「2章-第10話:剣を取る理由」
ファルネイラ邸。夜の帳が下りた廊下を照らすのは、天井の薄い照明だけだった。
書斎にこもっていたリディアの手元で、デバイスがかすかに振動する。即座に画面を開くと、宙に投影されたホログラムが静かに明滅した。
浮かび上がる文字列に目を走らせながら、リディアの眉がわずかに動く。
何かを読み取ったのか、その視線が、徐々に緊張を帯びていく。
そして、映像が切り替わった瞬間――。
思考が、真っ白になる。
胸の奥に沈めたはずの光景が、ふいに立ち上がる。
――あの事故の日。
崩落した搬送施設の現場。遠巻きに鳴り響くサイレンの音。落ちた誰かを助けられなかった、あの日。
泣きじゃくる幼い自分の肩に、そっと置かれた手の感触が蘇る。
目の前で膝をついたサイラスが、静かに言葉を重ねていた。
「経験こそが人を強くする。大きな失敗を前にした時こそ、
先人の目で状況を見て、導くことが“教え”だ。
……でもな、そういう時にこそ、人は冷静さを失う。大きければ大きいほど、な。
きっといつか、おまえも“大人”になった時に、気づくだろう。
自分も弱者であるってことに。
それでも、人は乗り越える。
それができる理由を、おまえは……きっと、わかる時がくるさ」
映像が終わる。書斎の空気が一段と冷たく感じられる。
リディアは椅子を押しやる音すら立てずに立ち上がると、まっすぐ壁の剣へと向かう。
そこには、ファルネイラ家の家紋が刻まれた剣――普段は飾りのように掲げられているそれを、リディアは鞘ごと迷いなく手に取った。
腰のベルトに差し込む間もなく、すでに足は廊下に向かっていた。
鞘を手に持ったまま、廊下を踏み出すその背に、ためらいの色はない。
足音が響く。そのリズムが、どこか父の背中をなぞっているようだった。
廊下を抜ける頃、リディアの手がようやく剣を腰に収めた。
その瞳に宿っていたのは、痛みとも怒りともつかない、ただ――「行かなければ」という焦燥だった。
――弟の命が、向こう側にある。
それだけだった。




