44、王女は告白する
「なるほど、そうなのですか?」
「はい、嘘いつわりなく!」
動じる気配もなく、逆に興味深そうにこちらを見る宰相閣下。
余裕たっぷりで、なんかくやしい。
「……それは……全部が冷静に判断できたとは思っておりません。
自分が置かれていた環境の影響を受けていないとも、言えません……。
だから、他の方からみれば、説得力のない、おかしな結婚、なのかも、しれません。ですが」
しまった。
度数の強すぎるお酒のせいか、しゃべっているうちにだんだん、ろれつが回らなくなってくる。
夫婦の間でしかわからないこと、伝えられないことが多すぎる。だけど。
「わたし、イーリアス様に、とても大切に、していたらきましたっ。
大切にしていたらいたから、人としての尊厳とは、どういうものらったか、思い出せました。
イーリアス様のそばに、いられて、幸せなんれす、わたし、わたし……」
どうかわかってほしい。
私の心からの望みはイーリアス様のそばにいることで、イーリアス様は何も私をたぶらかしなどしていないのだと。
「わたし、イーリアス様のことが、大好きなんです!!」
「殿下!?」
言いきった瞬間、身体のバランスを崩し倒れかけた。
イーリアス様が私をとっさに支え、持っていたグラスは床に落ちる。
ああ、もったいない。
イーリアス様が私のために取ってきてくれた飲み物なのに。
「イーリアス、さま……のみもの、ごめんなさい」
ふわふわ、くらくら、目の前が回っている。
イーリアス様の抱き支える手が、なぜかいまは心地よく感じる。
酔ってるから?
「…………殿下」
給仕の使用人の方が、手早くグラスと汚れを片付けていく。
イーリアス様が私を、ゆっくりと抱きあげた。
私は自然と、その胸に顔を埋める。
「────宰相閣下。
先日のご報告にひとつ虚偽がありましたことをお詫び申し上げます」
「ふむ?」
「正しくは、一目惚れして矢も盾もたまらず求婚してしまいました」
宰相閣下が吹き出した。
「……重ね重ね、ご忠告痛み入ります。
愛する女性を不幸にしないよう、互いに話し合い支え合ってまいりたいと存じます」
「最初からそう言いなさい。
────殿下。老いぼれが余計な気を回し、ご無礼を申し上げてしまいました。お詫び申し上げます」
「……失礼いたします」
(…………?)
イーリアス様と宰相閣下が何を言っているのかよくわからないまま、私はイーリアス様の腕のなかで心地よい揺れを感じて運ばれていった。
◇ ◇ ◇
薄闇の中で目を覚ますと、見知らぬベッドの中にいた。
(………………!!??)
私の寝室のベッドじゃない。どこ!?
一瞬混乱して、目を横に走らせる。
「お目覚めですか」
ベッドのへりに座っていたイーリアス様と目があった。
「は、はい……ええと、私……??」
「ここは、私が家を出るまで使っていた部屋です」
「あぁ、なるほど……」
「ご気分は悪くはありませんか?」
まだ頭がちょっとぼんやりする。
ホメロス公爵邸なのね、ここは。
(私が酔いつぶれてしまったから、急遽イーリアス様のお部屋に、ということ? え、じゃ、ここが若い頃のイーリアス様のお部屋……??)
ついテンションがあがり、部屋の中を見回してしまう。
それから思い返す。
私、酔いつぶれた?
何があったんだったかしら……。
(…………!!)
自分のしたことを思い出したら、血の気が引いた。
「あのぉ……イーリアス様。宰相閣下は、お怒りでは…………?」
「笑っていたので特に問題はないかと。無礼なことを言ってお詫び申し上げます、と申しておりました」
「そ、その。お、お客様の前で私、とんでもない醜態を……」
「内輪の人間が多いですから、お気になさらず」
恥ずかしい。恥ずかしすぎる。
私はただ、宰相閣下に言いたかっただけなのだ。
いまの私は、心の底からイーリアス様と一緒にいたいのだと。
だから……その……。
「……あの、私、寝間着に着替えてます??」
「侍女に着替えさせました。化粧も落としてあります」
「………………ですよね」
さすがにイーリアス様じゃなかったけど、とっても恥ずかしいことには変わりない。
「……殿下。水を飲まれますか?」
「は……はい」
イーリアス様がサイドテーブルの水差しからコップに水を注ぎ、私に渡してくれる。
ゆっくり、一口ずつ飲んで、コップ1杯飲み干した。
「ご気分は悪くはありませんか?」
「はい、問題なく……ご心配をおかけしました」
アルコールは少し残っているみたいだけど……またやらかしてしまったことを実感して、ものすごく酔いが醒めている。
「────〈血を清めよ〉」
セルフ治癒魔法を頭にかけて、残ったアルコールを分解する。
(そういえばあのあと、イーリアス様は宰相閣下と何かお話ししていたようだけど、何て言ってたのかしら)
いや、その前に。
(私、イーリアス様の前でものすごく恥ずかしいこと言わなかった?)
思わず顔を覆った。
「殿下?」
「あの、私…………さっきのは、そういう意味ではなくっ。
いえ、そういう意味なんですけど、あの」
支離滅裂だ。
自分で言ってて恥ずかしすぎる。
「ただ、私はとにかく結婚して良かったということと、今は本当に心からイーリアス様のお側にいたいということを、宰相閣下にお伝えしたかったのです、私はっ」
「殿下」
「はい?」
「お慕いしております」
(─────?)
「え……?」
「愛しています。もっと早くお伝えしたかったのですが」
「え……??」
鼓動が早くなる。
「『性的に見られる』ことを苦痛に思われる殿下にとって、必ずしもその感情は良くは受け取れないかもしれませんが」
「いいえ、いいえ! あの……」
そこで腑に落ちた。
イーリアス様が私の容姿についてどうこう言わなかったのは、トリニアスの夜会でわたしが話した言葉を覚えていてくれたからなのか。
「あ、あの……確かに、相手が自分に対して、性的感情だけでも抱いていると気づけば反射的に『恐い』と思ってしまいます。
で、ですが、その……まず、性的感情自体は、人の心の中のものですし……わ、私にもある、ということがわかりました。
人間の心の動きなので、私が抱いてしまう恐怖と同じで、そもそも抑圧できるものではないと思います」
どう言えば誤解なく伝わるだろう。たくさんたくさん考え、言葉を選ぶ。
「ただ性的感情というのは、しばしば相手に対する敬意よりも、侮蔑とか、嗜虐欲とか、支配欲が籠りやすいように思います。
それを感じとってしまうと、さらに恐くて……自分の安全を脅かされるように思えてしまいます。
そして、それを表に出してくる人たちが、結婚する仲でも愛し合っている仲でもないのに、性的に扱うような物言いをしてきたり、意思に反して触ってきたり、迫ってきたり……そういう行動をとるのが嫌です。
でも、イーリアス様は全然そういうのじゃないって言うか……」
イーリアス様はすごく私を大切にしてくれている。
心を、意思を、身体を尊重してくれている。
そんなイーリアス様だから、私は。
「────私、も、イーリアス様を愛しています」




