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code.05 縛られる者

「優しそうな大天使長、といった感じですね」

「堕天して人間になっても……まったく歳を取らんのか……」

「フルブラッドは不老不死だと、フィオナさまが仰っていたような」

「それにしても二百五十年以上経っているはずなのに、一切の老いすらないとは」

「見た感じだと二十歳そこそこですね」


「覗きが趣味なんですか?」


ルフェルとアヴリルが顔を上げると、目の前で "優しそうな大天使長" が不思議そうな面持ちでふたりを眺めていた。

挿絵(By みてみん)



───

名前 ル・ルシュ=フェール・フラン/Le Luche-Fer Franc

性別 男/Male

称号 なし (回復待ち)

位階 熾天使/Seraph 階級 なし (回復待ち) 階層 なし (回復待ち)

役職 教授/Professor 所属 なし/None

武器 妖刀村正 (二百五十年召喚なし)

身長 188cm 体重 75kg

───



ル・ルシュがエデンを去って二百五十年という時間が流れ、天使の中にはル・ルシュを知る者はほぼいなかったが、神々がル・ルシュを忘れるはずがなかった。優秀かつ有能、眉目秀麗で品も良く周囲に対する気配りも忘れず、しっかり空気を読むという、現在のエデンにおける権力者からは想像も付かないような元大天使長。


「……亡霊?」


神々の塔に向かうルフェルと、ルシを抱いたアヴリル、そしてル・ルシュの姿を見た美の女神フローディアは、信じられない光景を目の当たりにし、神とは思えぬ平凡で安易な言葉を投げ掛けた。


「生きてる生きてる」


ル・ルシュが笑いながらフローディアの額を突つく。その姿を見たアヴリルは、この外見でそれをやってしまうんですか、と早速嵐の予感を覚えていた。できることなら大人しくしていてくださいね、と心の中で思っているところへ、一番物事をややこしくしそうなミシャが歩いて来る。


「……なんで……ルフェルがふたりもいるの?」

「詳しい話はあとで、いまは見逃してください」

「なんで品の良さそうなルフェルがいるの?」

「……どういう意味だ」

「詳しくはあとできちんと話します、いまは急いでるので」

「ああ、彼女かな? 初めま」 「違います」 「違います」 「違います」

「そんな一斉に否定しなくても……」



───



フィオナの執務室の前で、ル・ルシュは少々緊張したように意味もなく前髪を触った。ルフェルとアヴリルに続き部屋に入ると、言葉を失ったのはフィオナのほうだった。


「……のこのこと、どの面さげてって思ってます?」

「おまえ……なぜここに……」

「エデンを救いに来ました♥」

「……相変わらず軽いな……おまえ、堕天しなかったのか」

「まあまあ、とりあえず話を聞かせてください」


フィオナとルフェルはいままでのルシに関することを、確認の意味も込めてル・ルシュにすべて説明した。産まれるまでに半月掛かったこと、左側に六翼、右側は傷もなく肩甲骨だけなこと、一日で一年の時間が流れること、絵本の話と剣の話。執務室でのできごと。ル・ルシュはアヴリルからルシを受け取ると、背の翼を確かめた。


「終わらせる者、ねえ……とりあえずいまは、魂を切り離すかどうかで迷ってるんだよね?」

「そうだな、魂の定着が三年間か三歳かわからんが」

「切り離してしまえばいいよ」

「そうすると魂の存在を(かくま)えなくなる可能性が上がる」

「水晶にスティグマを付けるか、メイディアに秘匿の術でも掛けてもらえばいい。もしくは結界で遮断する」

「そんなことが可能なのか?」

「僕にはどれひとつできないけどね。フィオナはどう思う?」

「……そうか、水晶にスティグマは考えてもみなかったな」

「メイディアと、魔法使いがもうひとりいればいいんだけど……いま、エデンに魔女はいるの?」

「いることはいるが、表に出て来るのを嫌う」

「じゃあ、メイディアとセスに話をしよう」



───



ル・ルシュは「危ないから」と言ってルシをアヴリルに返し、ルフェルとフィオナを含めた五名は魔法の女神メイディアの執務室に向かった。危ないってどういうことだろう、とアヴリルは(いぶか)しんだが、それはメイディアの部屋の扉を開けた時に納得できた。


