47、第3王女は臣下に呆れる【ウィルヘルミナ視点】
『────この国には王位継承権を持つ者が誰もいないと、国民に知られてしまったんだ』
ダンテス兄様は先日、皆の前でそう言った。
確かに、王室法にのっとれば、トリニアス王国には王位継承権を持つ人間がいない。
だけど、国の外には存在する。
王位継承権を保持しつつ、他の国の王家と結婚した、かつての王子王女、そしてその血統の者が。
「────確かに、貴国の王妃陛下はこちらの国王の妹君。
王位継承権は依然保持しておられる。
貴国の王子王女方もまた同じく。
それがどうかしたのか」
「僭越ながら、アルヴィナ王女殿下がご結婚により王位継承権を失くされた今、いまだ王太子が決まっておられないとか。ならばこちらがお役に立てるのではと」
「おかしなことを言う。何の役に立てると?」
「はて。貴国の王室法は、王妃陛下以外の女性からお産まれになったお子は継承できないと記憶しておりますが、今、異なった情報が巷に流布しておりますな」
私は必死で顔色を変えないようにした。
ほぼ同じ話を、この前、ノールト王国の女王の使者がしてきた。
ノールト王国女王は前国王の姉を祖母にもつ。
また、現国王の弟を王配に迎えたアドワ王国からも使者が来ていた。
────彼らの言いたいことはこうだ。
『トリニアス王国内に王位継承権保持者がいなくなった今、我が国の王妃/王配/王こそがトリニアス王国の王位継承者では?』
……と。
つまり、トリニアス王国そのものをうちによこせ、と言っている。
「我々兄妹は皆、正真正銘、トリニアス王妃を母とする。
王家から公式に声明も出しているはずだ。
最近くだらぬデマが撒かれたが、デマはデマだ。無駄足を踏んだな」
「なるほど……?」
兄様の冷静な嘘に対して、ヒム王国使者の冷たい笑み。
あの新聞が配られてからまだ約1週間。
ノールト王国、アドワ王国、ヒム王国とも、王都からトリニアス王城に1週間で使者を送れる距離じゃない。
たぶん、元々諜報でトリニアス王家の内情を把握していて、アルヴィナ姉様の結婚の情報をつかんで動いていたんだろう。
そこに、あの新聞の暴露が起きてしまった。
「ダンテス殿下がいまだ立太子されていらっしゃらないのは、王妃陛下が男子をお産みになればその子が王太子になるという密約ゆえ……とも聞き及んでおりますが?」
知らず知らず拳を握りしめる。
まさか、そこまで知ってる?
「……真っ赤な嘘だ。
単に国王陛下、王妃陛下とも、我々兄妹の資質を見極めていたというだけのこと」
兄様は平然と返す。
「ほほう……しかし貴国の民の混乱は止まらぬようですな」
「一時的なことだ。
確たる証拠もないのに我々の身分を疑うなど、ヒム王国はよほどトリニアス王家を敵に回したいと見える」
「証拠……そうですな。
改めて、また我がヒム王国の王妃陛下がこちらにうかがい、お話しさせていただくといたしましょう。
我らが聡明なる慈悲深き王妃陛下は、可愛い甥姪である殿下方をとても大切に思っておられるのです。
悪いようには決していたしません。それでは」
含み笑いをしながら使者の男は部屋を出ていく。ダンテス兄様は深く息をついた。
「…………何か握ってるな、あれは」
「そう……ね。貴族同士の手紙とか、エルミナの本当の誕生日とか、あるいは証人とか……ね」
第3王女である私と、第4王女エルミナの誕生日は、わずか7か月しかあいていない。
そのためエルミナの誕生日は公式には違うものが発表されていた。
◇ ◇ ◇
「…………今すぐ国王陛下は王妃陛下と離婚され、若い姫君をお迎えするべきです!」
報告のために国王の病室に兄様と私が入ろうと扉を開けかけると、そんな声が飛んできて、私は言葉を失った。
「……何、あれ」
「知らなかったのか、ウィル。
……俺が産まれる前にも一部の貴族が主張していたそうだ」
口角泡を飛ばす、を絵に描いたような勢いで、数人の貴族たちが、いまだ重傷から回復しない国王に迫っている。
弱りきった国王を誰もかばおうとしない。
「はるか昔に、嫁いで数年子どもができない時点で見切りをつけて離婚しておくべきだったのです! 確かに離婚は宗教的禁忌ですが、何がしか理由をつけて婚姻無効を主張すれば何とかなったのでは!?」
「今からでも、老齢でも男なら子をつくれます!! 異国から若い王族の姫君を王妃として迎え、お子を!!」
「確か王妃陛下の母国サクソナの姫君もそろそろ初潮をお迎えになるお年、ヒムにもノールトにもアドワにもお若い姫君がいらっしゃいますっ! たしかベネディクトにも王族令嬢が……」
ぐらぐらと世界が回るような目眩に襲われた。
この男たち、一体、何を言っているの?
「…………気持ち悪っ」
────王妃のことは大嫌いだけど、思わず心の底からの声が出て、扉を開いてしまった。
貴族たちはこちらに、ギョッ、とした目を向ける。
「女を、子ども産ませるための家畜としか思ってないの?
そんな国に誰がわざわざ奴隷になりに嫁いでくるって言うのよ!」
「……王女殿下、しかし」
「ベネディクトの王族令嬢は2年近く前に結婚してるし、アドワの王女殿下は王太子よ? ヒムの王女殿下も同い年の婚約者がいるわ。
ノールトの女王陛下の妹姫は、あと数年の予定でレグヌム王国に留学してる。以前にダンテス兄様との結婚を打診して断られた時に聞いたでしょう?」
「サ、サクソナの王女殿下は……」
「まともな大人なら、そんな歳の女の子にそんなことさせないけど!?」
思わずまた声を荒らげた。
王妃のことは大嫌いだし恐しい。
いなくなったらきっとせいせいするだろう。
だけど、さすがにこいつらの考えは、ありえない。グロすぎる。
「ウィル、落ち着け」
「いや、明らかにおかしいでしょうよ!?」
「俺からも言うことがある。少し黙れ」
ダンテス兄様が私を制止する。
「おおむねウィルの言うとおりだが……もうひとつ。
アルヴィナのことで、すっかりこの国では感覚が麻痺してしまったようだが……他の国では普通、王女というものは、国の威信や誇りに関わる存在だ。
『新たに子を産ませたいので妙齢の王女を老いた王の後妻にくれ』などと、持ちかけた時点で国への侮辱ととられるだろう。
血の気の多い国ならそのまま戦争になるかもな」
「「「……………………!」」」
「それにヒムやノールトやアドワの王女たちは、王室法上我が国の王位継承権を持っているから、むしろ俺たちよりも立場が強い。
もし、たとえ嫁げる状況だったとしても、王妃になんて話を呑むはずがない。
俺を王配にして王の地位につかせろ、と言ってくる可能性のほうがまだあったかもな」
「そ、そうだわ。その通りよ」
兄様に追従する。つい熱くなってしまった。
「それに、今から子どもをつくるのは……」
兄様が何か言いかけると、国王が目を見開き、苦しそうに顔を歪めて兄様を見る。
「駄目だ、言うなダンテスっ……!」
「国王陛下は下半身に重傷を負われた」
「ダンテスッ……!」
「もう、国王陛下はお子を成すことはおできにならない。未来永劫」
(……!!)
兄様の言葉に、国王にその部屋の人の視線が集中し、貴族たちはガックリと膝をつき、国王は呻くように泣き出した。




