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第1話 1-1

 教室の空気を入れかえるのはわかるけど、


(さっむ~いぃっ!)


 年明け最初の席替せきがえで窓側の一番後ろになったあたしにとって、開けられた窓から入ってくる1月の空気はとっても冷たかった。


 でも、窓側の席はみんな寒いはずなのに、後ろから見てると前に座っているみんなは平気そう。


(あれ? 寒いのはあたしだけ?)


 そう思ってしまうけど、隣の席の真帆まほちゃんも手をこすって寒そうにしているから、寒い人はちゃんと寒いんだと思う。


 1月14日、月曜日。

 今日の2時間目は算数。


「では、算数の確認テストを返します」


 教壇に立ったロウェル先生が、教室を見まわしながらいった。


 あたしたちのクラス5年1組の担任は、ロウェル・鋼音はがね黒川くろかわ先生。

 年齢は30歳。

 少し日本人っぽくない名前だけど、日本人だ。


 ロウェル先生は父方のおじいさんがドイツ人で、母方のおばあさんがイタリア人なんだって。

 だからかな? 先生の目は光のあたりかたによって、ときどき青色に見える。

 でも先生は、あんまり外国人っぽく見えない。ちゃんと日本人のお顔だ。それにあんまり、かっこよくない。


 そんなロウェル先生の名前は、黒川が苗字で、鋼音が名前で、ロウェルが何なのかは先生にもよくわかってないらしい。

 先生のお母さんの家族はご先祖さまからずっと、最初に生まれた子に「ロウェル」という名前を引きつがせているんだって。


 だから先生のお母さんも「ロウェルさん」で、先生のお父さんは先生のお母さんを「ロウェルさん」、先生のことを「ロウェルくん」と呼んでいるという話だ。


 なんだか大変そうだけど、世界にはいろいろな人や家族がいて、それは多様性たようせいという「大切にしないといけないもの」らしいから、「へんなのー」とかいっちゃダメ。

 あたしも5年生ですからね。それくらいわかってます。


 このクラスでテストの返却は、出席番号順でおこなわれる。

 だからロウェル先生が最初に呼ぶのは、


小豆あずきさん。取りに来てください」


 小豆あずきさくや。


 あたしの名前だ。


 出席番号は名前のアイウエオ順で、クラスに「あ」から始まるの苗字はあたしだけだから、あたしは出席番号1番。

 もし出席番号が誕生日順だったら、あたしの番号はクラスで最後になるけれど。


「はい」


 返事をして席を立ち、教壇きょうだんへと歩く。


 5年1組では先週の金曜日、冬休みが終わって最初の算数の授業のときに、5年生の算数がどれだけ理解できているかの「確認テスト」があった。


 あたしは冬休みの間は、お正月だってちゃんと勉強していた。

 それに算数は得意なほうだから、確認テストが始まる前は「100点取れるかも」なんて思っていたんだけど、最後から一つ前の問題がむずかしくて、その問題はできなかった。


 だけど、それ以外は全部できたと思う。

 最後の問題だってちょっと難しかったけど、問題集で似た問題をやっていたから、正解しているはずだ。


 なのに……。


「よくがんばったな。クラスで2番だ」


 ロウェル先生が手渡したテストの点数に、 あたしの心臓は冷えた教室よりも冷たくなった。


(どいう……こと?)


 返ってきたテストの点数は、89点。


 算数のテストで90点以下を取るなんて、2年生の1学期、腕を骨折していたとき以来だ。


 というか、正解しているはずの最後の問題にバツがついている。

 教壇の前でテスト用紙をにらむあたしの頭の上で、


伊東いとうさん。取りに来てください」


 先生の声がひびき、あたしは自動的に自分の席へと戻るしかなった。


     ◇


 あたしの名前は、小豆あずきさくや。

 小学5年生。


 誕生日は2月27日で、生まれたのがクラスだけじゃなくて、この学校の5年生の中で一番おそい。3学期になっても、まだ10歳のままだ。

 だからかな? あたしはクラスで一番背がひくいし、かけっこもおそい。


 誕生日が一番おそいんだから、しかたないでしょ?