「……疲れてんのか……ルフェルがふたりいるみたいだ…」

「みんな同じ反応するんだなあ……僕だよ、メイディア」

「……ル・ルシュ! あんたどこで何してたのよ!」


メイディアはル・ルシュに勢いよく抱き着き、倒れそうになったル・ルシュはいままで隠していた翼を広げ踏み止まった。ルフェルとアヴリルはその翼を見て……フィオナに「どういうことですか」と目で訴える。ル・ルシュはメイディアを抱き上げ、「久しぶりで悪いんだけど、弟子か魔女連れて来て」と笑う。


それからセスの部屋に向かう途中で、フィオナはル・ルシュを憂慮した。セスは一度堕天した者を赦しはしないと思うが、この場合はどうなるのだ。そしてセスに声を掛け部屋の扉を開けると、真っ黒なミニドレスを纏う少女が入口にチラリと目をやり、またすぐにテーブルの上のティーカップに視線を戻した。


「なんなのよ、ぞろぞろとこんな時間に……」

「黒のピナフォア可愛いね、丈はもう少し短いほうが似合うと思うけど」


己の立場をわかっているのか、とフィオナはル・ルシュの言葉に驚き、アヴリルもまた「さすがに全能神への態度としては、些か礼儀に欠けるのでは」とこの先の展開を憂いた。


「……ル・ルシュ? ル・ルシュ=フェール・フラン!?」

「ご無沙汰しております」


セスはル・ルシュの姿をその目でしっかり捉えると、入口で並ぶ五名に近付き、そしてル・ルシュの胸に飛び込んだ。ル・ルシュは飛び込んで来たセスを上手に受け止めると、抱き上げてセスの頬を手の甲で優しくなでる。フィオナも、ルフェルも、アヴリルも驚き、その光景を見ていることしかできなかった。


「ル・ルシュ、もしかして復讐に来たの?」

「そう、昔セスにフラれたことを根に持って」

「よく言うわよ、この色事師」

「アリキーノの魂、切り離して欲しくて」



───



セスの部屋にメイディアがユリエルと一緒に訪れ、ソファに腰をおろすフィオナとルフェル、それからルシとアヴリルを確認したあと、もうひとりの大天使長(・・・・・・・・・・)と、その膝の上に座っているセスを見てユリエルは眉をひそめた。


「魔女より使えると思うから、弟子を連れて来た」

「へえ……ウィザード? それともウォーロック?」

「ウィザードでアルケミストでプリースト」

「優秀過ぎて怖いだろ」


全能神セス、死の女神フィオナ、魔法の女神メイディア、大天使長と大元帥、それから小さな天使と……気の良さそうな大天使長。ちょっと着いて来て、と言われ連れてこられた全能神の部屋で、ユリエルは事情が飲み込めないまま、眉間にしわを寄せてみなの様子を窺っている。


「司法長官、座ってください」


アヴリルに促されるが、何のために呼ばれたのかすらわからないユリエルは、この先の展開にお気楽さを想像することなどできるわけもなく、警戒心をあらわに口ごもる。


「ああ、そうか、自己紹介したほうがいいのかな」


ル・ルシュは膝の上のセスをそっと隣に座らせると、入口で立ったまま様子を窺っていたユリエルに歩み寄り、右手を差し出した。


「初めまして、僕はル・ルシュ=フェール・フラン。()天使で……ルフェルの父親だ」

「父親……ゆうのはどゆことですやろ……」

「そのまんまだよ、プリースト」


半ば強引に右手を取られ握手をするユリエルは、自己紹介をされる前よりさらに混乱を(きた)していた。


「司法長官、説明しますので座ってください」



───



ル・ルシュはアリキーノの話をもう一度確認した。


「エデンは、アリキーノの討滅を考えてはいないんだよね?」

「二度とごめんだわ、損しかしないじゃない」 セスが口を尖らせる。

「じゃあ生かす方向で考えればいいんだよね?」

「そこが二択なんですよね、魂を切り離すかどうか」


アヴリルが念押すように言うと、ル・ルシュは「そうでもないよ」と、話を続けた。


「魂を切り離すことが前提なら、方法はいくつかあるんだ」

「切り離す方法、ですか?」

「そう、ひとつは普通に切り離してお馴染みの水晶に預ける」

「それ以外に方法が?」

「もうひとつは、切り離した魂を誰かに(・・・)預ける」

「待ってください、誰かとは、別の天使が魂の器になるんですか」

「そういうことだね、この場合は契約した守護者の中に魂を預けることになる」

「そんなことができるなんて、聞いたこともありませんでした」

「普通はできないからね、守護者のみ。もうひとつは分割預託」

「分割、とは魂を分割するということですか」

「うん、魂を半分に分けるんだ」


魂の半分を水晶に、もう半分は身体に残したままにしておく。そうしておけば、仮に水晶の魂が外部に見付かったとしても、実体を引きずり下ろされることがなくなるっていうメリットがある。もちろん、半分を失うことになるからデメリットも生まれるけどね。そのために水晶にスティグマを付けるんだ。


