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81、王女は借りを返してもらう

「巻き込んで悪いけど、姉様に勲章を送らせてもらえないかしら。2つ」



 唐突な話でびっくりした。「……どうして?」



「基本的にはこちらの都合100%よ。国民に対して、あくまでも公平に賞罰を決めていると示したいの」



 なかなか清々(すがすが)しい返事だった。



「いま、国民の中ではトリニアス王家への不信感がかつてないほど高まっているわ。

 たぶん一番大きいのは兄様の産みの母親の件ね。

 でも、それに次ぐぐらい、少し前まで悪評を撒かれたアルヴィナ姉様を除いて理想の一家だと思われていた王家が内ゲバの巣窟だったと知った、そのショックがかなり大きそう」


「うんうん」



 そうね、少し前まで、悪評があるのは私だけだったものね。

 私だけが愛人の子ども……なんて噂が広がっていたし。



「その反動もあるんだけど……情報が錯綜したせいで、国民の一部が余計に煽ったところもあるみたい」


「煽った?」


「たとえばだけど、私の顔がすごく好きな国民がいるわけよ。

 でも、そんな風に一部に肩入れしてる人が、自分の支持する王子王女のためと思って、ライバルだと思った他を口汚く攻撃したり、不確かなことや、あることないこと広めたりする。

 で、そうやって他を下げた分、その人が支持する王子王女だけイメージが上がると思う?」


「……思わないわね」


「そう。そんな話聞いたら、周りの普通の人の中では、

『ああ、王家は互いにいがみあってるんだな』

『なんか嫌なところだなぁ』

って全体のイメージが下がるだけ。

 あるいは

『もう王家の話なんて聴きたくもない、王家ごとなくなればいいのに』

とかね」


「……けっこう分析してるのね」


「集めたわよ、国民の声を。かなりメンタルにきたけど。

 ……でも……国民の不満がそうだからといって、イルネア姉様やエルミナの悪事を隠蔽して仲良しこよし、王家はみんな正しいんです、無謬(むびゅう)なんですって顔するなんて、おかしいでしょう。

 国民から集めた税金を、あんな風に好き放題使われるままにしたら、国が破綻する。

 裁くものは正しく裁かないといけないわ。

 というか……そういう誤魔化(ごまか)しって、むしろ今後通用しなくなると思うの」


「なるほど。だから、『内ゲバ』じゃないって、今後はできるだけわかりやすく開示していくことにしたのね」



 私はうなずいた。



「悪いことをしたから王妃陛下、イルネア、エルミナは裁かれた。一方で功績があった私には勲章。

 王が私情で邪魔な人間を排除しているという疑いを持たれないため、公平に賞罰を決めているとわかりやすくして、国民に詳しく説明するのね。

 でもなぜ2つも?」


「国王の生命を維持して法改正までに間に合わせたことが1つ。トリニアスにいた頃の功績の大きさを判断して、というのが1つ。

 ただ、私の独断で決めたら不透明な決定に見えるから、一旦議会にかけるわ。

 授与することになったら式典を用意するし、新聞にも載せることになる。

 …………悪いけど、利用されてくれない?」


「そういうことなら良いわ、大丈夫」



 言いながら、多分ウィルヘルミナの意図はそれだけでもないのだろう、と、私は思った。たぶん、私の名誉のためだ。


 国民の間にまで浸透してしまった“淫魔王女”の汚名までは、今さら綺麗に晴れることはないだろうけど……それでも、少なくとも私がこの国でがんばってきたことを、彼女は評価してくれようとしているのだと思う。


 厚意からというよりは……罪悪感からかな。



 ダンテス兄様についてはどうするのか……少し気になったけど、ウィルヘルミナの中でも悩ましい問題だろう。


 公平に裁くなら……情状酌量の余地があるとはいえ、国王の命を奪い、他にも多くの人を殺そうとした兄様を、ウィルヘルミナは自分の決定で処刑しなければならなくなるのだから。



「…………姉様。ひとつ、聞いていい?」


「うん。なに?」


「私の王位簒奪……というか、戴冠を、正直どう思ってる?

