69、第3王女は残された【ウィルヘルミナ視点】
◇ ◇ ◇
第1王女アルヴィナが王城を出て2か月あまり。
「────兄様は、まだ見つからないの?」
「申し訳ございません!
ただただ、忽然と消えたとしか言えず……!!」
私は会議室に重臣たちを集め、山積みの仕事を片付けながら、捜索の報告を聞いていた。
第1王子ダンテスが数日前に王城から姿を消した。
同時に、重傷を負ったままの国王、それから老齢の重臣たちも10人近く行方不明になった。
〈認識操作魔法〉を使い、ダンテス兄様が連れ出した……ようだ。
つまり国家の緊急事態────そして私は、捜索の指示を出す一方、いない兄、姉や妹、ついでに国王と王妃の分の仕事に追われている。
1人には到底無理な仕事量なので、視察だとか催事とか『お出まし』の仕事は一旦全部止め、会議もごっそり減らし、決裁仕事に集中して……それでも全然終わらない。
初めての仕事ばかりで時間がかかってしまうのもあるけれど。
兄様が残していった引き継ぎ書(イルネア姉様、エルミナ、国王、王妃の分まであった。でもアルヴィナ姉様のと比べるとだいぶざっくり)と、添えてあった国王代行の委任状、重臣たちの協力で、どうにか終わらない仕事と格闘しながら、手を回して兄を探させている。
(……やっぱり、あの時におかしいと思うべきだったんだわ)
流してしまうべきじゃなかった。
『俺たちはあくまで、王妃陛下の子だと公式に国が発表することで王位継承権があることになっていたにすぎない。それが嘘だと暴かれたんだ』
『間が悪いことに、唯一王妃陛下の血を引くアルヴィナは、結婚で継承権を失ったばかり。
つまり────この国には王位継承権を持つ者が誰もいないと、国民に知られてしまったんだ』
エルミナの新聞社の暴露事件のとき、兄様はあの貴族たちの集まっている場で、国王代行という立場で公式に『王妃の子ではない』ことを認めてしまった。
国王に代わる立場なら、それでもエルミナの暴露を嘘だと突っぱねることが期待されていただろうに。
あるいは次期国王としての振る舞いが。
結果として兄様のあの発言で、だいぶ貴族たちの士気は下がった。
あれを失言と捉える貴族もいた。
だけど……ダンテス兄様がわざとあの言い方を選んだのなら。
(あの報告自体、仕込みだったのかも……だとすると、エルミナが書かせようとした記事をすり替えたのも兄様の仕業?)
でも、何のために?
動機がわからない。
動機がわからないといえば、国王襲撃事件もそうだ。
襲撃事件の犯人たちの取り調べはダンテス兄様の管轄で、ずっと周りは手を出せなかったのだけど……今回ダンテス兄様が行方不明になって初めてわかったことがある。
まず、犯人たちが『元帥の命令である』と証言したのは間違いだった────なぜか取り調べの者が犯人たちの証言を間違ってききとっていた。
そして、そもそも犯人たちは、自分が襲撃した相手を、国王ではなく、元帥だと思い込んでいたのだ。
しかも、下半身を傷つけたという者は誰1人いなかった。
犯人たちの他に誰かが……一同に〈認識操作魔法〉をかけ、国王を元帥だと思い込ませた。
さらにその場で、誰にも存在を認識されない透明人間として、国王の下半身を傷つけた。
また、取り調べの者の聴覚を操作し、元帥の命令だと証言していると思わせた……ということになる。
そんなことができるのは兄様しかいない。
(兄様がこんなことする動機……もしかしてあのことの復讐?
でも……)
王妃の留守中に国王と重臣たちを連れ去り、自らも姿を消した。
国王と王妃への復讐なら、自分が王位を奪ったほうが何でもできるだろうに。
(王位を奪うんじゃなく、まるで王政ごと壊そうとしているみたい。
兄様はいったい、何をしようとしているの?)
考えても答えが出ない。そして手は動かさないといけない。
「………………宰相代行。今の臨時体制において、これと、これとこれの決裁は以後あなたに一任します」
「殿下、良いのですか?」
「ええ。信頼しているわ。宰相が帰還したらまたどうするか話し合いましょう」
もはや王女面するのが精一杯だ。何度吐いたか。重圧すら麻痺してきた。
(これが、私じゃなくてアルヴィナ姉様なら……)
女王然として、もっと良い指揮ができたのだろうか。
少なくとも、こんなに無様じゃなかったとは思う。
(……時間を戻せるなら、もっと必死でガリガリ勉強しておくのに!)
王女なのにまともなカリキュラムが組まれていない中でのマイペースな独学じゃ、すべてが足りなすぎた。
力不足すぎる。でも、私がやらなきゃ。
「────ウィルヘルミナ王女殿下。取り急ぎお耳に入れたきことがございます」
「入ってちょうだい」
若手の文官が入ってくる。少し青ざめていた。
手には……え、また新聞?
「ダンテス王子殿下の……行方を探るための一助となるかはわかりませんが、怪文書じみた新聞がまた巷に出回っていると」
「見せてくれる?」
渡された新聞の見出しにギョッとし、そして中身を読む。
「何よ、これは……」
言葉を失い、私はその新聞を食い入るように見つめた。
────『ダンテス王子出生の真実』と題したその記事は、ある男の手記を公開したものだった。
25年前のこと。とある貴族の息子だった手記の主は、最愛の女性を妻に迎えた。
幼い頃から相思相愛で、結婚するならばお互いしかいないと見込んだ同士。
周囲は皆祝福し、本人たちも幸せの絶頂にあった。
不幸にして、妻となった女性は人目を引く美貌の持ち主だった。
さらに不幸なことに、結婚前に王城に行儀見習いに上がった際、王がその美貌に目をつけてしまい……何度も危ないところを逃げたという経緯があった。
彼女は王を心底嫌い、恐れていた。だからこそ彼らは結婚を急いだ。
『真実の愛、など、貴族が追うものではない』
『人には与えられた領分がある。王が愛人として彼女をご所望なのだから差し出すべきだ』
『それが臣下としてあるべき姿だし、結婚相手など他にいくらでもいるだろう』
『だいたい、愛人ならともかく妻として迎えるならもっと身分の釣り合う相手が……』
周囲はそう彼らに『忠告』を繰り返し、時には彼らのためだと言って無理矢理妨害してきた。
そんな逆境の中、どうにか貫いて果たした結婚だった。
────ところが。
結婚後半年も経たないうちに……王命で夫は外国に出なければならなくなった。
さらにその異国で、あらぬ嫌疑をかけられ拘束され、1年半。
ようやく解放され国に戻ることができた夫が知ったのは、最愛の妻が王の愛人にされ『出産で』死んだという事実だった。
────その子は、公式には王妃の第一子として発表されたという。
愛する妻の死にうちひしがれる彼に、友人や親戚たちはこう言い放った。
『彼女のことは残念だったな。だが、命と引き換えに未来の国王を産むという、女として最高に名誉な死に方をしたのだ。彼女も本望だろうさ』
『さぁ、早く新しい妻を迎えるがいい』




