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8、王女は食事に癒される


 左右に並ぶ可愛らしいテーブル。

 白いクロス。

 品のいいテーブルランプ。

 窓にかかる素敵なカーテン。


 そして窓の外には流れる景色。



(素敵!!)



 この景色を見ながら食事ができるのね。


 パリッとしたお仕着せの人たちがにこやかに現れ、私たちに一礼した。



「王女殿下、そちらにどうぞ」


「はい!」



 私たちは向かい合い、給仕役が私の椅子をスッと押してくれるのに合わせ腰かける。


 それから運ばれてくる料理。



(綺麗……!!)



 お皿も盛り付けも、色鮮やかで可愛くて素敵。絵に残したいぐらい。



「すごい……いま私、移動しているのに食事をいただいています!!」



 初めての感覚で、ついつい興奮して変なことを口走ってしまう。



「お口に合いますか?」


「はい。どれも、とても美味しいです……! 特に、このテリーヌ。こんなに具材が入って色鮮やかで綺麗で、美味しくて……! 素晴らしいです」


「前菜でそれだけお喜びいただけるなら、きっと料理人も喜ぶでしょう」


「とても美味しいとお伝えしたいです」



 そんな風に前菜からスープ、魚料理と堪能し、口直しの氷菓子を楽しんでいたら、不意に良い香りが私の鼻腔をくすぐった。


 運ばれてきたメインの肉料理は……



「わぁ! ラムステーキなんですね!」


「お好きですか?」


「私、大好物なんです! 久しぶりに食べられて嬉……」



 言いかけて、ふと、口をつぐむ。



「どうかされましたか?」


「いいえ……」



 引き継いできた仕事のなかには、竜巻の被災者への支援もあった。

 彼らはどれだけ食べられているだろう。

 なのに、こんなところで私は呑気に美味しいものを頂いて……。



「王女殿下。つかぬことをうかがいますが」


「はい?」


「私が求婚する前、お食事はどのように取っていらっしゃいましたか?」


「それは……本当に時間がなかったので……1日1度か2度、不規則な時間にパンやサンドイッチを水で流し込むような……感じでしょうか」



 なるほど、と、うなずいたイーリアス様は続けた。



「そのような食事に慣れてしまったがための、罪悪感のようなものでしょうか?」


「に、にたような、ものです……?」


「ではこれは、それだけがんばってこられた殿下への、贈り物ととっては頂けないでしょうか」


「……なるほど」



 少し、食べるのが気楽になった。



「では、いただきます」



 柔らかなその肉に、ナイフをすっと入れ、フォークを刺す。

 そして一口。



「…………美味しい……」



 骨付きのラムステーキは香草が効いていて、柔らかくて美味しくて、感動すら覚える味だった。

 身体にじんわりと幸せが染み込んでくる。



(生きてて良かった)



 何の誇張でもなく、その言葉が頭に浮かんだ。


 ため息を洩らしながら、私はステーキを食べる。

 自分でも驚くほどの幸福感に満たされている。


 デザートは、しっとり甘いチェリーパイと、爽やかな香りのレモンムースをいただき、私は食事を終えた、



「はぁぁ……美味しかった……」



 食後の紅茶を飲んで一息つく。

 ただ食事をしただけなのに、生きているという実感を味わうような贅沢な時間だった。



「お楽しみいただけたようで、何よりです」


「はい。どれも美味しくて……。

 乗り物の中でお食事ができるなんて、ベネディクトの乗り物は進んでいるのですね」


「我々としても最新鋭のものですから。ただ、食事だけではございません。後ほどお休みになるお部屋にもご案内しましょう」


「お休み……? え、こちら、眠ることもできるんですか??」


「ええ。車中で一泊するのです」





 ────少し食休みを挟んでから。

 イーリアス様は、次々にいろいろな車両に連れていってくださった。



 政務を行う人物などが用いるという、機能的な造りの執務室の車両。


 今日私が眠る、寝心地のよいベッド、机、ソファにクローゼット、小さなバスタブまでついた、可愛らしい寝室。


 ビリヤード台やボードゲーム各種などが整えられた、遊戯室。


 それからお酒がたくさんそろった車両まであった。

 ここはバーというもので、夜になるといろいろなお酒を注文して飲むことができるのだという。


 それぞれの車両の素晴らしさに、私は思わず感嘆の吐息を漏らす。



「これはすごく……至れり尽くせりなのですね」


「お好きな車両で楽しんでいただければ幸いです。明日の夕刻には、ベネディクト王都近郊の終着駅に着いてしまいますから」


「そんなに早く!? 汽車とは本当に速いのですね」



 私はもう、汽車そのものに夢中だった。



「それと明日の朝は、少し早く起きられることをおすすめいたします。とても良いものを見られますよ」


「……良いもの?」


「きっと気に入ってくださると思います」



 表情が変わらないイーリアス様だけど、たぶんいまはそれ以上説明をする気がないんだろうなと察した。



「サロンにお戻りになりますか、それとも」


「そうですね、あちこち見ていましたらもう良い時間ですし、サロンでお茶を頂けるかしら。それから……」



 ちょっと考えた。

 私、今までこの胸のせいで、運動らしい運動はすべて諦めてきた。

 けど……いまここにイーリアス様しかいないなら、ちょっとぐらい、無様になるかもしれないことも試してみたい。



「夕食まで遊戯室でお相手をしてくださってもよろしいでしょうか。私、一度もしたことがないのでビリヤードをしてみたいのです」


「喜んで」


   ◇ ◇ ◇

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