 少なくとも本来、正統な王位継承者は姉様なのよ」



 それもまた、今さら?と言いたくなるような問いだった。



「本来は私が女王になるべき。そう言いたいの?」


「ううん、なるはずだった、かしら。

 わかってるのよ。今まさにめちゃくちゃ国民に嫌われて、人材不足で、さらに大国3つに狙われてるこの国の王なんて、誰が見ても世界で一番やりたくない仕事だわ。

 さすがにそんな仕事をやってとは言えない。

 ……ただ、だからって一切聞かないのも違うと思ったの」


「……そうね」



 私に聞く、というのが、彼女なりに考えた誠実な結論なのだろう。

 だから私も私なりに、隠すことなく正直に答えさせてもらおう。



「ただ、正統であることと、今トリニアス王国の王にふさわしい人間であるかどうかは、違うと思うのよ。

 私、この国に対して今も被害者意識というか複雑な感情を持っているわ。王女としてやれる限りのことをやってきた自負はあるし、国にいる頃は感覚が麻痺してたところもあるけど……やっぱりつらかったし、傷ついてた。

 一方でイーリアス様や、ベネディクト王国の人たちには救われたと思っている。

 もし今の私が王位についても、トリニアス王国にとって最善の王ではいられないと思うわ」



 それに、と、私は続ける。



「何より、私の夫はイーリアス様以外考えられないの。

 でも、この国の王家が、彼が彼らしく生きられる場だとは思えない。

 だからあなたがもし王位を譲ると言っても、私にはそれを受ける選択肢はないわ」


「……それで、いいの?」


「そういえば、あなた、私に借りがあると思うんだけど」



 言われて、ウィルヘルミナはしょっぱい顔をした。



「おかげでイーリアス様と結婚できたのだからまったく恨みも屈託もないけど、婚約破棄直後は結構傷ついたのよ。

 婚約者を奪ったこと少しでも悪いと思ってくれているなら……この世界一大変な仕事、私の代わりにがんばって」


「………………ったく」



 私に畳み掛けられて、ウィルヘルミナは、深くため息をつく。



「……………………ほんと、人の婚約者なんて、()るもんじゃないわね」


「ほんとよ」



 私が思わず笑い出すと、ウィルヘルミナはふーっと重い息を吐き出して、

「…………ごめんなさい」

と言った。


「本当に、悪かったわ。姉様を傷つけるようなことをして、そして道理に反したことをして、ごめんなさい」


「遅いわよ」と言って、私はさらに笑った。



「用件はこれで終わり?」


「ああ、ごめん、最後にもう1つだけあるのよ」



 ウィルヘルミナは私に、ある書面を見せた。


 そこには、私にとって見覚えのある名前が並んでいる……思い出したくない名前が。



「……ウィルヘルミナ、これは?」


「そうね、王妃の残した負の遺産の尻拭い、って感じ。

 姉様の元侍女とか、いろんな人に話を聞いて、一応漏れなくリストアップしたつもりなんだけど……もし漏れがあったら言ってくれる?」


「……どうするの?」


「言ったでしょう。これからはもう誤魔化しが通用しなくなるって。

 だからこそ、きちんと悪いことは裁かれるというのを示さなきゃいけない。これはその1つ。

 ……姉様が明かしたくないなら、姉様の名前は出さないわ」



 このトリニアス王城で起きたいろいろなことが、頭の中に渦巻いた。

 子どもの頃からの嫌な記憶がたくさんある。個人的な感情で言えば、ずっと封印していたいものではある。

 だけど……そうね。これを認めるのが、トリニアス王国の王女として最後にできることかもしれない。



「いいわ。私の名前を出して、思い切りやって」



   ◇ ◇ ◇

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