 なんて思えればいいんだけど、5年生になるとそれは「ちょっと違う」ことくらいわかってくる。

 だって4年生でも、あたしより背が高くてかけっこが速い子はたくさんいるんだもん。


 クラスで一番背が高い百子ももこちゃんは逆上がりができないけれど、あたしはできる。

 だけど、クラスで逆上がりができなのいは百子ちゃんだけだから、なんのジマンにもならない。

 それに百子ちゃんは、鉄棒はニガテだけどかけっこはクラスで一番速いから、一番おそいあたしよりずっとすごいんだ。


 そうはいっても、百子ちゃんにだけじゃなく、あたしがクラスのみんなに勝ってるところなんてほとんどない。

 背はクラスで一番ひくいし、顔だってかわいくない。

 2つ年上の従姉いとこのカレンちゃんは、子役でテレビに出ているくらいかわいいのに。


 カレンちゃんのお母さんとあたしのお母さんは双子の姉妹で、お母さん同士はそっくりなんだけど、あたしとカレンちゃんはまったく似ていない。


「テレビに出てるカレンちゃん、あたしの従姉いとこなんだよ」


 なんていっても誰も信じないだろうから、誰もにもいってない。

 まぁ、カレンちゃんのお父さんもお母さんも「普通のお顔」だから、カレンちゃんが「トツゼンヘンイ」ってやつなんだろう。

 うらやましい。

 あたしも「トツゼンヘンイ」で、美少女だったらよかったのに。


 そんな、背が低くて美少女でもないあたしにはなんの「トクベツ」もなくて、得意なこともやりたいことも、なりたいものだってない。


 そう。

 あたしには、なんにもない。


 勉強は得意ってわけじゃないけれど、みんながいうほどタイヘンとも思わないから、がんばっている。

 そのくらいしか、「みんなよりもできること」がないから。


 あたしには勉強しか、自信を持てることがない。


 それだって、塾に通っていて学年で一番頭がいいヨウヘイくんには負けてるけれど、それでもあたしは勉強をがんばっているの。


 だってあたしには、それしかないんだもん……。


     ◇


 クラス全員に算数の確認テストを返したロウェル先生は、


「トップは山田ヨウヘイ、二番は小豆あずき。いつも通りの順番だ。他のみんなも、ふたりに負けないようになー」


 先生がヨウヘイくんを「山田ヨウヘイ」とフルネームで呼んであたしを「小豆」と苗字だけで呼んだのは、このクラスに「山田」が4人いるからで、先生は「山田さんたち」をフルネームで呼ぶ。

 そうしないと、どの山田さんのことかわからないからだ。


 だったら、苗字じゃなくて名前で呼べばいいんじゃない?


 って思うだろうけど、なぜかわからないけれどうちの学校の先生は、学校の子どもたちを苗字で呼ばないといけない決まりなんだって。

 あたしが2年生のときまではそうじゃなかったんだけど、3年生になったら急にそうなった。

 理由は、


「それがこの学校の、新しいルールだから」


 なんだそうだ。


 ルールならしかたないな。

 なんて思わないけど、


「大人は子どもよりも、守らないといけないルールがたくさんある」


 って、お父さんがいっていた。

 あたしも大人になったら、たくさんのルールを守らないと、警察に捕まるんだって。

 ちょっとこわいし、めんどくさそう。


 あたしは別に、悪いことなんてしないから警察はこわくないけど、世の中には悪いことをしていなくても間違いで逮捕されちゃう「えんざい」というものがあって、それはこわいなって思う。


 警察だって間違うことはある。

 ううん、警察だけじゃなくて、大人も子どもと同じで間違うことがある。

 高学年になって、そんなこともわかってきた。

 たぶんあたしも、大人に近づいてきたんだろう。

 身長も、もうちょっと伸びたら……あとたった3cm3mmで140cmにとどくし、いつまでも子どもじゃない。

 次は6年生で、その次は中学生だもん。


 それにしても、89点……か。

 2問間違えただけだけど、点数だけ見るとよくはない。

 それでも、クラスで2番目だ。

 いつも通りといえば、いつも通りなんけど……。


 あたしたちのクラスで1番勉強ができるのは、山田ヨウヘイくん。

 その次があたしかな?


