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46、第3王女は襲撃されかける【ウィルヘルミナ視点】

   ◇ ◇ ◇


 ────アルヴィナ王女が出発してから32日めの夜。トリニアス王国王都。



「………………あんた聞いた? 王家の話」


「ああ、嘘ついてたんだろ? よりによって“淫魔王女”だけが王妃様の子って……ほんとかよ」


「お父さんお母さん、“淫魔王女”さえ国を出ていけばいい国になるとか、言ってなかった?

 それが、たった1人本当の王女様だったってこと?」


「…………う、うるさい! 子どもがそんなこと言うんじゃありません!!」


「でもさ。“淫魔王女”がいなくなったなら、もう誰にも王様になる権利がないんだよね?

 そうしたら、この間大怪我したっていう王様が死んだらどうなるの?

 だーれも王様になれなくて、この国、滅びちゃうの??」


「「……………………」」

 

「大人はきっと何か考えてるんだよね?

 だから“淫魔王女”を国から追い出したんでしょう?」


「「……………………」」


「ね、どうするの、王様になれる人がいなくなったら────」



 馬車の中で、道を歩く親子連れの会話に耳を傾けていた私、第3王女ウィルヘルミナは、深くため息をついた。



「だいぶ、浸透してるのね……」



 エルミナの雇った人間たちによって王都や各地で配られた新聞は、恐ろしい速さで噂を全土に広めていた。


 王妃から生まれた子でないと王位継承権を持っていない……なんて、少し前まで大半の国民は知らなかったはずだ。

 愛人の子だと暴露されても、多少イメージダウンにはなるかもしれないが、それが王位を継げないという思考には直結しない……はずだった。


 だけど、暴露した新聞が

『誰も王になれないまま国が滅ぶ!』

などと人々の不安を煽るように巧妙に書き立てたせいで、すっかりそれは国民の中に浸透してしまっていた。


 なら王室法を改正すればいい話だ。

『愛人の子であっても王位継承権を保持する』

と変えるか、王子王女の中で誰か(おそらくダンテス兄様だろうけど)を特別法で立太子するか……。


 中には、結婚による王位継承権剥奪をさかのぼって無効にしてアルヴィナ姉様を連れ戻すべきだ、と主張する者さえいる。

(本気でそんなことしたら、ベネディクト王国との関係がこじれる程度じゃすまないけど)


 ただ、王室法改正は声があがっても進む気配がない。


 利害関係者(ステークホルダー)が多すぎて、互いに対立してしまい、合意が取れそうにないのだ。

 本当なら可及的速やかに改正を進めなければいけないんだけど……。



(…………それにしても。……なんで()()()、あの時あんなこと言ったのかしら)



 そんなことをぼんやり考えていると、

「おい、あれ!! ウィルヘルミナ王女の馬車じゃねぇか!?」

と、馬車の外で柄の悪い声があがった。


(……?)紋章も何も入れていないのに、どうしてわかったの?


「前、あの馬車でお忍びで出かけてるのを見たことあるぜ!」

「あ? 王女の馬車なら護衛ついてないとかありえねぇだろ?」

「嘘つき王女に声かけてみようぜ! なんでアルヴィナ王女を追い出したのか、って……」



(!!)男たち、明らかに酔った声だ。


 間もなく馬車が揺れて止まった。



「……申し訳ございません!!

 不埒(ふらち)者が馬車の進行方向をさえぎり……ッ!!」



 壁の向こうで御者が声をあげた直後、殴られるような音がした。



「…………待って、大丈夫!?」



 声をかけたが返事はなく、馬車の外から扉を開こうと、何者かガチャガチャといじる音がした。私はとっさに扉を押さえる。



「おいコラ、出てこいよぉニセ王女!!」

「本物の王女様を追い出した気分は、どうなんだ!?」



 ものすごい力で扉が開かれそうになるのを懸命にすがる。

 もし開かれてしまったら、何をされるかわからない。恐怖に息が止まりそうになる。

 手が痛み、感覚がだんだんなくなっていく。

 外の男たちの力に負けて、扉が開きかけた。その時。


 外の男たちの手が、いきなり離れた。



(………………?)



