天族
さっきまでの花園とは違う緑が生い茂った草原。
青々としたそれはまさに楽園エデンの名に相応しく、
この世の生命の象徴の如く強さを感じた。
「ここだ」
そう言ってセルが指さしたのは草原の一角。
その一角だけ草が生えておらず、まるで畑のように畝が作られている。
「ここだ」って言われても…
僕、今お付きの天族を探しに来てるんだけど。
もしかしてふざけてる?
セルの顔を見ると至って真剣。
どうにもウソをついているようには見えない。
「ここって…何もないように見えるんだけど…」
「当たり前だ。まだ何も出て来てねぇんだから。」
…?
出て来てない?
この天使は一体何を言ってるんだ…?
次の瞬間、セルの口から飛び出した一言。
それは、
「お前が育てるんだよ」だった。
◇◇◇
僕が…育てる…?
つまりどういうこと?
「折り入ってはわたくしがお話いたします。」
説明をかって出たのはサラさん。
さっきの瞬間移動でいなくなったと思っていたがセルの陰に隠れていたのか
気付けばひょっこりセルの背中から顔を出していた。
「私たち天族は天使様の力をエデンの園に注ぐことで生まれるのです。
そのためわたくしの生みの親はある意味ではセルフィエル様と言えます。」
お付きの天族ができること
それってつまり僕が親になるってこと!?
冗談じゃない。
死ぬ前ですら結婚はもちろん恋愛の一つもしたことがない僕が親になるなんて信じられない。
(あなたみたいな恋愛初心者には刺激の強すぎる話じゃないの?)
少し黙ってなさい…
でもそういうことならセルのガチギレ(だったかは分からんがそれ相応のもの)に
対して防御を行えていたことも
セルに対して容赦なく羽交い絞めにしていたことにも納得ができる。
それにしても言うなればセルの方が親だったとは…
てっきり逆なのかと思ってた。
それにしても力を注ぐなんて言われてもどうすればいいかも分かんない。
「ほら、手ぇ貸せ。」
いつの間しか僕の後ろに立っていたセルに手を取られる。
引かれた手はそのまま草原に触れる。
まるで胎動するかのようにして温かい何かを感じる。
これまでに感じたことがないはずなのに、どこか懐かしいような気がする。
「不思議な感覚です。僕はこれを知ってる…?」
「人間だって魂はエデンから地上に降りてくんだ。
ごく稀に覚えてる奴もいる、お前があの女神に気に入られてるのもそれが原因じゃねぇか?」
どこか何か大きくて暖かいものに抱きしめられているかのような
そんな不思議と懐かしい温かみを感じながら、
同時に僕は自分の中の何かが流れ出していくのを感じていた。
「これが…」
「あぁ、エデンに力を注ぐってことだ。」
エデンに天使が力を注ぐのは天族を生み出すためであると同時に、
エデンの園自体に力を還元することで均衡を保つためでもあるらしい。
信仰や加護によって力をつけすぎると
世界の均衡を保つ役割を持つ天使が均衡を崩すことになりかねない。
魂を導き、新たな魂にして送り出すのにも天使の力が必要らしく
時折こうやって力を返さなくてはいけないそうだ。
そしてその力の一部を持った人間からの信仰によって天使は力を得る。
この世界を天使の力が巡っているんだそうな
それにしても、力を返すってことはここにいれば他の天使たちとも…
「もちろん会えるはずだぜ。
なぁサラ、こいつをミカエルのとこ連れてきたいんだが今いるか?」
「えぇ、ミカエル様ならあの場所におられるはずです。
今から行かれますか?」
「あぁ頼む。」
サラさんが指をはじくと同時に風が吹く。
思わず吹いたそれに目を閉じ、再び開けたその時には周囲の景色は既に変わっていた。