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高次元世界で生きていく  作者: エポレジ
第1章 入学前
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9話 通り魔の正体

「雪夜……どうしてここに…………いや、それより手伝ってくれ!」


「あ……わ……私は……」


「何してるんだ! くそっ、誰か!!! 誰か助けてください!!!」


 俺の叫び声を聞いた近所の人が集まってくれた。


「おい、けが人がいるぞ!! 救急車だ!! 救急車を呼べ!!」


「早くしろ!!!」


 俺は出来る限りの応急措置をして、救急車が到着した後は救急隊員に任せた。


「おい雪夜、犯人を見たのか?」


「あ……あ……」


「はっきり答えろ!! 犯人を見たんだな!?」


「わた……私が……」


 怯えて竦んでいる雪夜の手は、魚を捌くための包丁を握りしめていた。


「は…………? おい……雪夜…………なんで血の付いた包丁を持ってるんだよ……。お前……まさか……」


「わ……分かりませんの……一体なにが……」


「なんでだよ!!! おっちゃんがお前に何をしたってんだ!!」


「ご……ごめんなさ……」


「もうお前とは口も聞きたくねえ!!! この狂人が!!!」


「待って…………!」


 俺は雪夜を置いて、魚屋から駆け出した。


 タッタッタッ


「なんだってんだよ……! ちょっと安定してきたと思ったら、すぐに日常が崩壊しやがる……! 雪夜は……あいつは狂ってる……あんなの人間じゃねえ……!!」


 俺は心の中で精一杯雪夜を罵倒した。

 嫌い……嫌い……嫌い……!!


 そんな憎悪が心の大半を占める中、心のどこかは冷静に事態を捉えていたようだ。そしてその心は、俺にこんな未来を予感させた。


『殺せ!! 闇の超能力者を殺せ!!!』


『この人殺しめ!! 地獄に落ちろ!!』


 雪夜が人々の恨みを買い、市民に殺されてしまうような予感。


「なんだこの予感は……いや、あいつはおっちゃんを刺したんだ。もしそうなっても自業自得じゃないか」


 それでも俺の冷静な心は、あの誠実な雪夜が本当に非人道的行為を犯すかどうかや、あの状況の不自然さなど、解せない点を次々と俺に問いかけて来る。


「……ああ、くそっ!! 分かったよ!!」


 心の一部に動かされ、俺は再び魚屋へ走って行った。




 タッタッタ!


「はあ……はあ……雪夜。……って、おい!! 何してんだよ!!」


「うえっ……ああっ、糸……ご……ごめんなさい……」


 魚屋に着いた時、雪夜は包丁で自分の左腕を切りつけていた。すかさず俺は包丁を取り上げた。


「ダメ……こうしてないと……!! 意識を無くしてしまったら、私は人を殺してしまいます……!!!」


 そこにいたのはいつものクールな雪夜ではなく、恐怖に怯えた情けない子供だった。


「とにかく血を!! ……大丈夫、傷は浅いみたいだ」


 俺は上着を脱いで雪夜の左腕を縛り、止血する。


「立てるか? とりあえずここから移動しよう」


「はい……」



 ◇◇◇



 青月館の雪夜の部屋にて。


(ここが成績優秀者の住む青月館……なんて広い部屋なんだ。シャンデリアが照らすロビーには凄そうな絵が飾られた上にパッヘルベルのカノンまで流れてたし……。赤砂寮なんてクモの巣ばかりでロビーすらないんだが)


「すみません……上着、血まみれになってしまいましたわ」


「いいさ、もともと松蔭家に貰ったものだしな。で、教えてくれ。何があったんだ」


「……私は貴方を捨てたのに、どうしてもう一度戻ってきてくれたのですか……?」


「分からん。そんなことより早く経緯を教えてくれ」


「そうですわね。……高次元世界に来てから、モヤモヤした黒いものが私の周りにまとわりついてくるのです。それは悲しくて、苦しくて、辛い、人間の心の闇を具現化したもののようです。それに私の意識が侵食されたことで、暴走してしまったようです」


 雪夜は【闇の次元】の超能力者であると、バスのおじいさんが言っていた。

 話を聞く限り、おそらく雪夜は【闇の次元】を操作できるほどの強大な能力を持っているものの、高次元世界に来たばかりで莫大な闇を操作できず、逆に闇に操作されてしまってるという感じだろう。


「暴走してるときの記憶はあるのか?」


「うっすらと残っています。ですが後から考えてみれば……どうして私はあんなことを……あ……あんなことを…………」


「おい、落ち着け!」


「はあ……はあ…………すみません」


「これまで何人を傷つけたんだ」


「今日で……4人目です……。な……亡くなられたは……います……でしょうか……?」


 雪夜は弱々しく尋ねた。


「知らん。後で街の人に聞きに行こう」


「あ……ああ……私は……!!」


「落ち着けって! 暴走は不意に来るものなのか?」


「徐々に吸収していった闇が一定に達すると暴走するようです。そして、一度暴走してしまうと、その溜まった闇を吐き出すまで暴走してしまいます。例えば、街のようにたくさんの人がいるところへ行くと、すぐに闇が溜まって暴走してしまいます……」


「なるほどな。今はどれくらい溜まってる?」


「それが……今はゼロなのです」


「ゼロ? さっき吐き出したからか」


「いいえ。貴方が来た瞬間に、急になくなったのです。そして貴方が離れるとまた溜まり始めたのですが……帰って来てくださるとまたゼロになりました」


「なんだって。それじゃ、まるで俺が傍にいると闇が吸収されなくなるみたいじゃないか」


「はい。ですが、以前貴方といた時はこんなことはありませんでした。……最近、何か変わったことはありませんでしたか?」


「最近変わったこと……? もしかして……」


 俺は隠し持っていた杖を取り出した。


「!! それかもしれませんわ! その杖の周りには、次元の歪みがありません……!」


 雪夜がその杖に触ろうとしたその時。


 シュワァァァァァ!!!


「きゃあっ!!!!」


「ど、どうした!?」


「闇が……私を護ってくれましたわ。……もしその杖を持ってしまっていたら、私の何かが壊れていた気がします……」


「どういうことだ?」


「きっと、この杖は私が持つことが出来ないんですわ」


「雪夜が持っていれば解決だったのに、それが無理だということか。だったらどうすればいいんだ」


「答えは一つですわ。……糸、私とずっと私の傍にいてくれません?」


 雪夜はこれまでの冷たい視線とは一変した、甘い表情で俺を見つめる。


「断る。ふざけるな」


「え……。以前酷いことを言ったのを根に持っていますの……? お金ならもちろん……」


「いい加減にしろ! それじゃ何の解決にもならねえだろうが!! 自分で言ってただろ、困難に向かって人事を尽くせない廃れた精神はクソだってよ!」


「そんな……! 試験とは話が違いますわ! これには人の命がかかっていますのよ!!」


「だったらなおさら何とかしろよ! 俺にできることなら手伝ってやる。だが、最初から人任せのやつには敬意を抱けないし、そんなクズの為に動こうとは思わない!」


 俺は以前雪夜から言われたことを投げ返した。


「…………!」


 一瞬何も言えなくなるほど、その言葉は雪夜の心に突き刺さったようだ。

 そして、雪夜のサファイアのような目に再び精気が宿った。


「……分かりましたわ」


 図々しくも堂々と、自分にも他人にも厳しい雪夜の本来の目つきに戻った。

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