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推理小説風に考える「ツタンカーメンの本当の王墓はどこにある?」  作者: 田丸 彬禰


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19/24

ツタンカーメンの本当の王墓はどこにある? ⑲

一応問題の主なものを記す。


まずはメリトアテン・ジュニア。

有力な根拠であるこれは、それとともにそれに反論する有力な根拠にもなる。

アンケセパァテン・ジュニア。

そう。

のちにツタンカーメンの妻となるアンケセパァテンにも自身の名を冠した娘がいたのである。

当然「王の娘」の肩書付き。

前述したメリトアテン・ジュニアの例に従えば父親はアクエンアテンとなる。

つまり、アンケセパァテンも父の妻になっていた。

もちろん王子時代に父親になっていたとも考えたくもなるが、ツタンカーメンは8歳で即位したことになっているのでさすがにそれは考えにくいだろう。

そもそもその時点で「王の娘」の肩書はつかない。


さらにアクエンアテンとメリトアテンの間の子であるのなら、貴族たちの墓のレリーフに描かれた、王、正妃ネフェルティティ、そして彼女の娘たちとともにその子も描かれて然るべきなのだが一切ない。

レリーフの状況から読み解けば、ふたりの娘は父親が同じ以外は無縁な存在。


では、この「王の娘」の肩書を持つふたりの女子は誰なのか。

可能性として考えられるのはネフェルネフェルウアテンの候補者から最初に落ちたキヤ、彼女の娘であろう。

母が亡くなったところで引き取り養子としたと考えればほぼ辻褄は合う。

そして、次女ではなく三女が義理の母になったこと、それから次女の死亡時期がアクエンアテンの治世12年から13年と判明していることから、キヤの死亡もその頃と推定できるだろう。


だが、これで話は振り出しに戻ってしまった。


ただし、アクエンエアテンの王子であるツタンカーメンの妻がメリトアテンではなく、のちのアンケセナーメンとなるアンケセパァテンなる条件はメリトアテンに公的な相手がいたから以外に動かしようがない。


となれば、相手は誰かということになる。

つまり、アクエンアテンか、または別人か。


実をいえば、この問いに答えるのに役立ちそうな根拠はすでに示されていたのだが、気づいただろうか?



ツタンカーメン王墓を探す話のついで始めたはずがドップリと沼に嵌った感のあるネフェルネフェルウアテン問題。

しかし、これをクリアしないと正解には辿り着けないのでもう少しお付き合いをお願いします。

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