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第3話 3-1

「ご無理はなさいませんよう、スカーレットお嬢さま」


 あたしがレットの身体に入ってから、今日で30日目になる。

 お医者さんが処方しょほうしてくれるレットが苦手なおクスリを、あたしがちゃんと飲んでいるからだろう、このところ身体の調子はよくて、毎日部屋から出て散歩することができている。


 今、廊下を歩くあたしの後ろにいるメイドさんは、2人だけ。

 10日前には部屋を出るともなると、あたしを……というかレットを心配してメイドさんたちが10人ほど、前や後ろにぞろぞろついてきていたけど、ここ数日はそうでもない。

 メイドさんたちにも、スカーレットお嬢さまの体調がよろしいのがわかるのかな?

 だったらいいんだけど。


 あたしの目的地は、レットの部屋からも見える中庭。

 レットの家というか館の中庭にはたくさんの花が咲いていて、あたしのお気に入りの場所なの。

 いい匂いがするし、なによりキレイ。


 お花が満開の館の中庭なんてテレビの中でもなかなか見れないから、あたしはこの夢空間を満喫しているけど、レットはお花には興味がないみたいで退屈そうな顔で空中を散歩している。


(ねぇアズキ~、あきた~)


 最初のころは「お嬢さま口調」だったレットだけど、あたしになれたのか「親しげな友だち口調」になってきた。

 あたしとしてはそのほうが楽だし、友だちっぽくてうれしく感じる。

 

「あきたって……」


 そうはいわれても、中庭の中心にある「くつろぎスペース(なんていえばいいかわからない。円形の場所にイスとテーブルが置いてある、オシャレな場所)」に、メイドさんたちが「お茶とお菓子」を用意してくれている最中だ。

 あたしも小腹が空いているし、お菓子食べたいんだけど。


 ちなみに、この世界のお菓子はあんまり甘くない。砂糖が少なめなのかな?

 あと、料理もおいしくないな。

 肉はへんなにおいがするし、野菜もへにゃってしている。

 全体的に薄味で、「素材の味がいきている」なんていえばよく聞こえるけど、だからっておいしいわけじゃない。

 

「お茶の準備がととのいました。どうぞ、お嬢さま」


 スカーレットお嬢さまが部屋を出て散歩をしたり、お菓子を食べながらお茶を飲むなんてこの1年ほどはなかったみたいで、レット付きのメイドさんたちは嬉しそうにしている。


「ありがとうございます」


 レットの中に入ってから約一ヶ月。あたしもお嬢さま言葉になれてきて、お嬢さまのつくり笑顔の練習もしたから、レットの指導もあってお嬢さまらしい振るまいはそこそこできているはずだ。

 だけど、


 お嬢さまは、召使いにお礼をいわない。


 そう教えられたけど、庶民しょみんのあたしにそれはムリ。

 なにかしてもらったら、自然とお礼の言葉は出てしまう。


 ここ最近はメイドさんたちも「お嬢さまからの感謝の言葉」にはなれてきたようで、「召使いにお礼はおやめください、お嬢さま」なんて小言もなく、聞かなかったふりをしてくれている。


 メイドさんのひとりにうながされるまま、くつろぎスペースのイスにすわる。

 テーブルの上には、見た目はおいそうな、でもあんまり甘くははないだろう、色違いの小さなケーキが3種類。

 そして、


「本日はトトノワール産のクレット茶をおためしくださいませ」


 カップに紅茶を注いでいくメイドさん。

 もちろんあたしには紅茶の味なんてわからないから、


「よい香りですわ。おいしいのでしょうね」


 などと、適当てきとうにお嬢さまぶってみることしかできないけど。


 うん、やっぱりだ。

 口をつけてみたトトなんとかのなんとか茶だけど、昨日飲んだ……産地はわすれたけどもっと濃い色のお茶と比べても、味の違いなんてあたしにはわからない。


「まぁっ! これはすばらしいですわ。おいしいです」


 お茶を入れてくれたメイドさんへと微笑むあたし。

 となりでレットが、


(アズキ、心にもないことをいうのがお上手になりましたね)


 あきれた様子だ。


 黙っててっ! あたしだってわかってるよっ。

 ウソはよくないけど、どうしろっていうのっ!

 まさか、「昨日のお茶と同じ味だね」なんていえないでしょ!?

