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48、第3王女は王妃に逆らう【ウィルヘルミナ視点】


 …………扉の向こうから、耳にさわる高笑いが聴こえてきた。



「……ふふふふふふ、無様(ぶざま)だこと」



 その声を聴いただけで、背筋に冷や汗がつたい、心拍数が上がる。

 拳を握って、私は耐えた。


 扉はすぐに開かれ、今日も恐ろしく金のかかったドレスと、ごってりと宝石を身にまとった王妃が姿を現した。



「人を散々、役立たずだのなんだの罵倒していらした天罰かしら?

 どうですの?

 ご自慢の宝を失くされたご気分は?」


「お、おまえの差し金かっ!?」


「残念ながら、わたくしではありませんわ。自国の兵に殺されかけるなど、本当に人望がありませんこと」



 国王は王妃の顔を見るのも嫌だとばかりに布団に潜り込む。



「それで逃げたおつもりですの?

 いまやダンテスがいなければ何にもできない無能な白豚が」


「お、王妃陛下、お言葉が……」



 貴族の1人が王妃をいさめようとし、王妃は彼に冷たい目を向ける。



「……あら。そういえば、あなた25年前にも『畑を変えれば種が育つはずだ』などと言って、国王陛下をそそのかしたわね?」


「ひ、ひぃぃ、そのようなっ!!」


「王妃陛下」



 ダンテス兄様が口を挟む。

 感情の一切が消えた……仮面を被ったような顔で。



「王妃陛下の重要性も、母国のサクソナ連合王国の恐ろしさも老いてなおわからぬ愚か者です。

 陛下が相手にされるような者ではありません」


「あら、でもダンテス。わたくし、この者にひどい侮辱をうけたのよ?」


「私が制裁しておきましょう」



 言うなりダンテス兄様は、王妃をいさめようとした貴族の顔面に拳を叩き込んだ。

 ……悲鳴をあげ、貴族たちは逃げていく。動いて逃げられる程度にうまく手加減はしたようだ。

 ダンテス兄様がここで殴らなければ、あの貴族たち、もっと酷い目に遭わされていた。



「……あまりスッキリとはしませんけど、ダンテスに免じて咎めなしとしてあげましょう。

 それにしても可哀想なダンテス。

 こんなにも国のために尽くしてきたのに、心ない国民たちに悪し様に言われどれほど心痛でしょう」


「問題はありません。私は国民の声などに耳を傾けたりいたしませんので」


「ふふふ、それでこそ未来の国王だわ」



 私には理解できない。

 王妃とダンテス兄様は、私とは王の理想像がまったく違うのらしい。



「大丈夫よダンテス。わたくしが何とかしてあげます」


「そうですね。とにかく早急に貴族らの合意を得て、王室法の改正を」


「ええ。その間に、異国のハイエナたちと、腐臭を放つほど愚かな国民を黙らせなければね……」



 王妃は後ろに控えていた侍女に目配せする。

 侍女が差し出す文書箱を、王妃はうけとる。



「ようやくベネディクト王国からの招待が届いたわ。

 なんと、結婚式は諸事情によりすでに終わらせたから披露宴ですって。

 こちらの王女を迎えながら無礼なこと」


「陛下。それが……何か?」


「わたくしが直々に向かい、アルヴィナを連れ戻してきます」


「…………陛下!?」


「ああ、心配しないで、ダンテス。

 もちろんアルヴィナなんかに王位を継がせたりなどしないわ。

 あなたの王位を確たるものにするための時間稼ぎよ。

 ノールトもアドワもヒムも、『我が国には王位継承権保持者がいる』と表明すれば引っ込むでしょう」


「お言葉ですが……アルヴィナはすでに王位継承権を失っておりますが」


「その結婚が『成立していなかった』としたら、どうかしら??」


「…………? ベネディクト王国が取り仕切った結婚に、けちをつけるのですか?」


「いいえ。トリニアス王家の関知しないところで先に結婚していたことが発覚した、ということにしたら?

 それも、他の国の君主の子息となら、王位継承権は失わないわ」


「!!」



 侍女がパンパンと手を打つ。

 そこで扉を開けて、紅潮した顔で入ってきたのは…………アルヴィナ姉様の元婚約者。

 つまり、今は私の婚約者である、属国の公子だった……。



「いや、美しい顔にすっかり騙されたよウィルヘルミナ。君の方が愛人の娘だったなんて。

 しかも性悪は君のほうだったとは……!

 今まで、仕事で忙しいと言ってきたのも……」



 新聞の撒いた情報をすっかり信じた様子で、顔を歪めて語る婚約者。

 私は衝撃のあまりとっさに言葉が出てこなくて、ただ、ため息をついた。

 いやもう、駄目だ、こいつ。



「アルヴィナとの婚約解消、ウィルヘルミナとの婚約は、あやまちでしたわ。

 異国の軍人に連れ去られて愛する母国から引き剥がされた可哀想なアルヴィナを助けるために、わたくしたちに協力してくださるわね?」


「も、もちろんでございます。

 血統的に正しい王女殿下を妻としてお迎えできるならばっ。

 私とアルヴィナ殿下の結婚がすでに成立していたと、トリニアス王家はそれを知らなかったのだと主張すれば良いのですな??」


「ええ。そういうこと。

 書類も証人もいくらでも捏造いたしますわ」


「問題ございませんっ。王妃陛下のおおせのままにっ」


「では、下がってよろしいわ」



 ハハッ……!! と頭を下げて、怒涛のように私の婚約者……いや、元婚約者?は出ていった。



 ────いやいやいやいや?



 無理でしょう。道理が通ってない。おかしいでしょう。どういう頭をしてるんだ。



「…………一時的にアルヴィナ姉様を連れ戻した、そのあとは?」



 そう言ったのは私だ。


 私はただでさえ王妃に目をつけられている。表面上は何も言わず柔順な態度に徹していたほうがいいとわかっていた。

 だけど、口からその問いが思わずこぼれてしまった。



「ああ、そうね。以前通りの政務をやってもらいましょうか?」


「以前通り……ですか」


「アルヴィナが出ていってからというもの、政務がまともに回っていないことは把握していたわ。

 ほら見て、ダンテスはこんなに痩せて顔色が悪くなってしまったのよ。あの子がいなくなったせいで!!

 連れ戻して、前にやっていた仕事をみんなやらせれば良いわ。

 あの公子はトリニアス王家で適当な役職を与え、公国の方には誰か送りましょう」


「……王家の知らないところで結婚してたなんて言い訳、通用するとは思えません」


「“淫魔王女”の悪評があれば何とかなるわ。

 将軍とはいえ爵位もない次男。未来の公妃の地位の方が、あの子だって喜ぶでしょう?」



 さっき以上の目眩が私を襲う。

 この人がそれを言うの?

 悪評を産み出した張本人の、この人が。



「…………そんなの、あんまりじゃないですか」



 思わず漏れた言葉。

 王妃の冷たい目が、私を射すくめた。

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