藤のない覚悟が導く“純粋な技”だった。

 理と本能の綾が織りなす、美しき殺戮の舞踏――それはまさに、戦場という舞台に咲いたひと時の花。

 最後の一頭に向けて駆け出す。喉元の動脈を正確に読む目は、迷いなくその先へと跳ぶ。

 (流れるような、この感覚……)

 獣の前脚を足場に、跳ね上がった身体はもう一本の腕をつたって、宙を翔ける。

 そして、喉元へ――


 「……少し、疲れたな。」

 肉を裂く音と同時に、静かに着地する。その手には返り血に染まった剣。ひと振りで血を払い、鞘に収めたとき、場に残されたのは、震える空気と獣の亡骸だけだった。

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