第4話 4-3
レットのお兄ちゃん……ニールヘルさんを味方にしたあたしたちの、
「レットに身体を返して、あたしは家に帰る大作戦」
は、その第一段階に進んだ。
要するに宝物庫に入り、レットのご先祖さまが「大賢者さまよりたまわった聖賜物」とご対面することができたのだ。
「アズキサクヤどの、これでよろしいか」
手のひらサイズの箱を、あたしへと差し出すニールヘルさん。
よろしいかと聞かれても、あたしにはわからない。
でもニールヘルさんが「これだ」と持ってきてくれたのなら、これなんだろう。
それにしても……宝物庫、お兄ちゃんと一緒だと簡単に入れたんだけど?
「なんでレットはここに入れないの? レット、宝物庫には簡単には入れてもらえないっていったよね?」
あたしのレットへの確認に答えたのはお兄ちゃん。
「スカーレットは信用がないのです。なにをしでかすかわからない、といえばお分かりでしょうか」
あぁ、はい。
わかりました。
「ここには大切なものがたくさんございます。スカーレットのような粗忽者を、おいそれと入れるわけにはいかないのです」
ソコツモノってなんだろう?
きっといい言葉じゃないよね。
それはわかる。
(アズキっ! まずは一歩進みましたわっ!)
「そんなかわいい顔してもダメ。ちゃんとして。信用されようよ」
(は、はい……そのように、心がけます……)
「そうだよ? 元気になったらさ、いろんなことができるよ。そんなときに、あれダメこれダメいわれたくないでしょ?」
(はいっ!)
あたしにやさしい顔を向けてくれるニールヘルさん。
彼にしてみれば、妹が独り言いってるだけに見えてるんだよね?
どんな気持ちなんだろう?
「さわっていいですか?」
ニールヘルさんが持っていた箱を、あたしに渡してくれる。
重さは……普通? 想像以上に重いとか軽いとか、そういうのはない。
(アズキ、開けてください)
「んー……開けていいの? 宝物なんでしょ? もっと慎重に調べてみない?」
(とりあえず、開けちゃいましょう。考えるのはそれからでよろしいのではっ!)
よろしくはないよ……。
そんなのだから、宝物庫に入れてもらえないんじゃない?
あたしは、
「開けていいですか?」
当たり前だけど、ニールヘルさんに確認を取る。
「はい。文献によると、奇妙な形の宝石が入っているとか」
「宝石ですか? 魔術的な?」
あたしにはわからないけど、レットの話だと「魔術器」なはずなんだけど?
「宝石には魔術が込められていると語られておりますが、実際のところはわかりません。どうぞ、お開けください」
ニールヘルさん、別に困ってるような顔はしてない。
本当に箱を開けてもいいみたい。
(はやくっ! アズキ、はやく見てみましょうっ!)
まぁ、そうだね。
これが「レットに身体を返して、あたしは家に帰る大作戦」の第一歩で、「まずはこれから」というものでしかない。
期待はしているけど、これが最後ってわけじゃない。
「うん。じゃあ、開けるね」
箱の蓋は、簡単に取れた。
これ、本当にただの箱だ。
重要なのは中身ってこと?
宝物なんだから、もっとしっかり閉じておいたほうがいいんじゃない?
あたしはそう思ったんだけど、
(あれ? あいちゃった!?)
「まさか本当に開けてしまうとはっ!」
兄妹、おんなじような顔でびっくりしてるんですけど?
まさかこの箱、あかない箱だったの!?
箱の中には紫色のクッションがあり、そこに乗っていたのは、
「おばあちゃんのお守り!?」
あたしが野菜のおばあちゃんから受けついだ、真っ白な星形の石だった。
少なくとも、同じものに見えるけど……。
と、その瞬間。
あたしは眩しい光に包まれ、まぶたを閉じた。
◇
(そ、そのお姿はっ! もしかして大賢者さま……でしょうか)
レットの声にあたしがまぶたを開けると、目の前にひとりの女性が立っていた。
白い空間。あたしの隣にはレットで、前にはその女性。ニールヘルさんの姿は見当たらない。
この人が、大賢者……さま?
あれ? 昔の人じゃなかったの?
生きてるの?
幽霊?
レットの疑問にその人はうなずいたけど、この人……日本人にしか見えないんだけど!?
それも、中学生くらいのお姉さんだ。
だって、セーラー服着てるし。
彼女……セーラー服を着た大賢者さまは、レットの質問には答えず、
「織田信長が本能寺でしんだって、知ってる?」
あたしへと問いかけた。
オダノブナガは有名人だから戦国時代の人なのはしっているけど、どこで死んだのかまでははっきり知らない。
あたしは首を横に振って、
「オダノブナガは知ってます。戦国武将ですよね。でも、どこでしんだのかは、まだ勉強してません」
「あたしは群馬県から来たの、あなたは?」
「東京都です。新宿区にすんでいます」
「これは、どこで手に入れたの?」
大賢者さまが右手をあけて上向きにすると、その手のひらに「星の石」が現れた。
「これと同じものを、あなたも持っているはず。だからここに……この世界に飛ばされた」
これと同じもの?
