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57、第3王女は疲れ切る【ウィルヘルミナ視点】

   ◇ ◇ ◇




 ────アルヴィナ王女が出発してから46日め。トリニアス王国王都。



「だから!

 麗しのウィルへルミナ王女はそんな人じゃねぇ!!

 どう考えてもこのエルミナってのが信用できねぇだろ!?」


「違うね、エルミナ王女殿下は良心の呵責に耐えかねたんだ。

 ダンテスとウィルヘルミナは性悪で、イルネアなんて、王妃と一緒に大量に金を使い込んでドレスを買い漁ってたんだろ。

 王城の中はひっどい状況なんだよ」


「結局さぁ。愛人とやらがダンテス殿下を産んじまったのが諸悪の根源なんじゃね?

 王妃が王女を産んだのに、先に男がいたから、王家が男の跡継ぎがいいなんて色気出しちまったんだろ」


「はぁ!? おまえ“淫魔王女”が女王になったら良かったって言ってんのか!? 正気かよ!?」


「いや、俺の兄貴が軍隊にいたけど、アルヴィナ殿下はめっちゃくちゃ良くしてくれたって聞いたぜ?

 それから教会での貧民救済とか、堤防つくったりとか……」


「だからって、“淫魔”じゃ誰の子かわからん子を孕んじまうだろ……」


「なぁなぁ、もうみんな殿下なんてつけるのやめようぜ。どうせみんな王子でも王女でもねぇんだろ??」


「「「「はああ!?」」」」



 路上で突如、酔った男同士の殴り合いが始まる。

 衛兵たちがそれをあわてて止めようとする。

 最近王都のあちこちで見られる光景だ。


 それを見て「いやぁねぇ」と眉をひそめる通りすがりの女。



「ろくなもんじゃないわねぇ。ああいう連中も、しっちゃかめっちゃかな王家も」


「ねぇ……王家って、家族なのにめちゃめちゃ仲悪いの?」と子どもが母親に問う。


「きっとそうなんだよ。

 貧乏人のあたしたちから金をむしりとって贅沢三昧の上に、家族同士で権力争いの内ゲバって。

 やんごとなき方々なんて、いい気なもんだね。必死で働いてる庶民を馬鹿にしてる」


「そんな王家なら、いっそ、他の国の王様に治めてもらった方がいいのかな??」


「そうかもねぇ。

 今よりはマシになるのかもねぇ……」



 親子連れはそんな話をしながら去っていった。



「────めちゃくちゃね、これは」


「だから、国民の声なんて聞いたら心が削れるって言っただろう?」


「国民の声、っていうか……ううん……」



 この日私ウィルヘルミナはまた、兄ダンテスの馬車に乗せられていた。


 今日は公務関係で移動中だったのだけど、それでも馬車の外の人々の声というのは意外と聴こえてくるものだ。



「……『諸悪の根源』か。

 昔、陰で良く言われたな。

 俺が産まれてきたのがそもそもの間違い、だとも」


「それは……酷いわ」



 兄様がそれをどういう人間に言われたのかは想像がついた。


 王妃がアルヴィナ姉様を産んでしばらくは、高位貴族は一時ダンテス派とアルヴィナ派で分裂したらしい。

 正当な王位継承者は姉様だからだ。

 だけど結局、国王も王妃もアルヴィナ姉様への冷ややかな態度をはっきりさせたので、高位貴族は皆保身に走って、すぐにアルヴィナ派はつぶれたそうだけど……。



「……だから、そんなものは最初から耳にも入れないのが一番なんだ」



 そう言う兄に、私は返す言葉がない。

 私も、さっきの街人の会話で、グサッときていた言葉があったから。



(他の国の王様の方がマシ、か……)



