夢ドライブ
5年ぶりに再会した片思いの相手を助手席に乗せて、小さなマイカーは発進した。
彼女の家の駐車場には大きなミニバンとワゴンの二台が停められている。軽自動車には縁のない生活。窮屈かな、とも思ったが、外を眺め何か口ずさんでいる。案外、物珍しさで良い気分なのかもしれない。「あのスーパーに流行りの雑貨屋があるんだけど」国道沿いのスーパーを指して彼女は言った。「ああ、それなら」、「母校近くのスーパーにも出店してたよ」、「へえ、今度行ってみよう」彼女は興味を示した。
私と彼女は同じ高校の出である。五年前に高校生だった彼女の娘は成人を迎えているはずだ。きっと彼女に似てキレイに違いない。今横に座っている、四十を過ぎているはずの彼女は、あの頃のまま若くキレイだ。その事実に満足した。
・・・一か月ぶりに再会した元同僚を助手席に乗せ、マイカーは発進した。
「まったくロクな仕事じゃないな!」発進するなり元同僚は叫んだ。彼は数年に一度転職する。前回会った時「あんな所もう辞めてやるよ!」散々息巻いていた。有言実行で辞め新しい職についた。新しい仕事をはじめ、二週間もたたずにグチを言っているというわけだ。
「税金を無駄なことに使ってんじゃないぞ!」、「上司の家にミサイル打ち込んでやるよ!」、「台風のせいでひどい目にあったな!」、次から次へと捲し立てる。国際情勢から身近な話題に至るまで、全てが彼の批判対象となる。一か月溜めた不満を一気にぶちまける。最初のうちは相槌を打っていたが面倒臭くなって無視した。反応が無ければ彼も舌が回らなくなる。「今日は何処に食べに行こうか」スキをついて提案する「うーん」彼は唸った。本日、ようやく会話が成立した。
小さなマイカーは自分が働いている隣街にやってきた。国道沿いのいたる所でナシの販売所が開設されている。「あそこの販売所なんだけど」、「うん」、「売上金が盗難にあったって」、「ええ、物騒だね」。彼女は田舎町で起きた事件に驚いていた。私はこの町でセールスマンをしている。どんなに小さな噂や、行政のイザコザにだって精通しているのだ。
山の上に、キラリと光るソーラーパネルの広大な敷地が見えた。「あのメガソーラーは去年出来たんだ」、「ひと夏の草刈りに2000万円費用がかかるんだって」、「2000万円!」。山道を越えメガソーラーまでやってきた。目の前に広がるソーラーパネル。ここから一山二山むこうまで続いている。「なんて広さなの!」彼女は驚いた。細い山道を下っていくと母校の裏山までやってきた。「えっ、ここに繋がるんだ!」まるで遊園地にでも来たみたいに彼女ははしゃいだ。この街で、私が知らない道路なんてないのだ。
・・・「うーん、何でもいいよ」。彼が提案したことなど一度もない。「何処に行こうか」は社交辞令。店はちゃんと調べてきた、市街地の駅裏にあるラーメン店。「ラーメンか、まあいいや」。冴えない反応。が、気にすることは無い。食べたいものを食べに行けばいい。一つくらいは楽しみが無ければドライブをする意味がない。
市街地の駅裏なんて初めて来た。雑居ビルに複数の飲食店が店を構えており、その一角に目当てのラーメン店がある。ゴロゴロゴロ、マイカーを降りると雷が鳴った。遠くの空に入道雲が聳えている。友人はラーメンで頭がいっぱいで気づかない。店に入り、食券を買おうとすると、「ここはオレが出すから」。彼が言う。私が車を出しているのだから当然と言えば当然。が、例え無職であってもその態度を変えることは無い。それが彼の美徳である。出されたラーメンを食べ終える。「自家製の太麺がいいね、あごだしのスープが濃い目でよく合ってる、鳥チャーシューとメンマのクオリティも高いな」。少々理屈っぽいが概ね好評の様だ。彼はラーメン好きなのだった。
店を出る。「うわっ、何だこれ!」彼が叫ぶ。外は土砂降りの雷雨になっていた。
・・・コックリコックリ。帰りの車の中で、彼は頭を揺らしながら寝始めた。なんて奴だ。助手席で寝るなんて、家族が運転する時以外であり得るのか?私は彼の親でも兄弟でもない。言いたいことを言って腹が満たされれば眠る。仕事が嫌になったら辞める。獣みたいなヤツ。そんな彼に私は憧れているのかもしれない。少なくとも月に一度はドライブに行きたいと思っている。
「じゃ、また余裕出来たら誘うから」、「おう、またな」。そうしてドライブは終わった。
私の博識ぶりにすっかり感心したようだった。うらはらに彼女はツンと、助手席から外を眺めた。これが彼女の癖。好意を抱いた相手に対しそっぽを向く。それでいて、相手の侵入を許すようなスペースを作るのだ。「あのカフェをやってるのは市街地から来た人でね」、「建設中の工場はもともと山の中にあったんだ」、「そこの家の犬は凶暴なやつでさ」、溢れるほどの情報で車内を埋め尽くす。同時に、片足が助手席ににじり寄っていく。
片足が彼女の足先に触れた。それでも知らんふり。いいぞ。自分はもう片方の足でもにじり寄った。情熱をこめ彼女の横顔をじっくりと見つめる。とうとう両足とも彼女に触れた。有頂天になった自分はピーンと全身を伸ばす。足先だけではない。全身で彼女と触れ合っているのだ。
目が覚める。床の上に大の字で寝ていた、まだ夜は明けてない。酒を飲み過ぎた。四十を過ぎて片思いの相手を夢を見るとは。これぞ運命のなせる業。何という幸せ。
さて。夜が明けたら元同僚を迎えに行かねばならない。一か月前は仕事を辞めるといっていた。新しい仕事は見つかったかどうかは、あと数時間後に判明する。それまでもうひと眠りしよう。出来れば、彼女との夢の続きが見れますように。