おしまい
「おかあさま。また、お星さまみてるの?」
娘を……わたくしがこの子を産んでから、もうすぐ5年になる。
そしてあの日。
アズキと別れてから、もう15年ほどになる。
まるで夢のような日々。
アズキと暮らした時間は50日ほどの短いものだったけど、あの日々はわたくしにとって今でも「宝物」だ。
そしてずっとずっと、キラキラした宝物のままなのでしょう。
そう……この子とあの人の次くらいには大切な、あたしの宝物。
娘の瞳が、わたくしの手のひらに乗る白い宝石を映す。
「アズキさまのお星さま。アズキさまは、お母さまのはじめてのお友だち、でしょ?」
大賢者さまから「お前が持っていろ」と渡された宝玉。
「それは、星だ。かつて空に輝く星だったものだ」
だからこれは、「アズキの星」。
わたくしのお守りで、宝物。
「そうね、アズキはお母さまが元気になれるように、美味しくないおクスリが飲めるように、はげましてくれたのよ」
娘の頭をなでる。
やわらかな髪の感触に、幸せを感じながら。
「だから、あの人がいてくれたから、お母さまは元気になって、お父さまと結婚して、あなたを産むことができたの」
「ふーん、じゃあ、サクヤもおれいいわないとダメだね」
サクヤ。わたくしは娘に、アズキサクヤ……彼女の名をもらった。
アズキは嫌そうな顔をするかもしれないけど、仕方ないわ。
あなたは、大切なお友だちですもの。
あなたが「ここ」にいた証を、わたくしを助けてくれた証拠を残したかったのよ。
「アズキさま、あいにこないの?」
「そうね……どこにいるのかしら? 会いに来てくれるなら嬉しいし、会いに行けるなら行きたいものですけれど……」
「アズキさま、どこにいるかわらない? あえないの?」
心配そうな顔をする娘を膝に乗せる。
重いわ。
重くなってくれた。
「アズキがどこにいようとも、お母さまたちがお友だちなのは変わらないわ。ずっと、かわらない」
(がんばれっ! あたしもがんばるっ! 約束っ!)
最後に届いた言葉。
あの『約束』が、わたくしをどれだけ「強く」してくれたでしょう。
アズキ。わたくし頑張りましたわ。
ちゃんと、おクスリ飲みましたわよ?
美味しくはありませんでしたけれど……ね。
あの夜。アズキがわたくしの身体に入ったあの夜。
別の世界から降りてきたアズキが、天へと帰ろうとする「わたくしのタマシイ」を引き止めてくれなければ、わたくしは天へと召されていたらしい。
大賢者さまがそのように教えてくださいました。
そう、本来ならあの夜。
わたくしは死んでいたのですね。
「大賢者さま。アズキは別の世界から、わたくしを助けるために来てくれたのですか?」
「簡単にいえば、そうなる。難しくいえばそうならぬが、どちらかが一方的に利益を得たという話ではない。お互いに利用価値があったという話だ」
大賢者さまのお言葉は、わたくしには理解がおよびませんでした。
「それではアズキも、この世界に来る必要があったのですね」
大賢者さまは首をかしげ、
「難しく考えるな。あいつのおかげでお前が命を止めたように、あいつもお前と出会い、生きる力を取り戻したのさ」
生きる力を取り戻した?
アズキは、生きる力にあふれていたように見えましたが……。
「どうして、そのようなことが? まるで魔法ではありませんか」
魔法とは、この世界からはすでに失われた法則。
大いなる力にして奇跡。
それが『魔法』。
「約束は、果たされるためにあるんだ」
大賢者さまはそういうと、
「これは、お前が持っていろ」
アズキが箱から出した、奇妙な形の宝石をわたくしに渡しました。
これには、なにかの『魔法』がやどっていたのでしょうか。
その力はもう、なくなった?
手渡された石からは、なんの「魔力」も感じない。
魔術使いの才能があるわたくしは、魔術や魔法の元素となる「魔力」を感じることができるのに。
これにはもう、なんの力もない。
だからこの石に力を与えるのは、わたくし。
これは、約束の証。
ここには大切な友だちとの、『約束の魔法』がやどっているのですから。
あの日からわたくしは、この「星の石」と共に生きてきた。
アズキがそばにいてくれるようで、アズキに見られているようで、「ちゃんとしないとっ!」と思えましたから。
そのおかげもあり、15歳でとはいきませんでしたが、わたくしは18歳で大好きな人と結婚して、今はその人の子を産み、育てています。
アズキ。あなたがどのように生きているのかはわかりませんけれど、きっと「がんばって」生きていますよね。
わたくしたちは『がんばる』のですもの。
それがわたくしとあなたの、『約束の魔法』なのですから。
End