「魂を半分失うとどうなるんだ」

「堕天できなくなるんだよ」

「だとしたら、狙われ続けることになる」

「最終目標は、人間にすること?」

「そうすればアリキーノとして狙われずに済む」

「……? 確かに翼はなくなるけど……」

「何か懸念材料があるのか」

「堕天して人間になったら、ダイレクトに心臓を狙われる羽目になるけど」

「……どういうことだ」

「羽根の代わりに心臓がリミテッドシードになるんだよ」



ルフェルはフィオナの顔に視線を移した。


「まさか知らなかった、とは言わんだろう」

「……最優先するべきはエデンの安寧と存続だ」

「なるほど、いかにも神らしい答えだな」

「ルフェル」


ルフェルとフィオナの会話に割って入り、ルフェルを咎めたのはセスだった。


「あんただってアヴリルだって、どうしてたかが天使のためにって思ったでしょ」

「エデンの存続と引き換えにするほどではない、とは思ったが」

「同じでしょ? 産まれてすぐ始末することには何の懸念もないのに、堕天したあとに殺される可能性があると知ったら途端に命の価値が跳ね上がるわけ?」

「……いつまで経っても何の価値もない、ということだな」


ルフェルはそう言い残し、あからさまに不機嫌な態度でセスの部屋から出て行った。気まずい空気が流れる中、アヴリルはルシを抱え少々寂しそうに言う。


「お言葉ですが、片翼で産まれたことも、一日で一年の時間が流れることも、ルシが望んだことではありません」

「だったら何? エデンを危機に晒してでも守れって言いたいの?」

「それくらいの気概を持つ天使の存在を、神々が望んでくだされば救われる、という話です」

「ルフェルにそんな感傷の情があるとは思えないけれど」


それは確かに、とル・ルシュ以外の全員が思った。


「要はアリキーノがエデンにいなければいいってことだよね?」

「単刀直入に言えば、そういうことね」

「アリキーノをエデンから抹消することにおける対価の話だけど」

「……何がお望みなの? ル・ルシュ=フェール・フラン」

「話が早くて助かるよ。しばらくの間、エデンの総人事権を僕に」

「いまのエデンの状況を把握してるの?」

「これからするよ」


ル・ルシュはアヴリルからルシを受け取ると、セスにルシを預けた。セスはルシを抱き直し、チラリとル・ルシュを確認したあと、「……一週間以内に決めてちょうだい」と言い含めルシの胸に手を当てた。


「全知全能の神たる我が名において求めよ…光もたらす魂 安寧の()へ移らん」


セスはルシの魂を切り離そうとしたが、ルシには何の変化も起こらない。



「……嘘でしょ?」

「どれだけの宿命を背負い、どこまで運命を縛られているのだろうな」


フィオナの溜息を聞きながら、セスはもう一度魂を切り離そうとする。


「全知全能の神たる我が名において求めよ…久遠の光 導けし世を治めん」


ルシの胸に置いたセスの手が光を纏い、セスはその手を握り締めた。ゆっくり指を開くと、手のひらには光を放つオーブが乗せられている。メイディアはセスに近付くと、呪文を詠唱し始めた。


「プリースト、どうぞ」

「どうぞゆわれても、なんしたらええのか……」

「封印魔法で魂を隠して、神聖魔法で結界を張ってくれればいいんだけど」

「魂に? 直接? 大事ないんかいな、そないなことして」

「メイディアのバッファーとして来たんじゃないのかい? プリースト」

「……呼ばれた理由さえ知らへんのですけど、まあよろしいわ。封印と結界のレベルは?」

「へえ、効果レベルの調整までできるのか……できればアルティメット、無理ならエクストリーム」

「……ひと言多いおひとやな」


ユリエルはセスの手のひらに乗るオーブに左手をかざし、猫のような目を細めた。一瞬、オーブが部屋一面を照らすほどの光を放ち、それから儚く弱々しい輝きだけを残しオーブが見えなくなる。