 でも、ヨウヘイくんは学年でも1番だけど、あたしは学年だと2番じゃない。

 学年2番は、3組の山田ココロちゃん。

 ヨウヘイくんの双子の妹で、双子だけど見た目は全然似てない。


 ヨウヘイくんとココロちゃんは、双子でも「ニランセイソウセイジ」といって、「ニランセイソウセイジ」は双子なんだけど見た目は似てないこともあるらしい。

 ヨウヘイくんはお父さんに似ていて、ココロちゃんはお母さんに似ているんだって。


 あたしは、ヨウヘイくんは「友だち」といえるけれど、ココロちゃんは「友だち」といえない。

 ヨウヘイくんとは1年生のとき以外ずっと同じクラスだけど、ココロちゃんとはこれまで1度もクラスが同じになったことがないし、ほとんどお話したこともない。


 ココロちゃんは……なんだか、ちょっと苦手だ。


 あたしと同じくらい背が低いけど、あたしとちがってかわいくて、頭が良くて、運動もできる。

 それにとってもいい子で、みんなに好かれている。

 いつもニコニコ楽しそうなココロちゃんを見ると、あたしは自分を「かっこ悪い」と感じてしまう。


 だからあたしは、ココロちゃんが苦手だ。


 ココロちゃんは、なんにも悪くない。

 悪いのはあたし。

 あたしが勝手に、ココロちゃんに近づきたくないって思ってるだけ。


 だって近づけば近づくほど、あたしの「かっこ悪さ」が大きくなってしまうから。


 だけどココロちゃんは、あたしを見てもなんにも思わないはずだ。

 気にもしてないだろうな。

 あたしはココロちゃんみたいに、かがやいていないから……。


     ◇


 全部の授業が終わって、みんな下校の準備をしているとき。

 あたしはヨウヘイくんに、2時間目に返却された算数の確認テストの結果を見せてもらった。

 彼の点数は94点。

 あたしも間違った、最後の問題が不正解だ。


「ヨウヘイくんが算数100点じゃないの、めずらしいね」


 あたしの感想にヨウヘイくんは首をかしげただけで、なにもいわなかった。


 ヨウヘイくんは、算数だけじゃなくて勉強はなんだってできる。

 体育は、泳げないっていうだけで、水泳以外は学年でもトップのほうにいる。

 勉強でも運動でも、5年生でヨウヘイくんにかなう人はいない。


「あってると思うんだけどなー……まっ、いいけど」


 あたしとは違って、ヨウヘイくんがテストの点数を気にしている様子はない。

 彼はなんというか、いろいろなことができるんだけど、「適当な感じの人」でいろんなことをあまり気にしない。


 できてもできなくても、気にしない。


 正直いって、そういうの「かっこいい」と思う。


 ヨウヘイくんがかっこいいといってるわけじゃなくて、「いろんなことを気にしていない」のが「かっこいい」ってことだけど。


 あたしはいろんなことを気にしてしまうから、気にしないでいられるのはうらやましいし、「かっこいいな」って思う。


「アズキは何点だったの?」


 ヨウヘイくんの質問に、


「89点」


 あたしもテストを見せた。


 最後の問題、あたしとヨウヘイくんの答えは同じだった。

 そして同じように、バツがついている。


 あってると思うんだけどなー。

 さっき、彼はそういった。


 ヨウヘイくんもそう思うの?

 そうだよね、あたしもあってると思う。


「先生に、どこが間違っているか聞いてみない?」


 ヨウヘイくんにそういおうと思ったけど、彼はテストを机の中の教科書やノートと一緒にランドセルに入れて、


「今日さ、日本代表の試合なんだ。勝つと思うよな?」


 低学年のころとかわらない子どもっぽい顔で笑うと、なんの日本代表が試合をするのかも知らないあたしの言葉を待つこともなく、駆け足で教室を出て行った。

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