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第2話 2-3

 レットのお兄ちゃんの前で倒れちゃった次の日。

 とりあえずあたしとレットは、レットの寝室でおとなしくしていた。


 昨日の今日だ。さすがにフラフラ出歩いて、お兄ちゃんに見つかるのは気がひける。

 今日くらい、おとなしくしていよう。


 で、その日の午後。

 メイドさんに案内されてレットの寝室におじいさんがやってきた。

 レットがいうには、お医者さんらしい。


「お嬢さま、苦しくはございませんか? 顔色は……あまりよろしくございませんな」


 ベッドで上半身を起こしてすわるあたしを、お医者さんがやさしい顔をしていても観察するような目で見る。


 あたしのおじいちゃん。お母さんのお父さんもお医者さんだけど、お医者さんっておじいさんが多いのかな?

 それに、笑顔だけど目は笑ってない感じが、このお医者さんはおじいちゃんと同じだ。


「少し苦味が増えましたが、効果は確かです。どうぞ、お飲みくださいますよう」


 お医者さんが、木ので作られた水筒みたいなものから、赤くてどろっとした液体をカップに注ぐ。


 うっ……苦いのは、イヤだな~。


 レットが、あたしの感想そのままなお顔をしている。


「どうぞ、お飲みくださいませ」


 あたしにカップを手渡し、やさしく微笑むお医者さん。


 苦いのはイヤ。

 イヤなんだけど、あたしは「おクスリ」がどれだけ大切なものなのか、お医者のおじいちゃんとおクスリを作る仕事をしているお父さんから、たっぷり教えられている。


 おクスリは、ちゃんと飲まないとダメ。


 あたしはそう教育されているから、「苦いなら飲まない」なんてありえない。

 そんなわけであたしは、いわれたとおりカップの中身を飲んでいった。


 どろっとしたそれを飲みこんでいくのは、水すら飲みにくいレットの身体だとたいへんだ。

 でも、そんな苦いかな? これ。


(アズキ……よく飲めますね、そのおクスリ)


 美味しくはないけど、飲めなくはない。

 味はなんだか、野菜のおばあちゃんが作ってくれたニンジンたっぷりな野菜ジュースみたいで、なんとなく健康けんこうには良さそうだ。


 レットの言葉に返事に返すのは、ちゃんと言葉として口にしないとつたわらない。

 とはいえ、お医者さんもメイドさんもいるこの状況では、レットに話しかけることはできかった。

 だって、


「スカーレットお嬢さまが、急にわけのわけらないことをいいだした!」


 みたいになるわけでしょ?

 それはムリだー。


 あたしがおクスリを飲み終わり、顔や舌やなぜか耳の中をお医者さんに診察されて、お医者さんとメイドさんが部屋を出て行ってから、


「おクスリ、ちゃんと飲んでなかったの?」


 あたしはレットに確認した。


(飲めるものは飲みました。ですけど……あれは……あの赤い地獄味のあれは……)


 赤い地獄味?

 ……まぁ、美味しくないというわけね。


「あのね、あたしがレットの中にいる間はあのおクスリ飲んであげられるけど、あたしだっていつまもでレットの中にいるわけじゃない……と思うよ?」


(そ、それはそうかもしれませんが……あっ! そうです。おクスリ飲むときだけ。アズキがわたくしになればよいのです)


「よくないし、あたしレットから出たら家に帰るよ?」


(えー……)


「えー……じゃないよ」


 でもでもだってな感じで、なにかいっているレットに、


「これ……夢、なんだよね?」


 あたしは問う。


 あたしにとって、「これ」は「夢」だ。

 だってあたしは、自分の部屋のベッドで眠って、ここにきたんだから。


(なにが夢なのですか? たしかに不思議なことがおこっていますけれど、夢ではありませんわ)


 これが「あたしの夢」だとしても、夢の中の登場人物であるレットにとって、「この世界」は「夢」じゃないんだろう。


「レット、身体から出ちゃってるんだよ? 夢かもしれないじゃん」


(身体からでちゃっていますけれど、夢ではありませんっ!)


 あぁ……これは答えでないやつだ。

 話題変えよう。


「レットは、身体にもどったらなにがしたい?」


(もちろん、元気になりたいです)


 確かに、それはそうだ。


「そう、だよね。ごめんね、いやなこと聞いちゃった」


 病人が元気になりたいのは、わかりきったことだ。

 わざわざ聞かなくていいくらい、わかりきったことなのに。


 レットをイヤな気持ちにさせちゃった。

 そう心配するあたしだったけど、


(それでですね~♡ えへへ)


 レットはニヤニヤして、


(元気になったらなにがしたいか、聞いてもよいですよ?)


 なんだから楽しそうにいってきた。


 ……うん。またあたしの「気にしすぎ」だ。

 それとも、わざと気にしないふりをしてくれてるの……?


「それは、たくさんあるでしょ? あたしだって、したいこと、行きたいところはたくさんあるもん」


(元気になったらなにがしたいか、聞いてくださってもよろしいのですわっ!)


 同じような言葉を繰り返すレット。

 なんだ? 聞いてほしいのかな。

 わかりましたー。


「レットは元気になったら、なにがしたいの?」


 お望みの質問に、


(元気になったらわたくし、お嫁さんになるのですっ!)


 彼女は「満面の笑みってこういうのだろうな」と思わせるようなお顔で答えた。


 でも、ん……?


 およめ……さん?


 確かにお嫁さんに憧れるおんなの子はいるだろうけど、レットはそこまで子どもっぽくないし、なんか変だ。

 もしかして、


「もしかしてレット、好きな人がいるの?」


(はいっ! ディアスさまですっ♡)


「ふーん」


 ディアスさま?

