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70、第3王女は召集する【ウィルヘルミナ視点】



 ────そもそもなぜ、妻は愛人にさせられたのか?


 家族によれば、外国で夫が拘束された報が入ってきた直後、王城に呼び出され、それから帰ってこなくなってしまったのだと。


 夫の両親は妻の両親とともに王城に出向き、王に何度も訴えるが、最初の何度かは王はとぼけていた。


 それからしばらくして、妻から王の寵愛を受けるという短い手紙が送られてきたのだという。


 彼女の本音は、手紙の後ろに炙り出しで書かれていた。


 夫が帰ってこられるよう異国と交渉する交換条件として提示されたと。



『悔しくてたまりません。嫌で嫌で、頭がおかしくなりそうです。

 ですが、夫を帰してもらうのに他に方法がないのです。

 それにここからは逃げようとしても逃げられません。

 夫が帰ってくるまでの短い間の辛抱だと耐えるしかないのでしょうか』



 しかし王の目的は────いや、王だけではなく王妃や重臣たちの目的は、愛人にすることではなく彼女に王の子を産ませることだった。


 それを悟り、もはや逃げ場を奪われていることを知った妻は、続く手紙でその絶望を(つづ)り続ける。


 手紙の炙り出しの文面は、時を経過するごとに病んでいく。


 両家の両親たちは、もう彼女は精神的に限界だ、家に帰してくれないか、せめて会わせてほしいと何度も頼んだ。


 だが、結局最後まで1度も会わせてもらえていない。


 ────王の子を妊娠したことが発覚した時の手紙は

『死にたい』

『お腹の子を殺してしまいたい』

と繰り返していた。


 それからはパタリと手紙が途絶え、両家の両親たちは何度も王城に足を運び妻の様子を聞いた。


 すると、出産直前になって、手紙がようやく届いた。



『無事、お腹の子を産みさえすれば、彼を帰してくれるとのことです。

 最初は産まれるのが女の子ならば帰さない、男の子を産むまでと粘られました。ですが、もう身体も心も限界だと繰り返して、どうにか約束させました。

 薄々感じておりましたが、やはり最初から国王と王妃が仕組んだことでした。

 許せない。私のせいで夫がどんな酷い目に遭わされているか……考えただけで胸がつぶれそうです。

 夫が今の私をどう思うかはわかりません。ただ、私はこの子さえ産んでしまえば夫に会える、それだけを頼りにいま生きています』



 手紙の直後に、両家の両親のもとに訃報(ふほう)が届いた。

 王都の街が待望の『未来の王』の誕生に浮かれる中、彼らは泣きながら王城に駆けつけた。


 王城では……死に顔は見せられたものの、遺体は返還されず王城の地下に埋葬されてしまった。

 美貌はみる影もなく、身体はおそろしく痩せ、化粧で隠されていたが(あざ)があったという。


 帰ってきた夫はそれらを聞かされ、彼女がどんな目に遭ったのか調べはじめた。

 出産に関わったという人物からも話を聞いた。

 間違いなく、死因は出産。ただし、妻の場合、心と身体がそれまでに痛めつけられすぎていた、と────。


 もちろん、心と身体をいたわっていれば死ななかった、とも断言できない。

 そもそも子を産むということ自体、何が起きるかわからない。必ず命の危険がつきまとう。


 ただ、その危険を承知の上で自分の意思で産みたいと決めたなら、女は、産むその日まで身体に気をつけてコンディションを整え、母体と胎児のリスクを少しでも抑えてその場に臨もうとする。

 妻からはあらゆるものが奪われていた。



『なぜ、妻が王の子を産むために命をかけさせられ、命を奪われなければならなかったのか。

 なぜ、妻がこんなに苦しめられなければならなかったのか』



 夫は最後にこう綴る。



『きっと、このことが明るみになっても、王が生きている間に罪に問われることはないと絶望している。

 私には王を殺す手段すらない。

 書き残し、後世に、この非道と悲しみを伝えることしか────』



 ……そして記事は、夫が貴族たちの面前で王に決闘を申し込んだこと、それによって高位貴族たちはダンテス王子が愛人の子だと知ったこと、夫はその場で捕えられ、極秘裏に殺されたことを記載し、締めくくられていた。



 ────記事をすべて読み、私は息をついた。



 この記事も…………ダンテス兄様が仕組んだことなの?



