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第4話 4-1

 レットが「カッツェの蜜アレルギー」だと判明してから10日がたった。

 カッツェの蜜はカッツェの花から取れる蜜のことで、とても高価なものだし基本的にはクスリの材料として使われるもので、食事に使われることはないらしい。

 だからカッツェの蜜を、一生口にしない人のほうが多いんだって。


 まぁ、それはそれとして、


「レットに身体を返して、あたしは家に帰る大作戦」


 を始めてもう7日なんだけど、全然進展がない。

 それには原因があって、なぜかレットにやる気がないのだ。


 レット、自分の身体に戻る気がないみたいにも思えて、なんかムカつく。


 ふたりきりの寝室。あたしがレットに不満をぶつけると、


(もういいですわっ!)


 キレた。


「よくないっ!」


 あたしもキレた。


「元気になって、お嫁さんになるんでしょ!?」


 レットはうなだれ、首を横にふる。


 しばらくの間、無言を続けるレット。

 なんだか、あたしも黙ってしまう。


 2分? 3分? もしかしたら5分以上かも。


(だって、苦しいのはイヤ……なんです)


 レットがつぶやいた。


「はぁ? 」


(身体に戻ったら、また、痛くて苦しくなるかもしれませんっ!)


「最近はそうでもないって! あたしを見てればわかるでしょ!?」


(そ、そんなの、戻ってみなくちゃわからないじゃないですか)


「身体に戻るの、こわいってこと?」


 あたしから視線をそらせて、レットはうなずく。


「もう、バカっ!」


(えぇバカですっ! バカですよ~だっ!)


 レットの唇が震え、涙のない泣き顔の表情が作られた。


(アズキにはわかりませんっ! わたくし、ずっと、ずっとつらかったのですっ! 苦しかったのですっ)


 レットは空中を素早く動き回り、


(ほら、なんにも苦しくない、痛くないっ!)


 泣いているような声での叫び声。

 聞いているこっちがつらくなりそうな。


「だからって、いつまでもこのままじゃいられないでしょ!?」


(アズキが、わたくしとして生きればよいのです。かわいくてうやらましいと、いっていたじゃないですか)


 それはそうだけど……。

 あたしだって、レットみたいにかわいく生まれたかったよ。

 こんなにかわいいなら、みんなちやほやしてくれるでしょ?

 テレビに出て、雑誌にのって、人気ものになって。


 あたしだって、レットみたいになりたいよっ!


 でもっ!


「あたしはレットじゃないっ!」


 そう返されるはずだった言葉は、


(かわいくなくていいっ! 普通でいいのっ! 好きに散歩して、本を読んで、お父さまとお母さまのお手伝いをして、お兄さまと遊ぶの。それってワガママなの!? わたくしにはあたえられない贅沢なのですか!?)


 小さな子みたいに泣き叫ぶレットによって遮られた。

 レット、涙と鼻水で、かわいい顔がぐちょぐちょだ。


「おクスリの飲めば、よくなるよ」


 そういうのは簡単だし、それが正解なんだろうけど、そんな言葉はレットに届きそうにない。それくらいわかる。

 なにもいえず、レットを見つめるしかないあたし。


(でもイヤなの、こわいの……痛くて苦しいのはもうイヤなのぉ~っ!)


 ついにレットは、涙をあふれさて泣き声をあげた。


 あぁ……レット、こんなつらかったんだ。

 痛くて、苦しくて、こわかったんだ……。


 あたし、わかってなかった。

 レットに身体を返したいって、あたしも家に帰りたいって、それだけだった。


 だけどそれは、


「ダメ……だよ」


(ぐすっ……ど、どうして、です、アズキには関係ありませんでしょ)


 あたしは今レットの身体の中にいるわけで、関係なくはないけど、


「レットは、友だちだから」


 いろいろと思うことはあるけど、言葉になったのはそれだけだったし、それで十分なはずだった。


「レットにとって、あたしは友だちじゃないの?」


 レットだってわかってるはずだ。

 このままじゃいられないって。


 だけど、少しこわいんだよね?

 ムリもない。あたしも少しだけど、レットの苦しさや痛さを知ってるから、わかるよ。

 あれは痛くて、苦しくて、しにそうだもん。


 あたしは無言で、まっすぐにレットを見つめる。

 レットもあたしから目をそらさなかった。


(ともだち……です。アズキはわたくしの、初めてのおともだちですっ!)


 うん。ごめん、あたしにとっては「初めての」じゃないけど、


「じゃあ、友だちのいうことはちゃんと聞いたほうがいいよ。あたしはレットの友だちだから、レットよりもレットのことを見えてるよ? レットは美少女で、元気になったら好きな人のお嫁さんになって、赤ちゃんも産んで、幸せになるの」


 下唇を噛むレットの瞳から、ポロポロと涙がこぼれる。


「あたしはそのお手伝いをするために、この世界に来たのかもね。レットの苦手なおクスリを、代わりに飲んであげるために」


 そう、だったらいいな。

 ううん……本当に、そうなのかも。


(で、でも……でしたらわたくしは、アズキになにをしてあげられますの? わたくしには、なにも……できません)


 そんなことない。もうあたしは、レットにたくさんのものをもらったように思う。

 あたしはレットと出会えて、友だちになれて、強くなれた。

 レットの苦しさに比べたら、あたしの悩みは大したことない。

 そう思うようになった。


 今ならお母さんとお父さんに、「いいたいこと」がいえる気がする。

 それはレットがくれた強さだよ。

 スカーレットという女の子を知って、その苦しみや、つらさや、優しさや、願いを知って、あたしは強くなれた。


 ありがとう、レット。


 あたしは、強くなったの。


「じゃあさ、あたしが困ったときは、助けに来て。レット助けてー! って叫ぶから」


 手の甲で涙を拭い、うなずくレット。


「あたしが不幸になったらイヤでしょ?」


(イヤです、当たり前です)


「だから、それはあたしも同じなんだって。あたしもレットが不幸になるはイヤ。しんでほしくない。元気になって、結婚して、おばあちゃんになって、たくさんの幸せな思い出を持って、それから天国に行くの」


 野菜のおばちゃんのように、笑いながら天国へ行くの。

 だから、


「もういいなんて、二度といわないで」


 レットはうなずいて、


(はい……もう、いいません。もう、二度といわない。約束します)


「じゃあ、やれることをやろう。あたしたちふたりで」


 と、そのとき。

 小さな音を立てて、寝室の扉が開いた。


 現れたのは、レットのお兄ちゃん。

 ニールヘルさんだ。


 そして彼は、妹の姿をした「あたし」を見てこういった。


「きみは、誰だ」


 とてもこわい顔で、あたしをにらみながら、そういったの。

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