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72、王女は船に乗る

「ダンテス王子殿下が、そこまでお思いになる理由……こちらも計りかねるところがございますな。

 後を追うと同時に、もう少し状況を掴まねば。

 王妃陛下に何らかの危害を加えるつもりなのか……」



 宰相閣下は嘆息した。



「つきましては、まず王女殿下に乗っていただく船が整いましたなら、トリニアスから来ました侍女や侍従たち……それから、かの公子殿を同じ船に乗せましょうか。

 移動と同時に聴取を行うという形ではいかがでしょうか」


「そうですね。

 お計らいいただきありがとうございます」



 兄様の提案は……さすがに、最悪だ。


 まるごと1つの国のままどこかの属国になるというならまだ良い。

 3つに分割され、植民地になるというのは、トリニアスが完全に主権を奪われるということ。


 兄1人の申し出を根拠に、3つの国がこの話に乗ってしまえば……トリニアス軍も貴族たちも強く抵抗をするはず。

 大国3つを相手に戦えば、トリニアスの国内は戦乱に蹂躙(じゅうりん)されるだろう。


 ……といって、大人しくそれぞれの国に従っても、植民地に待っているのは、間違いなく苛烈な搾取だ。



(そんなの、どれだけの人が死ぬことになるか……)



 それがわからない人じゃない。

 兄様はそこまでトリニアス王国そのものを憎んでいるの?


 どうしてだろうと考えてもわからない。

 とにかく私に対してはいつもきつく当たる人だった。国民に対しては愚かだと決めつけていた。

 その他は…………。



(…………私、兄様のことほとんど知らない?)



 何が好きでどんなものが嫌いか。

 何を望んでいるのか。

 父も母もダンテス兄様を国王にする気だったから改めて考えることもなかったけど、本当に国王になりたかったのかどうかも。



「もちろん、こちらが把握している限りの情報は出しましょう。

 殿下はイーリアスとともに先に出ていただきますが、こちらが片付き次第増員をお送りいたします。イーリアス、進路の情報を送るように」



 私とイーリアス様はうなずく。

 ベネディクト王国には船上でも細かい情報交換ができる手段があるのらしい。

 さすがに方法は軍事機密だろうけれど。



「────馬車のご用意ができました。

 ホメロス少将閣下のお邸にも、至急お着替えと身の回りの支度を港に届けるよう伝えにいっております」



 駆け込んできた人がそう伝え、私たちはとるものもとりあえず、港に向かうことになった。



   ◇ ◇ ◇



 私たちが港で乗り込んだのは、ベネディクト王国が誇る最新鋭の船だった。

 鉄道に匹敵するぐらいカッコいい鉄の船。

 その技術や構造に心をくすぐられるものは大いにあったけど、いまはそんなことを気にしている場合じゃなく。



 船に乗り込み、私たちはすぐに、王妃陛下が連れてきた侍女たちに聴取した。



「…………アルヴィナ殿下。本当に申し訳ございません」



 侍女たちは皆、一様に謝る。


 話を聞いて、状況は少し掴めた。

 『王家の秘密』が暴露されたと同時に、ヒム、ノールト、アドワの3国からそれぞれ、王位継承権はこちらにあり、という主張があった。

 だけど国王陛下の負傷以来、国はまとまらず(もしかしたら国王代行になったダンテス兄様が何らかの工作もしていたのかもしれない)王室法の改正に時間がかかりそうだった。


 そのため母は、時間稼ぎに、私の結婚を無効にして連れ戻し、

『トリニアスには王位継承権保持者がいる』

と、他の3国を突っぱねるつもりだったらしい。

 あくまでも、ダンテス兄様を無事に王位につけるために……。


 しかも母は当初、私の元婚約者に、


『本当はもう内密に自分と結婚していた。トリニアス王家はそれを知らなかった。重婚であり、この結婚は無効だ』


と主張させるつもりだったのを、ダンテス兄様が止めたとか……。


 話を聞いているだけで目眩がしてきた。侍女たちも母が恐くて従っていたのだという。



「…………本当に、申しわけございません」



 繰り返し、頭を下げる侍女たち。侍従たちも同様の反応だった。

 だけど彼らも、ダンテス兄様のことについては心当たりはなさそうだ。



 ────侍女と侍従からの聴取の間も、私は視覚と聴覚を小鳥とつないでいるので、聴取の合間に、注意深く兄の船の進路を確認しては伝える。


 かなり一気に魔力と体力を消費して、だいぶ身体に疲れが来ていた。



「殿下。少し休憩をいたしましょう」


「……ええ、確かに少し疲れが……」


「せめて、ダンテス王子殿下の船がどちらに向かっているか判れば、アルヴィナ殿下もお休みいただけるのですが……」



 海図を見ながら、兄様の船の進路を見、イーリアス様はしばらく考えていた様子だったけれど、不意に、ある島を指差した。



「もしかすると、ですが」


「……ここは、トリニアスの国の領土の……」


「和平交渉前、トリニアス王家の皆様について我々が詳細に調べたとお伝えしていたかと存じます。

 この島は、すでに家が絶えておりますが、ダンテス王子殿下のご生母が嫁がれた家の領地でした」


「……? ダンテス兄様をお産みになった女性は産後すぐに亡くなり、そのご夫君も後を追うように、と聞いております。

 兄様とはほとんど縁もないのでは」


「先ほど申し上げた、ダンテス殿下が提案したとされる領地の分割統治ですが、この島だけは除いてあったのです」


「……??」


「しかも、亡くなったご夫君の墓は島にあるのですが、ご生母の墓はない。

 ……にもかかわらず、ダンテス殿下が毎年、墓守にかなりの額を払っていらっしゃいます。

 この島には少なくとも、ダンテス殿下はかなりの思い入れがあるように感じます」



 確かにそんな肩入れは、兄様らしくない。というか、生母の墓はどこに?



「もしその島が目的地だとして…………でも侍女たちも私の元婚約者も、事情はきっと知らないでしょうね」


「あの男の聴取は私1人で行います。

 殿下はお会いなさらずとも」


「それは……でも……」



 私も立ち会った方がいい、とは思う。

 一方で────正直もう話したくもない気持ちもある。

 だけど、少しでも兄様の手がかりがほしい。



「どうか私も、彼に聴取させてください」

 

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