ってことは、これ、あたしと野菜のおばあちゃんの石とは別の石なの?
「おばあちゃんが天国にいく少し前、それと同じような石をあたしにくれました。あたしのは、部屋の机にしまってあるはず……です。おばあちゃんとの大切な思い出の品なので。それのこと……ですか?」
違う。
あたしは「あの日」、あの石を持って眠ったはずだ。
もう、何日前だろう?
この世界に来て、レットの中に入ってから、もう何日たったんだろう?
「なるほど。あなた……ヒバリの血縁なのね」
ヒバリはお父さんのお母さん。
野菜のおばあちゃんの名前だ。
「おばあちゃんを、祖母を知ってるんですか……?」
◇
大賢者さまの手のひらの上で、くるくると「星の石」が回る。
星の石は回る速度を上げ、それにあわせて輝き出した。
すると、
(きゃっ!)
後ろに引っ張られるような動きで、レットがあたしに近づいてきた。
そして、
ぐにゅっ!
柔らかいものに押されるような感覚があって、すぐ……。
(レットの外に出られた!?)
あたしはこれまで自分が入っていた身体を……レットの頭を見下ろすように、少しだけ空に浮いていた。
(レットっ!)
あたしが出られたってことは、レットは自分の身体に戻れたの!?
あたしの心配は、すぐに解決した。
「アズキは、そのような姿だったのですね」
あたしと視線を合わせてそういうと、レットの美少女顔に微笑みがうかぶ。
(え!? レットにはあたしが見えてなかったの?)
「はい。自分の身体にアズキが入っているのはわかっておりましたけれど、アズキの姿までは見えておりませんでした」
そっか……あたしにはレットが見えていたから、レットにあたしが見えてないなんて考えもしなかった。
「お前の持つ石が、娘が星に帰るのを引き止めた。そして対となるこの石が、また戻した」
大賢者さまが、あたしを見ていう。
(あたしの石? おばあちゃんのお守り?)
「ヒバリが持ち帰った星の石だ」
なんのことだろう?
野菜のおばあちゃんも、この世界にきたことがあったってこと!?
「あの、大賢者さま。わたくしはなぜ、身体に戻れたのでしょうか……」
レットの疑問に、
「戻れたのではない、戻したのだ。だがなぜ戻れたかと問われれば、死が遠のいたからだと答えることもできような。死の重き輪の中では、戻しようもないのでな」
わかりにくい説明をする大賢者さま。
わかりにくいけど、でも、そんなのわかりきってる。
(あたしがちゃんと、おクスリ飲んだからじゃない?)
あたしがレットのかわりにおクスリを飲んで、彼女の治療が進んだからだ。
あたしの答えに大賢者さまは小さくうなずき、
「そうじゃな。ちゃんとクスリを飲んだからだ」
レットをたしなめるような口調でいった。
「ほらー、ちゃんとおクスリ飲んでなかったからだよー」
あたしと大賢者さまからたしなめられたレットは、唇を結び頬を膨らませて不満そうな顔をする。
そんなブサイク顔でも、やっぱり彼女は美少女のままで、うらやましいって思う。
と、
(わっ、ぅわあぁっ!)
あたしの身体が、勝手に上へと浮き始めた。
まるでガス入りの風船のように、上へ上へと昇っていく。
あたしは『ここ』に落ちてきた。
だから昇るってことは、帰れるってこと!?
え? でも、ダメ。
レットはまだ元気になってない。
病気、治ってないっ!
あたしになにができるかわからないけど、このままじゃ帰れない。
ちょっと待ってっ!
自分の身体に戻れたレットが、元気になるのを確認させてほしい。
だけどあたしの身体はどんどん昇って、自分の意思では止められないっ!
どんどんの昇っていくあたしを、レットが見上げる。
「ありがとう、アズキ。わたくしの、初めてのお友だち」
笑わないで。そんな涙交じりの笑顔であたしを見ないで。
あたしも泣いちゃうじゃない。
あたしレットみたいにかわいくないから、泣くとブサイクが増すの。
そんな顔、レットに見せたくない。
だけどあたしは溢れる涙をぬぐうこともできずに、レットへと手をのばす。
(レットっ! レットも腕をのばしてっ)
だけどあたしの腕は短くて、あたしたちの距離はどんどん離れて、もう彼女には届かない。
だから、
(がんばれっ! あたしもがんばるっ! 約束っ!)
言葉を届けた。
約束を、結びたかった。
自然と出たその言葉を最後に、あたしの目の前は白く染まって、なにも見えなくなる。
なにも見えなくなる瞬間。
レット唇が動いたのは、あたしの見間違いじゃないはずだ。
「約束です。アズキ」
彼女の唇がそう言葉を作ったことを、あたしは信じた。