第3話 3-2
あたしのいなくなった家で、お母さんとお父さんが「あたしなんか最初からいなかったよう」に暮らしていた。
ただいま。
お母さん、お父さん。
お母さんとお父さんには、あたしは見えてなくて、声も聞こえていないようだった。
お母さんっ!
お母さんの腕を掴もうとしたあたしの手は、お母さんをすり抜けてなにもつかむことができなかった。
あたしは何度もなんどもお母さんとお父さんに呼びかけ、つかまえようとしたけど、聞こえないし触れない。
なんの意味もなかった。
あぁ……あたしはしんで、幽霊になったんだ。
そんな夢を見て、あたしは目覚めた。
レットの身体の中で。
夢の世界に。
◇
目覚めは最悪だった。
頭がいたいし、胸がいたいし、息苦しい。
それに寒気がすごくて、まるでインフルエンザにかかったときのようだった。
(アズキ、大丈夫ですか……?)
心配そうなレットの顔。
あたしは、
「あんま、だいじょうぶじゃ、ない……」
なんとかそれだけを伝えて、咳きこんだ。
「……お嬢さまっ!」
メイドさんの誰か……誰かまではわからないけど、声がした。
頭の中がグラグラして、なにがなんだかわからない。
気持ち悪い。
……吐きそう。
そう思ったのを最後に、目覚めたばかりなのに、ふたたびあたしの意識はなくなった。
で、それからあたしは、2日間寝こんだ……らしい。
後になってそう教えられた。
目がさめたばかりのあたしには、どれだけ時間がたったかなんてわからない。
ただ、頭が痛くて気分が悪いのに、レットが部屋中を飛び回って
(大丈夫ですかアズキ!? ど、どうしましょうっ! アズキっ、アズキいぃ~っ!)
みたいにうるさいのがきつかったけど、これの具合が悪いのって、あたしがレットの身体にムリをさせたからなんじゃないかのかな?
あたしには、レットの身体がどれだけ弱っているのか、よくわからなかった。
そして「この世界」がもの珍しかったから、いろいろと見てみたかった。
館の中を散歩して、ときには近くの集落にも行った。
楽しかった。
ちょっと身体が苦しかったけど、今思うとムリをした。
レットの身体に、ムリをさせた。
(ムリをさせてすみません、ごめんなさい……)
泣かないで、レット。
ムリをしたのはあたしで、レットじゃない。
あたしこそ、レットの身体を乱暴にあつかってごめんなさい。
と、ここであたしは、左手がギュッと握られているのに気がついた。
頭を動かして視線を左に向けると、
「……おにい、ちゃん?」
あたしの手を握っていたのは、レットの2歳上のお兄ちゃん。
ニールヘルさんだった。
お兄ちゃん、泣いてる?
初対面で「こわい人」なイメージを持ってしまったからか、あたしはニールヘルさんと関わろうとは思わなかった。
彼もわざわざレットの部屋を訪れることはなかったし、あたしはこの人のことがよくわかってない。
だけど……この人も泣くんだな。
そう思った。
ニールヘルさんは、まだ13歳。
中学1年生か2年生くらい。
心配してるよね、レットは大切な妹だもん。
ごめんなさい。
そういえば、ヨウヘイくんもいってた。
「ココロは一緒に生まれたけど妹だから、守ってやんないととは思うよ」
ココロちゃんはしっかりしてるし、ヨウヘイくんが守らないといけないように思えなかったけど、それでもヨウヘイくんは「お兄ちゃん」で、ココロちゃんは「妹」なんだよね。
だから、これだけはいわないといけないと思った。
「ありが、と……おにい、ちゃ……ん」
泣くほど心配しくれて、ありがとう。
って。
あたしの……ううん、レットの手を強く握るニールヘルさん。
「バカもの」
そのギュと閉じられた両のまぶたから、大粒の涙がこぼれた。
その涙につられ、なんだかあたしも泣けてきて、少し涙がこぼれた。
だけどレットは、
(アズキぃ~っ! 泣かないで苦しいの!? おクスリっ、誰かおクスリ~っ!)
お兄ちゃんの心配や涙に気がついている様子もなく、混乱したように部屋を飛び回っている。
いや、なんてあたしが泣いて、あなたが泣いてないの? 反対でしょ?
お兄ちゃんは、「妹のあなた」を心配しているんだよ?
でも、まぁ……。
妹って、こんなものかもしれないな。
ひとりっ子のくせに、あたしはなんとなくそう思った。