第2話 2-1
あたしを覗きこむ、見たことないくらいかわいいおんなの子。
サラサラの金色の髪に、緑の瞳。
赤いドレスを着た彼女は、まるで、アニメに出てくるお姫さまみたいだった。
(あなたは、どなたですか?)
頭の中でひびくような、愛らしい声。
あたしを見つめる、かわいいおんなの子の声だろう。
その、かわいいおんなの子からの愛らしい声での質問の答えを、あたしは持っている。
あたしは、小豆さくや。
小学5年生で10歳。
だけどあたしは、質問に答えられる状況になかった。
なにが起こっているのかわからなかったし、胸が苦しくて言葉が出せなかったからだ。
だけどこれ、夢……だよね?
あたしはベッドに入って眠ろうとしていたんだから、これは夢のはずだ。
でも夢に思えないほどのしっかりした感覚を、あたしは持っていた。
空気の冷たさも、うすい線香みたいなにおいも、体を包んでいる服の感触も、それに息苦しほどの胸の痛みも、とても夢とは思えない。
それにあたし、夢の中で「これは夢」なんて思ったことない。
自覚夢といって、夢の中で「これは夢だ」わかる夢もあるらしいって本で読んでことあるけど、自覚夢ってあたしは見たことない。
夢なんて、目が覚めたあと「あー、へんな夢みたなー」と思うことがときどきあるだけで、そんな「へんな夢」だってすぐに忘れちゃう。
夢って、どうして目が覚めるとすぐ忘れちゃうんだろう?
面白くて楽しい夢は、おぼえておきたいんだけど。
頭を動かして辺りを確認しようとしたけど、暗くてよくわからない。
だけどあたし、ベッドに寝てる?
それはわかった。
ベッドであおむけになっているあたしの真上に、おんなの子が浮かんでいるような……って!
(ねぇ、あなたはどなた?)
いやいやっ!
この子、空中に浮かんでるっ!
幽霊かなんかなの!?
目が慣れてきたのか、辺りがだんだんと見えるようになってきた。
広い部屋だ。あたしの部屋よりもずっと広い。
カーテンの隙間から入ってくる光は薄く、今が夜なのは間違いないだろう。
(あなたですわ。わたくしの身体に入っている、あなたはどなた?)
え? それって……。
あたしのこと!?
ちょっと待って、あたし、
「あなたの、げほっ! あたなの、か、から……だ?」
に入ってるの!?
(そうです。それはわたくしの身体です。どうやって入ったのですか?)
どうやってて……そんなの知らないよっ!
とはいえ、彼女の質問に答えるよりも、
「く、苦しい……心臓が、痛いん、だけ……ど……」
あたしは重大な問題をかかえてしまっていた。
そう、これまで感じたこのない胸の痛みと息苦しさで、彼女の相手をするどころじゃなかった。
(はい、いつものことです。わたくし、身体が弱いもので)
かわいい顔に、困ったような表情を作る彼女。
それでもかわいいままなのはどういうこと?
うらやましい。
でもこれは、身体が強いとか弱いとかそういうんじゃないでしょ?
これ……なにかの病気なんじゃないの!?
(あの……)
「はぁ、はぁ……な、なにぃ?」
(わたくし、しんでしまったのでしょうか……)
困った顔の次は、悲しそうな顔するおんなの子。
それはそうだ。この子、自分の身体の外に出ちゃったんでしょ?
そのかわりに身体にはあたしが入ってるらしいけど、この子自身は身体の外なわけで、だったらしんじゃったかもしれないんだから、そりゃ悲しいでしょ。
で、でも、今はあたしもしにそうなんだけどっ!
苦しいのですがぁっ!
「はっ、はぐぅっ!」
心臓がズキズキ痛む。心臓が痛むのって、こんな針をブスブス刺されるような痛みなんだ。
泣きそうなんだけどっ!
ちょっと泣いてるけどねっ!
(あの……がんばっ♡)
なんでそんなかわいく応援してんのよっ!
あたしはしばらくの間、彼女に応援されながら胸を押さえてもがいた。
◇
どのくらいの時間がたったのかわからない、たぶん、そこまで長い時間じゃなかったはずだ。
だけどその間あたしは、汗でべっとりなるほど苦しんで、もがいた。
(苦しいの、おさまりましたか?)
さっきまでの、しにそうなほどの心臓の痛みはなくなった。
ぐったりなったあたしは、息をととのえながらうなずく。
(やはり、わたくしはしんだのでしょうか……)
悲しそうな顔と声の彼女に、
背が低いのなんて、そんなのぜんぜんタイヘンじゃない。
しんじゃうほうが、もっとタイヘンだ。
あたしはそう思った。
「あ、あたしとお話しできてるんだから、生きてるんじゃ……ない?」
あたしの適当な答えに、
(なるほど、そうですねっ!)
その子は笑った。
直前まで泣きそうになってたのがウソみたいな、うらやましいほどかわいい笑顔で。
もう、痛まない……よね?
心臓の上に手を当てて確認する。
これは夢なのに。
夢のはずなのに。
それなのにあたしは、苦しいのが、痛いのがこわい。
しぬのが……こわい。
不安そうな顔をしていたんだろう、
(平気ですわ。少し息がしにくいだけです。大丈夫です。ゆっくり、小さく息をしてください)
その子のいうとおり、あたしは小さな深呼吸を繰り返す。
そうすると、だんだんと苦しさは消えていった。
ベッドに沈むあたし。
あたしの上でふわふわ浮いている彼女。
「あたし、小豆さくや。あなたは?」
とりえあえず、自己紹介しないと。
名前がわからないのは不便だし、それにこの子は、「あたしが誰なのか」を知りたがっていた。
(アズキサクヤさま……ですね。わたくしはルシアン侯爵の娘。スカーレット・ファーブ・ミリアント・ルシアンと申します)
「スカーレット? ファーブ?」
どこが名前なのかわかんない。ロウェル先生みたい。
さすがに、その長いの全部が名前ってわけないよね?
「どれが名前なの?」
(スカーレットがわたくしの個人名です。親しい人は、レットと呼んでくださいますわ。どうか、レットとお呼びください。アズキサクヤさま)
「あたしも、さくやが名前だけど、小豆っていわれるほうが多いかも。そのほうがかわいいからって」
(そうなのですか? ではわたくしにも、アズキと呼ばせてください)
「うん。わかった。よくわかんないけど……」
どうせ、これは夢だ。
だけど、
「よろしくね、レット」
あたしの言葉にレットは、
(はい、よろしくお願いいたしますわ。アズキ)
嬉しそうに笑ってくれた。
そして、急激に薄くなっていったあたしの意識は、そこでとだえた。