 色違うじゃない、色。


 それに昨日のは、トトなんとか産じゃなかった。確か、サ……なんとか産だった。そのくらいあたしにもわかるわよっ!

 あたしは、レットの中にあたしがいるって疑われないように演技してるの。

 あなたのためなのよっ!


 心の中での言葉だからレットには聞こえないけど、あたしは反論する。

 レットはあたしの気持ちなんてわからない様子で、


(その赤いケーキ、すっぱいからきらいです)


 なんてわがままをいう。

 あたしはすっぱいのが好きだから、もしゃもしゃ食べてやったけどね。赤いケーキ。


(うっ……わ)


 すっぱそうに顔をしかめるレットはムシして、


「おいしいです、このケーキ」


 レットが顔をしかめるほどすっぱくはないケーキは、やっぱりあまり甘くはなかった。

 もうちょっと、砂糖多くできないのかな?


 もしかしてこの世界、砂糖や塩が高級品なの?

 食べ物、全体的に薄味だし。


 あたしはケーキを3つともたいらげて、少し休憩してから散歩を続けた。


     ◇

 

 この世界に来て……レットの身体にはいって約一ヶ月。

 あたしは学校にも行ってないし、「自室のベッドで寝ているはずの自分の身体」がどうなっているのかもわからない、

 そんな状況なのに、あたし、あんまり「家にかえらないとっ!」とは思っていない。


 なんて説明すればいいのかな?

 不思議な感覚で、長い夢を見ているような、時間が過ぎているのに過ぎていないような、そんな感じなの。


 本を読んでいて「その物語の中」では何年も過ぎていても、現実のあたしの時間は「本を読んでいる間だけ」しかたってないでしょ? そんな感じっていえばいいのかな?

 説明しにくいけどこの世界に来てから、「現実での時間がたっている」感じはない。


 そうそう。レットの身体なんだけど、最初のころと比べると調子がいい。

 きっと、レットが嫌いな「ドロドロ野菜ジュース」みたいなおクスリのおかげだろう。

 だってあのおクスリ飲むと、楽になるもん。


 それになんだか、天国にいっちゃった野菜のおばあちゃんが作ってくれる野菜ジュースの味に似ていて、あたしは好きかも。


 とはいえ、レットの身体が健康になるのは良いんだけど、そうなるとそうなったで、


「どうしたらこの身体をレットに返せるのか」


 という問題がでてきた。


 あたしはいつもまでもレットの中にいるつもりはないし、やっぱり家に帰りたい。

 だけど、「あたしとレットの精神を入れかえる方法」は、レットにもわからないらしい。


 レットがいうには、


(身体にはいろうといたしましても、通りぬけてしまうだけです)


 なんだって。


 うーん……どうしたらいいんだろう?

 あたしにも、どうすればいいかはわからない。


 やかた内の散歩をおえてレットの部屋に戻ろうとしていたとき、目の前の廊下をレットのお父さんが早足で通りすぎていった。


 レットのお父さんはこの国の王さまの弟で、侯爵こうしゃくっていう身分の高い貴族なんだって。

 かんたんにいうと、お金持ちだ。

 うらやましい。


 だけどいつもいそがしそうにしていて、あまりレットを……今はあたしだけどを、気にかけているひまはなさそう。


 レットの部屋に戻り、寝室へと移動してベッドに入ると、メイドさんたちを下がらせたあたしは、


「レットのお父さん……お母さんもだけど、いっつも忙しそうだね」


 レットに話しかけた。


(そうなのです。大人のお仕事は大変なのです。ですが最近は、わたくしの体調がよくなってきておりますので、少し安心なさっているようです。アズキのおかけですわ)


「そう……なんよだね。あたしなんだよね、レットの中身」


(身体はわたくしなのですから、わたくしが元気になっているのと同じです)


 それはそうかもしれないけど、うーん……難しいな、

 だってあたしがこのままレットの身体を使っていたら、それは「レットが元気になった」のとは違う気がする。


「レットが、ちゃんとおクスリ飲んでればよかったんじゃない?」


(う、うぅ……アズキ、いじわるですわっ!)


 いや、ぜんぜんいじわるじゃないよ。

 飲みなよ、おクスリ。

 ちゃんといてるっぽいよ?