「ちょっとユリエル、見えなくなったら扱えないじゃない!」

「……その光、もうちょっとで消えますさかい、その前にしておくれやす」

「すごいなプリースト、無詠唱で神聖魔法が使えるなんて」

「なんや、さっきからずっと馬鹿にされてんのかいな……」


セスはユリエルに文句を言いながら、わずかな光を頼りにそのオーブをル・ルシュの胸の前にかざし、埋め込んだ。ル・ルシュの身体にオーブが吸収されると、彼は膝を着きそのまま倒れ込む。


「……どゆことやねん」

「本体が眠っているからではないでしょうか」


セスに渡されたルシを抱きアヴリルが答えると、なかなか難儀なことやな、とユリエルはルシを覗き込んだ。


「とにかく一週間以内に、水晶に移すか守護者に移すか決めてちょうだい」

「これを再びルシに戻すことはできるのでしょうか」

「できるわけないじゃない、一旦切り離してるんだから」

「では、ずっとこのまま彼の身体に預けていることは」

「それもできないわ。ル・ルシュは守護者じゃないから、そのうち魂を吸収してしまう」


とりあえず一週間の猶予はできたな、とアヴリルは安心して小さく吐息を漏らした。





── ル・ルシュ……愛してる…




ふ、と目を覚ますとまだそこまで時間は経っていないようで、セスの部屋にはルフェルを除いた全員が残っていた。ル・ルシュが身体を起こすと、一斉に視線が注がれ「大丈夫?」とメイディアが心配そうに言う。


「制御するのが結構難しいかもしれないな」

「いま敵に襲われたらどうします?」


アヴリルはそっとルシをユリエルに託し、ル・ルシュの答えを待った。


「いま身体が重いのは、ルシが眠ってるからなのか……」


アヴリルが身体に仕込んだ暗器を取り出しながら、床に座り込むル・ルシュの背後に飛び移りその喉元で針を構えた。


「この仕込み針にはアコニチンが塗布してあります」

「……脅しに使うだけなら、神経毒は不向きじゃない?」

「もちろん殺すつもりで持ち歩いてますが」

「なるほど、防衛総局に勤めてるって言ってたっけ」


ル・ルシュはそっと喉元の針を摘まみ折ると、しゃがんでいるアヴリルの脚を払い、体勢を崩し後ろに飛んで(しの)ごうとしたアヴリルの着地点で(・・・・)ニヤッと笑ってみせた。肩を蹴って飛ぶには高さが足りないな、とあきらめたアヴリルが翼を広げたところへル・ルシュの蹴りが入り、避けるために翼を反らしたアヴリルは当然落ちるしかなかった。


上から降って来るアヴリルの腰を抱き寄せ、ル・ルシュはアヴリルを抱き止める。


「失礼しました、どの程度動けるものなのか確かめたくて」

「残念だけど、僕に毒は効かないよ」

「そのようですね、まさか針を直に折られるとは思いませんでした」

「……もう少し、相手を見る力を養ったほうがいいんじゃない?」


部屋の中で暴れないでよ! と憤慨するセスに、笑いながらル・ルシュは謝り、今日のところはこれで、と言って部屋を出て行こうとした。


「あの、おろしていただけますか」

「いいけど、ひとりで歩ける?」

「どういう意味でしょうか」


言葉の通りだけど……とル・ルシュはアヴリルを腕からおろし、アヴリルはその場でへたり込んだ。驚きを隠せないアヴリルの前でル・ルシュはしゃがみ込み、折った針を顔の前でクルっと回す。


「腰を抱き寄せた時に禁鍼穴(きんしんけつ)刺したの、気付かなかった?」


毒は拭ってあるけどね、と言いながらル・ルシュはアヴリルを抱き上げ、「下手したら猛毒喰らってたかもしれないんだから、これくらいの仕返しは当然だよねえ」とセスの部屋をあとにし、塔の中をアヴリルを抱き上げたまま歩き出す。行き交う者もすれ違う者もみな「大天使長さま……が、大元帥さまを抱きかかえてる……」と、目を逸らした。


「おろしてください!」

「ニ十分ほど、この場でへたれてるつもりなら、おろすけど?」

「…………もう少し人格者だと思っていました」

「唐突に喉元狙って来ることと、どっちが罪深いと思う?」



ふたりの後ろを歩きながら、ユリエルは腕に納まっているルシに「どっちもえげつないやんなあ……」と話し掛け、「ない やん」とルシは困った顔をした。

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