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73、王女は〈誓約魔法〉の効果を知る

 ────元婚約者の公子は、連れてこられたとたん、



「ア、アルヴィナ!!

 騙されたんだ、私は!

 君が、男遊びが酷い女だと……。

 私の話をどうか聞いてくれっ」



……と叫ぶ。


 深呼吸して、お腹に力をいれ、私はグッと元婚約者を見据える。

 ビクッ、と肩を震わせた彼は、まだ何か言いかけた口をつぐんだ。



(なんでこんな人に言いたい放題言わせてたんだろう……)



 今ならそう思える。



「そのような弁解を聞いている場合ではないのです。

 ここに来た経緯、およびトリニアス王国を出るときの状況を聞かせてください」



 イーリアス様や宰相閣下が圧をかける時の話し方を意識して、普段より低い声で話すと、元婚約者は

「えっ……」

と戸惑ったように目を泳がせる。



「時間がないのです。早く」


「あ、ああ……」


「そして、もう私の婚約者ではないということを思い出してください」


「は、はい……アルヴィナ、殿下」



 元婚約者は困惑しながら来た経緯を語った。


 基本的には侍女たちが言ったことと変わらなかったけれど、どうやら彼の中では、

『外国の将軍に騙され連れ去られた可哀想なアルヴィナ』

を助けるという設定になっていたようだ。

 私の悪評を信じて婚約破棄したことも、悪者から助ければ帳消しになる、と、思っていたらしい……。



「トリニアス王国を出るときの状況は?」


「え、ええとっ、その何やら混乱しておりましたっ。

 イルネア王女とエルミナ王女が何かの不祥事で捕らえられていたのと、元帥や軍の重鎮が国王暗殺の嫌疑で捕らえられておりまして、その、まぁ……」


「ダンテス兄様が国王代行を務めていたのですか?? 何か他に変わった様子は?」


「は、はいっ、その……特にはわかりませんでして」


「トリニアスを出発する前、兄様は何か?」


「人員についてはすべてダンテス殿下が手配を……それに、船も豪奢で大きなものをお選びに。

 その分ベネディクトに着くまでに時間がかかりましたが……」



 どの船か私にも心当たりがある。

 たぶん一番大きな船だろう。

 見映えが良い分、かなり遅く、速い船で逃げられたら簡単には追い付けない。


 やはり最初から兄様は、私の結婚披露パーティーのタイミングで母をさらうつもりだった。


 父は無事なのだろうか。

 ────もしかして、もう……?



(けれど、暗殺などじゃなくて誘拐なのはなぜかしら。

 国をめちゃくちゃにしようとはしても、自分の手で殺すのは忍びないとか? それとも……)



 もし、兄様の船の進路がさっきの島なのだとしたら、母をそこに連れていくことに意味があるということ?



「しかし、その、アルヴィナ殿下。

 王妃陛下のおっしゃっていた……まだ御身が清いというのは……」


「あなたには関係ないことです」


「で、ですが!!

 結婚は、その、成立していないのではないですか!?

 大陸聖教会に申し出れば、すぐに無効としてくれるでしょう!!」


「…………ですから」



 自分から婚約破棄したくせに、この人なんでこんなこと言えるの?



「わ、私も両親も、悪評を信じてしまい婚約解消をしてしまったことは深く謝らせていただきます。

 心よりお詫び申し上げます……。

 ですが! 王位継承権を失うような結婚をわざわざすることはないのですよ!

 殿下が王になればトリニアス王国は守れるのです!!

 ぜひ私と結婚して、トリニアス王国の女王に」



 いきなり身を乗り出して、元婚約者が私の手を握ろうとしてきたとき────異変は起きた。



 元婚約者の顔が、見えない拳に殴られた。


 一発じゃなくニ発三発四発、顔に見えない拳が叩き込まれ、そのまま吹き飛ばされるように船室の壁にぶつかる……。

 とっさに私をかばおうと壁になったイーリアス様の出る幕はなかった。

 しばらく呆気にとられ、それから彼を見上げた。



「…………あの、これは?」



 汽車の中で見た、イーリアス様に殴り飛ばされた暴漢とまったく同じ軌道を描いて飛んで落ちて、再び情けない格好で目を回した元婚約者。

 ちょっとだけイーリアス様はばつの悪そうな顔をした。



「…………〈誓約魔法〉を、婚姻届にかけておりますので、つまりその……」


「〈誓約魔法〉の効果なのですか、これは!?」


「その誓約が成立している限り本人たちはそれに逆らうという意思が働かない、というのが〈誓約魔法〉です。

 ですが、第三者がそれに直接干渉しようとすると排除するのです。かけた人間のやり方で」


「ええと、つまり……?

 これから先、私の貞操を脅かす者は、イーリアス様の拳で追い払われるのと同じことが起きるということでしょうか?」


「そういうことです……貞操に限らず殺意にも反応して危険を排除することになるかと」



 泣きっ面に蜂状態で目を回している元婚約者。


 可哀想という気持ちもありつつ、今まで言われたりされたりした色々を思い出すと、ちょっとだけスッキリした気持ちになった。



「イーリアス様……それをもっと早くおっしゃってください……」


「申し訳ございません。やはり、やりすぎましたか。

 では戻りましたら解除を」


「いえ! むしろ安心材料です」



 ある意味、最強の加護が身に宿ったようなものだ。



「……私、これから先ずっとイーリアス様に守っていただけるのですね」



 トリニアス王国にいた頃追い回されたようないやらしい男の人たちに、もしもベネディクト王国で遭遇しても、触られたり危険な目に遭ったりしないという保証がたった今できたのだ。

 どれだけ安心できることだろう……。



「あら? ……ということは……」



 私はイーリアス様の手を引き、船室を出た。

 船室の外で、小声で囁いて確認する。



「…………あの結婚証明書は、やっばり有効、なのですよね?」


「『白い結婚』という言葉もありますが、結婚の成立については国や時代や宗派によって解釈がある程度わかれるというのが一般的な理解です。

 また、初夜の確認は、あくまで一方があとから結婚の不成立を主張するようなことを防ぐためのもの。

 当事者2人の意思のもとに婚姻が成立している以上、いくら身内であっても、他者がそれを無効とすることはできません」


「良かった……」



 心の底から安堵のため息をついた。

 そっと、イーリアス様が私の髪を撫でる。



「────あ」


「どうかされましたか?」


「いまダンテス兄様が、船の甲板に出ました。

 羅針盤で方角を確認しています」



 私の視覚にはダンテス兄様の姿が映る。空はそろそろ夜明けが近い。



「…………もしも、私の聞き間違いでなければ、船の中から男の人のうめき声が、します」


「他にも捕らわれ人がいるのですか」


「少し……小鳥を船の中に入れてみますね」



 方角を確認しなければならないなら、ほんの短い間だけ。

 小鳥を入り口から船室の中に侵入させる…………。



「聞き違いかと思ったのですが、やはりそうです。父も、兄の船に捕らわれています」



 もしこのまま父の身に何かあれば……兄の恐ろしい提案が実現してしまうかもしれない。



「兄の船を追います。魔力の続く限り」



 ────しかし、それはそこまで長くは続かなかった。

 兄は、私が思っていたよりもずっと速く船を走らせ、翌日の夕刻には、目的地…………イーリアス様が予想した島に着いてしまったのだから。



   ◇ ◇ ◇

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