「……どういったことが書かれているのですか」



 重臣の1人が聞いてきたので、私は新聞を回した。


 新聞を見て、重臣たちは戸惑いの表情を浮かべる。



「あなたたちは、ダンテス兄様を産んだ女性のことを知っていたの?」


「いえ……お会いしたことはございません」

「貧乏領主の娘と聞いておりましたから、てっきり、王の子を産む名誉を授かり、光栄だと喜んで役目を受けたのだとばかり……」



 困惑する重臣たち。

 彼らの常識からすれば、王の愛人として子どもを産むのは女として名誉なことであり、手記の女性の苦しみがまるでピンとこないようだ。


 私は、自分の産みの母を思い出す。

 王の愛人になった過程を、私は詳しく聞いたことはなかった。

 私の母は……どういう思いで私を産んだんだろう?



「……待って。

 兄様が連れ去った重臣たちって、もしかして当時、愛人の選定に関わったりしていなかったかしら?」


「言われてみれば……確かにそうですな。

 国王陛下が出された候補を吟味し、王妃陛下との折衝を何度も行い……確か最終的に、王妃陛下がこの女性ならばと納得され、推薦されたようです。

 教養、容姿の美しさ、行儀見習いに上がっていたときの振る舞い、それから両家ともさほどの力を持っていないこと……」



 兄様は…………記憶にすらないはずの産みの母の復讐をしようとしているの?



(そんなことって、ある?)



 王子という立場を棒に振る以前に、自分で自分の存在を全否定しているようなものだ。

 頭がくらくらしてくる。



「…………悪いけど、少しだけ部屋で休んできても良いかしら」


「どうぞ、遠慮なさらず。殿下もどうぞご自愛ください」


「ありがとう」



 会議室から出て向かったのは、兄が姿を消す直前に、兄の計らいで私に返された自室。

 王妃が怒らないかと聞いたけど、おまえが気にすることじゃない、って言われたっけ……。


 部屋に入ると、思わずベッドに突っ伏した。

 ……思っていた以上に、ショックが大きかったようだ。



「兄様……いったい、何があったの?」



 全部私の考え違いで、本当は兄様も誰かにさらわれただけだったりしないかしら。

 そうしたら逆に彼の身の安全が、心配だけど。


 ……兄様はいま、いったいどこにいるのかしら?


 顔を上げ、会議室に戻ろうとした私は、ふと、サイドテーブルに見慣れないものが置いてあることに気づいた。



(……2冊の日記?)



 色違いで作られた日記帳らしきものの上に『ウィルヘルミナへ』と書かれた手紙らしきものが置いてあった。兄の筆跡だ。



(誰かが置いていった?

 ……いえ、時限式の〈認識操作魔法〉?)



 ずっと前からここに置いてあるものだったのに、私が今までその存在を認識できていなかった?


 私はその手紙を手に取り、開く。



『親愛なる、というほどは仲が良いとは言えない我が妹ウィルヘルミナへ』



「……どういう書き出しよっ」



 疲れていたのか、思わず目の前にいない兄に突っ込んだ。



『……おまえは近いうちにその地位を失うことになる。

 まだ届いていないだろうが、ベネディクト王国の宰相に、王家の中でおまえだけは役に立つと、俺の名前で手紙を書いておいた。

 すぐに荷物をまとめ、いつでも逃げられるようにしておけ。

 事が始まれば、母親とその家族とともにベネディクト王国を頼ると良い』



(…………?)



『くれぐれもそれ以外の、他の王女たちや自分の周りの人間を助けようなどとするな。速やかにこの国から逃げろ。

 何か障害があったときのために、国王代行の委任状を置いておいた。

 これで大抵のことはできるだろう……』



 その先を読み、私は拳を握る。



(なんてこと……なんてことしてくれたのよ)



 私は立ち上がり、スカートを持ち上げ、可能な限り足早に会議室に戻った。戸惑う重臣たちに叫ぶ。



「────今すぐ、王都にいる貴族全員を召集して!!」



   ◇ ◇ ◇

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