 あたしも生魚は絶対ムリだし、食べちゃダメなものもあるから、仕方ないのかもしれないけど。


「あたしそろそろ、レットに身体かえしたいんだけど」


 これはもう、何度目の言葉だ。

 だけどあたしたちには、その方法がわからない。


(はぁ、そうですわねー。わたくしも、アズキとディアスさまが結婚してしまうのは困ります)


 ディアスさまはレットの婚約者で、レットに届いた手紙を読む限りとっても優しそうな人だ。

 あったことはないけど。


「しないって、結婚」


(そ、それはそれで困りますっ!)


 困るだろうけど、あたしは結婚する気なんてない。


「なにか思い浮かばない? これに関しては、レットがたよりなの。あたしには、なんにもできないよ」


 実際いろいろ試してみたけど、あたしがレットから出られることはなかった。


(そうです……わね。うーん……)


 両目を閉じてあごに指を当て、考えているふうのレット。

 いや、かわいいな。

 この子なんで、どんな顔しててもかわいいんだ?


 今はあたしもレットと同じ顔だから彼女の仕草を真似してみたけど、自分で自分は見えないからわかんないや。


(そうですわ。宝物庫なら、なにかあるかもしれません)


「宝物庫? それって、お宝をしまってあるところだよね?」


(そうですわ)


 お宝の倉庫か……。


「大丈夫なの? 勝手に入ったら怒られるでしょ?」


(それはもうっ! 大変叱られてしまうでしょうが、叱られるのはアズキなのでわたくしは平気です)


 叱られるのは、あんまりいい気しないな。


 ……うん、だけど。

 手がかりがあるのなら、調べてみるしかない。


「宝物庫、どうやってはいるの? 方法あるの?」


(アズキに近くまでいってもらえれば、わたくしが壁を通りぬけて中を見ることができます)


「まぁ、それはできるでしょうけど、レットなにもさわれないでしょ?」


 レットは幽霊みたいなものだから、物をさわることができない。

 だけど彼女はあたしの言葉をムシして、


(うちの宝物庫にはですねー、なんとなんと、大賢者だいけんじゃさまよりたまわった聖賜物せいはいぶつがあるですっ!)


 自慢げなお顔をする。


「だいけんじゃ? なにそれ」


(なに、ではありません。どなたでしょうか、ですよ?)


 あっ、うん。

 ドウデモイイ。


 あたしの「ピンときていない顔」を見て、レットはため息をこぼす。


(大賢者さまはこの国の守護者であり、建国王のみちびき手であられたおかたです)


 レットの説明によると今から200年ほど前、この辺りは戦で荒れていたらしい。

 日本でいう、戦国時代みたいなものだろう。

 で、その戦をおさめ、このあたりをひとつの国としてまとめたのが「建国王と大賢者」なんだって。


「ふーん、えらい人なんだね、大賢者」


(さまですっ! 大賢者さまっ)


 はいはい。


「そんなえらい大賢者さまが、レットのご先祖さまにいいものくれたの?」


(よいものかどうかわたくしにはわかりませんが、我が家にある魔術具は大賢者さまからいただいた聖賜物だけですので、可能性あるのでしたらそれだと思います)


 え?

 まじゅ……つ?


「魔術って……ま、魔法!? この世界には魔法があるの!?」


 知らないっ! そんなの初耳なんですけど!?


(魔術ですわ。魔法ではありません。魔術は、魔術使いでしたら使えますわ)


 あきれたような顔をするレット。

 そんな、「なにいってるの? 当たり前でしょ?」みたいな顔されても、あたしの世界には「魔術」なんてないんだけど。


「じゃあレットの病気は、魔術で治せないの?」


(なにをいっているのですか? アズキ。魔術ですわよ? そんなことできるわけないじゃないですか。魔術は、医術ではありませんわ)


 あれ? なんかこの世界の魔術って、あたしのイメージと違う?

 魔術って、なんか呪文を唱えるとぱ~っ光って、なにかが起こる的なものじゃないの?


「病気は、なおせない?」


(魔術でですか? そんなことができれば、お医者さまはいらないじゃないですか)


 う、うん。

 そう……だね。


「わかった。じゃあ、まずは宝物庫からだね、調べるの」


(ですわね)


 目標はないより、あったほうが進みやすい。

 だけど、少し疲れたな。眠くなってきた。


 あたしはあくびをして、


「ごめん、レット。ちょっと眠い……」


(はい、おやすみください。アズキ)


 レットの微笑みに見送られ、あたしは「夢の中での夢の世界」へと旅立った。


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