 誰だ?

 知らない名前だ。


(聞いてくださいアズキ。ディアスさまはお隣の国、ホマレ公主国の第二公子でですね、お年はお兄さまと同じです)


 ダイニコウシ? コウシって、なに? 仔牛?


「コウシ? なにそれ」


(公子ですか? 公王さまのご子息しそくですわ?)


 コウオウっていうのもわからないけど、話の流れから考えると王さまみたいなものかな?


「コウシって、王さまの子ども? 王子みたいなもの?」


(え? あっ、少し違いますけど、そうです。王子みたいなものです。そしてそして、ディアスさまはなんとっ!)


 レットは、いまいちピンときていないあたしの顔を覗きこんでニンマリすると、


(わたくしの婚約者なのですっ!)


 大きな緑色の瞳をキラキラさせて宣言した。


 コンヤクシャ……って、婚約者?


 って、結婚の約束をしている人たちのことだよね?

 うん、まぁレットはこの国の王さまのめいっ子だもん。お隣の国の王子と婚約してても不思議じゃないのかも。


「結婚が決まってるなんて、さすがお嬢さまだね」


 婚約がうやらましいとは思わないけど、お嬢さまの立場はうらやましいな。

 だって、お金たくさんあるでしょ?

 読みたい本が買えて、行きたい場所への電車賃があって、塾にも通える。

 うらやましい。


 こうして考えてみると、お金ってすごいなー。

 お金があれば、できることがたくさん。

 だから大人はみんな、必死で働いているんだろう。

 あたしもはやく大人になって、お仕事するぞっ!


(ですがこのままだと、アズキがディアスさまと結婚……となってしまいます)


「ぅえっ!? やだよっ」


 知らない人と結婚なんてしたくないし、そもそもあたし、まだ10歳だよ?

 レットだって、あたしと同じくらいでしょ?


「そういえば、レットって何歳なの? あたしは10歳で、もうすぐ11歳」


(わたくしは11歳になったばかりです。わたくし、アズキよりもお姉さんだったんですね。お姉ちゃんって呼んでくれていいですよ?)


 は? お姉ちゃん?

 11歳になったばかりなら、ほとんど変わらないでしょ。

 じゃあレットも、5年生じゃん。

 同級生。


 で、同級生と思うと、


「11歳で結婚って、はやくない?」


(いえ、婚約しているだけで、結婚はわたくしが15歳になってからです)


 15歳、あと4年後?

 それでも15歳で結婚って、まだはやくない?


「15歳かー。あたしそこまでレットの中にいない……と思うし、大丈夫だよ」


 というか、いくら王子さま相手といっても、結婚なんかしたくないんだけど……。


(アズキも、ディアスさまがどれほどステキなおかたか知りたいですわよね!?)


 レット、この話題はグイグイくるな。

 あんまり興味ないけど、上機嫌なレットの様子から、そうはいえない雰囲気だ。


「そ、そうだね……そんなにステキな人なら、少しは知りたい……かな?」


(ですわよねっ! それはもうステキなおかたなのですわ)


 これが、「恋するオトメ」ってやつかな?

 でもあたしが誰かを好きになっても、今のレットみたいにはならない気がする。

 誰にもいわずに、好きになった人にも気持ちをいえずに、ひとりでモヤモヤしてる気がする。


 レットがいうには、その「ディアスさまからのお手紙」が、彼女の机の引き出しにしまってあるんだって。

 どうやら「ディアスさまからのお手紙」をあたしに見せたいらしいレットにいわれるがまま、あたしはレットの机がある隣の部屋へと移動した。


 というか、させられた。


 レットにいわれるがまま、彼女の机の引き出しを開ける。

 そこには、確かに手紙っぽいものが入っていた。

 でも、


(これですわ!)


 これって、手紙っぽいの、たくさんあるんだけど?


「どれ?」


(全部ですっ! 全部、ディアスさまのお手紙なのですっ)


 10通以上はありそうな「ディアスさまからのお手紙」。

 その1通に手を伸ばすと、


(きゃあぁっ! はっ、恥ずかしいぃっ、はやくみましょうっ)


 見せたくないのか、見て欲しいのか、どっちなんだろう?

 あたしは手紙の1通を適当に手に取り……後悔した。


 開いた手紙には、ディアスさま……彼がレットをどれだけ心配しているのか、好きな人がいたことないあたしにだってわかるほどの言葉で記されていた。


 これは、あたしがみちゃいけないものな気がする。

 これは彼が、レットだけに伝えたい想いのはずだ。

 だからあたしは、


「よ、読めない。なんて書いてあるかわかんない」


 嘘をついた。


(元気になったら、また会いましょうって書いてありますっ!)


 確かにそんなことは書いてあるようだけど、だけどもっと、その……これってラブレターだよね?

 結婚して一緒にくらし始めたら、あれをしよう、これをしよう、一緒にどこへ行こうかとか、見せたい場所があるだとか、そういう「ふたりの未来」が、やさしい言葉で書かれていた。


 手紙だけでもわかる。

 ディアスさまが、レットの婚約者がどれほどステキな人なのか。

 そしてどれだけレットを心配し、想いをよせているのか。


 あたしは、急に怖くなった。


 これは、本当に「夢」なの!?


 あたしが広げ、机の上に置いた手紙を食い入るように見つめるレット。

 大きく見開いた瞳は輝き、薄く開いた唇が小さく震えている。


 あたしが「この夢からさめる」と、レットは消えてしまうの?


 レットの恋心も、ディアスさまの想いも、全部消えちゃうの?


 そう思うと、あたしはとても怖くなった。


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