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75、王女は兄と対峙する



 ────時間が経過した。朝が近づいている。


 他の人にくらべすぐにも死にそうな父には、兄は適宜水を飲ませている。

 逆に比較的まだ生命力のある母には、2発銃弾を撃ち込んだ。


 まだ這う力のあった重臣の中には、どうにかこの場を逃げ出そうとして這いずり出す者もいるけれど、ダンテス兄様は止めようとしない。


 この墓場は、かなり人里から離れた場所にあるのだ。

 たぶん人里までたどり着けないという計算だろう。


 餓死あるいは衰弱死を狙い、何時間も何時間も、皆をとにかく少しでも長く苦しめて死なせようとしているらしい兄様は、気絶した人間がいれば起こす、を繰り返しては、

「これでも甘いと我ながら思うのですよ」

と呟く。


「本来ならばどこぞに幽閉の上、10か月間苦しんでいただきたいところですから。

 あるいは、鮫のいる海域で船ごと沈めてとも考えましたが、遺体が見つからねば死んだことが確定いたしませんので」


「…………ダンテス…………未来の、国王なのよ……あなたは…………」



 …………衰弱した母の顔が、絶望に歪んでいる。


 私は、母が自分第一な人だと思っていた。いくら溺愛している兄様だとはいっても、自分を裏切ったら烈火のごとく激怒するんじゃないかと想像していた。


 身体はこの中でも比較的元気なはずの母の顔は、誰より絶望していて、その絶望は、父の顔に浮かぶものにも共通していた。



「ダンテス……なぜ……おまえが、いるから……国は安泰だと……」


「わたくしたち……黙って……いるから……お願い、どうか、考え直して……」



 私はそれが、彼らにとっての『未来』が消えた絶望だと感じた。


 父と母は互いに憎みあっていたけれど、それでも同じようにダンテス兄様が王家の、王国の未来だと思っていた。

 兄様が跡を継ぎ、国王として国を栄えさせてくれるだろうという夢を見ていた。



(母は、特に…………女として産まれてしまった私が憎い分、兄様を強く愛していたから)



 それが失われてしまったのだ。

 銃弾を撃ち込まれた痛みなど、比較にならないように、ダンテス兄様に向けてさっきから泣き言を繰り返す母。

 壊れたオルゴールのように、『なぜだ』と繰り返す父。



 ……私は思わず、自分がされたことも忘れて哀れに感じてしまった。



(他ならぬ兄様が未来の王位を捨て『国を滅ぼす』と言ったことが、父と母にとっては何よりショックだったんだわ)



 …………ただ、兄様が口にした『産まされた』という言葉。


 確かに王の愛人とは本人が望んでなるものばかりじゃない。

 王と臣下という時点で、強い権力勾配があるから……。

 父と母は、兄様の生母にそんなに酷いことをしたのだろうか?



(いえ、兄様に直接聞けばいい話だわ)



 ……私たちは島までたどり着き、墓場まで間もなくというところまで接近していた。


 途中、トリニアス軍の船に止められてしばらく時間を使ったけれど(国境防衛としては当然なのだけど)私から事情を話すと、トリニアス軍も同行してくれることとなった。



 イーリアス様が人を配置し、墓場を包囲する。

 周囲は森が近く、木々に囲まれていて、見通しが良い場所じゃない。


 …………私も、肉眼で兄様の後ろ姿を確認する。



「アルヴィナ。来ているのか」



(!! 気づかれた!?)



「この前より、ずいぶん魔力を消耗しているようだな。まぁ、いい。おまえだけ入ってこい」



 魔力を気取られた、らしい。

 イーリアス様が気遣う目を向けてきたけれど「大丈夫です」と私は言って、木陰から兄の前に姿を現した。



「兄様」


「追い付かれたか。俺の海流操作でさすがにベネディクトの船相手でも3、4日分は差をつけたと思ったんだが」


「ベネディクト王国最新鋭の蒸気機関船で追ってきましたから」


「なるほど? それはそれは。魔法など、どんどん役に立たなくなるな」


「人の役に立つ使い方ならあるでしょう。兄様ほど使えるのならば」



 そう言って、私は父に目を向ける。

 兄様は抜かりなく、父に銃を突きつけていた。



「国王陛下と王妃陛下、それからトリニアスの重臣たち……お返しいただけませんか?」


「それはできない。

 俺は彼らを裁かなければいけないからな。

 それに返してどうする? こいつらはおまえを骨までしゃぶる気だぞ」


「私は大丈夫です、もう。

 搾取されたりなんかしません。

 夫がいますし、頼れる人もたくさんできました」



 そうか、と、兄様は乾いた声で呟いた。



「だったらトリニアスのことはもう良いだろう?」


「よくはありません」


「おまえにとっては搾取された国だろう。いつまでも王女でいなくていいんだぞ」


「人が死ぬのは嫌です」



 あえて王女としてではなく、子どものわがままのような言葉をぶつけると、兄様は笑い出した。

 さっきのような歪んだ笑いではなく、ただ、おかしそうに。

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