「うぐわっ! なんだよっ何すんだっ」

「俺は何もしてねぇよ!? やったのはおまえだろ!?」

「ふざけんなよ、こらぁっ!!」



(……内輪揉め??)



 ────と、思ったら、いきなり馬車の扉がバッと開けられた。



「ウィル!」

「……兄様?」



 なぜか馬車の扉を開けていたのはダンテス兄様だった。

 御者を殴り飛ばしたらしい酔っぱらいたちは……それぞれが明後日の方向を向いて、空中に向かって殴りかかっている?



「こっちの馬車に移れ、早く!!」

「待って、御者が怪我を」

「あとで馬車ごと回収する。早くこっちに乗れ!!」



 ダンテス兄様に引きずるように手を引かれ、私は近くに停まっていた、王家の紋章入りの大きな馬車の中に押し込まれた。



「出せ!」ダンテス兄様の指示に、馬車は走り出す。王宮へと向けて。


 馬車の窓からちらりと見た。御者は……殴られただけみたい。

 酔っぱらいたちは、もはや御者も馬車も目に入らないようだった。

 ────これは、兄様の得意なアレか。



「…………何で、侍女も護衛もつけずに街に出たんだ」



 礼を言う前に、苛立たしそうにダンテス兄様は私を咎めた。



「助けてくれたことはお礼を言うわ。ありがとう。

 ただ今日は、街の様子を知りたくて」


「平民どもの様子なんて知ってどうする。下賎な連中が徒党を組んで王権を脅かせるというのか?」


「……怖がってるとかじゃなくて。王家の人間として、国民の声を聞くのは当然でしょ?」


「忠告してやる。そんなものを聞いてたら心をすり減らすぞ」


「……だったら、誰のための国よ」



 ダンテス兄様はそっぽ向いて、もう話をする気はないと言わんばかりだ。

 助けてくれたのはありがたいけど、兄様のこういうとこ好きじゃない。



「……さっきのは、〈認識操作魔法〉?」



 微妙に、ダンテス兄様はうなずく。


 王家の継承魔法のひとつだけど非常に難易度が高く、しかもかなりの魔力が必要なため、私にはできない。


 自分よりも魔力の少ない相手限定で有効な魔法で、視覚・聴覚・嗅覚・触覚・味覚に真実と違うものを認識させる。


 王位継承の可能性がある人間にはその訓練が施されていて────私たちの代で教わったのは、ダンテス兄様とアルヴィナ姉様だけだった。

 国王も習ったけど魔力が足りなくてできないとかなんとか。


 2人は危険な目にあった時逃げるために、必死でこれを練習して習得していたようだ。



「……なんで私を迎えにきたの?」

「ヒム王国からの使者が来た」

「ヒムから?」


 ヒム王国といえば、ベネディクト王国の北に隣接している、大陸随一の先進国だ。

 トリニアス国王の妹がいま王妃を務めている。



「……じゃあ用事は、またアレなのね」

「おそらくそうだろうな」



 鬱々とした気持ちになって、私は目を閉じた。



   ◇ ◇ ◇



 城に帰った私たちは、大会議室に向かった。

 この間まで和平交渉に使われていた会議室だ。


 扉を開けると、重臣たちや高位聖職者にまじって、見慣れない男性の姿が……

 ヒム王国の使者だろうか。



「すまない、遅くなった。

 国王代行の第1王子ダンテスだ。こちらの第3王女ウィルヘルミナも同席させる」



 ……ヒム王国の使者は冷笑を浮かべながら挨拶し、そして、こう切り出した。



「このたびは、アルヴィナ殿下のご結婚まことにおめでとうございます。

 ────つきましては、トリニアス国王陛下の妹君であらせられる我らが王妃陛下が保持しております、貴国の王位継承権についてお話をさせていただきたく」

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