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一雫
(よし……!)
と、汗が一雫したたり落ちた。
「……グルルル」
「……!」
一の身体が硬直する。
この距離で、戦闘になれば逃げる術がない。
戦っても勝てる……否、死亡しないビジョンが見えない。
それは詰みだ。
一に出来ることは髪の毛一本、細胞の一欠片も総動員し、気配を消すこと。
ヘルハウンドが完全に覚醒してしまえば、殆ど意味のない行動だが、半寝状態ならば或いは見逃すかも知れない。
もはや、それに賭けるしかない一は、身体を停止し続けた。
「…………」
「…………」
ヘルハウンドは、動かない。
一の目論見は通ったのか。
ゆっくりと……ゆっくりと慎重その場から離れる一。
なんとか、助かった。
しかし、安堵して弛緩してはいけない。
一は細心の注意を払い、その場から逃れた。
ヘルハウンドは動かなかった。
……もちろん、それには理由があった。
それがわかるのは、一がその場から離れきって6分後のことだ。
「あ、いたいた。こんなところまで逃げてたのか」
そう言ったのは、一よりも幼く見える、髪をツーサイドアップにまとめた少女だった。