 正直、この言葉には傷ついた。

 大仕事に心身削りながら取り組んで最後には倒れて、それでも終わらない仕事と闘っている中でこんなこと言われたら、すべて放り出したくなる。


 ……違う。国民の声を聴かなきゃ何も始まらないはず。それなのに。


 そういえば、アルヴィナ姉様も(忙しいのもあっただろうけど)国民の声に直接触れるのを恐れていた節があった。

 彼女の場合は“淫魔王女”の悪評を広められていたから、耳にするのもつらかったのだろう。


 私はともかく、アルヴィナ姉様が精神的に弱かったとは言いがたい。


 弱いところがあったとしたら、大人たちに不条理にトラウマを与えられ続けた結果『弱められた』のだ。



 ────そもそも、受け止める側が『心身とも追い込まれているのが普通』になってるのが結構問題な気がする。



(権力者への批判はもちろん必要なんだわ。

 それを封じちゃ国は良くならない。

 あまりに権力者がアレなときは罵詈雑言どころか革命すら必要でもある)



 それは間違いない。



(だからこそ……王家の側が国民の声を聞こうとするなら、受け止める十分な余力がないといけないのよ。

 ちょっと耳にした嫌な言葉で投げ出したくなったり感情的に走ってしまうような状態じゃだめ。

 誹謗中傷だって致命傷にならない程度に心身が健康な状態じゃなきゃ、国民の声なんて聴けない)



 もちろん、イルネア姉様や国王・王妃のような、少し悪く言われることも耐えられないような小さすぎる器は問題外だっていうのは前提で。



(とりあえず、もう少し業務量とか見直せないかしら。

 ある程度重臣の裁量部分を増やして……)


 …………いえ。王妃が帰ってきたときに私をどう扱うか、まだわからないのよね。

 結局ダンテス兄様のために私をまだ生かしているというだけなのだし。


 あれからすぐに、今までの部屋を追い出され侍女を外され、ドレスや宝石を取り上げられるという地味な嫌がらせをされた。

 そのうち私も何かの悪評撒かれるのかしら。



「…………ところで、王妃のことなんだけど……行かせてしまって良かったの?」


「さすがに『王家として送り出した娘が本当は他の男と結婚してました』なんていうのはトリニアスの大恥だから絶対やめてくれと伝えた」


「でも、あの公子連れていったわよね」


「まぁ搦め手からアルヴィナにプレッシャーをかけ、連れ戻す策を探るつもりなんだろうな」


「…………どの面下げてそれ言うの?って思わない?

 一億歩譲って、国が回らないから力を貸してほしいって頼むにしても、まずはいままでのことの謝罪と、短く期間を区切って、夫と一緒に客人待遇で迎えるとかが良識じゃないの」


「まぁ、難しいだろうな。現行法ではアルヴィナの結婚を無効にしなければ王位継承権は回復しない」


「兄様も、姉様を犠牲にし続けていいの?」


「…………それが王女だろう?」



 やっぱり、駄目だ。

 姉様はこの国から逃げなきゃ。この王家から逃げなきゃ。


 帰ってきちゃ駄目。ベネディクト王国が姉様を守りきってくれることを願うしかない。



「それもこれも、きちんと法改正せずに場当たり的な対応でごまかすからよ。……今までにも法案はいくつも上がってたのに」



 国王と王妃の私情、権力者同士の浅ましいパワーゲーム、利害関係者の多さが、法案をつぶしてしまった。

 そしてこんなときでさえ一枚岩になれない国。脆すぎる。



「ウィル。城に帰ったらあの件で、イルネアとエルミナに会ってくれ」


「…………ああ、そうね」



 捕らえられて以降地下牢に閉じ込められ、入浴もできず、ろくなものも食べられずに酷い日々を送っているイルネア姉様とエルミナの顔を私は思い浮かべた。


 たぶんもう心身ともに限界を迎えているだろう2人に、私はこれから伝えなければいけないことがある。

 嫌いな姉妹とはいえ憂鬱な気持ちになりながら、私は馬車の外を眺めた。



   ◇ ◇ ◇

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