43、王女は宰相に心配される
いつの間にかイーリアス様と同年代らしい、ちょっとちゃらい雰囲気の男性がスススッと近寄ってきていて、私の手をとろうとする。
(……誰?)と思いながら私は手を避けた。
そういえばこの人、さっき私とミス・メドゥーサを囃し立ててきた人の1人……?
「麗しの王女殿下。どうかわたくしとも1曲踊っていただけませんか」
「え……」
言いようのない嫌な感じに眉をひそめたその時。
「断る」
私が何か言うより早く、イーリアス様が断った。
「……おいおいイーリアス。僕は王女殿下をお誘いしたんだが、なぜ君が勝手に断る?」
親しげな(馴れ馴れしい?)口調。
同窓か、友人か何かなのだろうか。
イーリアス様が私を背にかばうような体勢になる。
「次は俺と踊ると約束をしたので、違えることはできない」
「だから君には聞いていないと言って……。
王女殿下。
ぜひ、わたくしにも貴女様と踊る栄誉をお与えいただけませんか」
「断る」
「だからなぜ、君が断る!!
王女殿下の意思は……!?」
断る口実を考える前に、目の前で修羅場になってしまった。
イーリアス様はいま、私をかばっている。
男性との接触がつらい私が、他の男性と踊らないで済むように、やきもち焼きの夫を演じてくれている。
(ありがたい、けど……これは本当は私がやるべきことだわ)
トリニアスの夜会では王女という立場上、必死で我慢して踊りもした。
けど、今の私はノーと言っていいはずだ。
「新婚早々、そんな束縛ぶりで王女殿下に対して不敬じゃないのか!?
イーリアス、君は……」
「……どうかしましたかな??」
ホメロス宰相が近づいてきたのを機に、私はにこりと微笑んだ。
「いえ、大したことではありませんの。
イーリアス様が私を気遣ってくださっていただけですわ」
そしてイーリアス様と喧嘩になりつつあった男性にも、微笑みを向ける。
「恥ずかしながら、実はトリニアスとベネディクトではダンスの作法が少々異なっておりまして(大嘘)。
夫に教えてもらいながらベネディクト式の踊り方に慣れようとしているところなのです(大嘘)。
ですので慣れるまでは、夫とだけ踊らせていただけませんか?」
「なるほど……おっしゃることはわかりました。
ですが、ならば、なおさら相手を変えて踊られる方が練習にもなるのでは?
失礼ながら、この武骨な大男相手では踊りにくいでしょうに。
その点、わたくしなどは……」
私はさらに頭を廻らせる。
「駄目ですわ、それでは」
「は?」
「私が他の殿方と踊って、夫を1人にしてしまえば、彼も他の女性からダンスに誘われますでしょう?
私、他の女性と夫を踊らせたくありませんの(わりと本音)」
そう、イーリアス様の腕をぎゅーっと抱き締めながら思い切り笑顔で言うと、男性はドン引きしたような顔をして、
「な、なるほど??」
と、そそくさと下がっていった。
すごい、私、ちゃんと断りきることができた。
……は、恥ずかしいけど!
なんか周りから見られてヒソヒソされてる気がするけど!
(……私、顔、赤くなっていないかしら?)
あと、こんなことを言ってイーリアス様はどう思っているのかしら……?
身長差がありすぎて距離が近すぎるせいで、顔が見えない。
見えても表情はいつも通り変わらないのかもしれないけど。
(……?)
イーリアス様の肩が震えている?
それから……私が抱き締めている方と逆の手で、顔の下半分を覆っている?
これは……どういう反応?
「イーリアス。
酒以外にも飲み物はある。
殿下のために用意してきなさい。
私が殿下のお側についていよう」
ホメロス宰相閣下に促され、
「失礼いたします、殿下」
と言ってイーリアス様が明後日の方に離れていく。
(大丈夫……かしら??)
イーリアス様、時々様子のおかしい時があるけれど……。
私の思考も明後日にそれていこうとした時、
「王女殿下」「は、はい!」
ホメロス宰相閣下に話しかけられて一気に思考が戻ってくる。
「私の孫は……イーリアスは、王女殿下によくお仕えできておりますでしょうか」
「お仕えだなどと……夫として非の打ち所のない方ですわ」
「あれがですか?」
「と……時々、ご様子がおかしいときもおありですけど」
宰相閣下と私の目線の先には、アイスペールをひっくり返すイーリアス様がいた。
「殿下にとってそうならば良いのですが、先ほどの言い争いを聞いて、ふと心配になったのです」
「心配……ですか?」
「イーリアスが殿下の御意思に反して、籠の鳥のように囲いこんでいるのではないか、と」
「そんな!?
いいえ、そんなことはありません!」
どうしてそんな理屈になるのかと、びっくりした。
「そもそも爵位も継げぬ身で、王女殿下に求婚するなどあり得ぬ話です。
殿下には無数の可能性がおありになった。
ご身分と、これまでの御経験を生かせば、もっと華々しい道も選べたはずです」
(……選ぶ?)
私の今までの人生に選択肢なんかほぼなかった。
前の婚約は、国王陛下と王妃陛下が決めてしまった。
仕事だって、ただ降ってきたものを夢中になってやってきただけだ。
選ぶことなんて、ほとんどできない。
そんな中でイーリアス様は、目の前に降りてきた奇跡だった。
「少しばかり小賢しい知恵のついた年頃の孫が、まだお若い殿下にどのように求婚したかは存じませんが、あまり言いなりになどならぬよう」
「……私が、若すぎたとおっしゃるのですか?
若いゆえに、本当に自分の意思でイーリアス様との結婚を選べたか、騙されていないかと思っていらっしゃる?」
「端的に申し上げれば、そうです」
カッ、と顔が熱くなった。
宰相閣下の心配していることはわかる。
私だって、17歳のウィルヘルミナが本当に自分の意思で婚約者を奪ったのか気になった。
自分より若い人が、不可解な行動をとるとき、
『若気の至りじゃないか?』
『騙されてじゃないか?』
『本当に自分の意思なのか?』
『すぐに後悔するんじゃないか?』
と、心配になってしまうのはわかる。
わかる、からこそ。
わかってもらわなきゃ。
「戻りました────殿下?」
イーリアス様が2つの飲み物を持って戻ってきた。
ひとつはおそらく私のためにだろう、ジュースらしい液体の入ったシャンパングラス。
もうひとつは氷とウイスキーらしい液体の入ったグラス。
たぶんイーリアス様がご自分用にもらってきたのだろうウイスキーを
「こちらをください」
と言って奪い取り一気に飲み干した。
「殿下!? そちらはっ」
……熱い……!!
喉がカーッとなる!!
頭がクラクラする。
こんな強いお酒をイーリアス様はいつも飲んでいるの??
一気に身体にお酒が回るのを感じ、ふらつきながら、私は宰相閣下を見上げた。
「何度でも申し上げますけど!!
私は!!
イーリアス様と結婚したくてしたのです!!」




