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4、王女は引き継ぎ書作りに追われる

   ◇ ◇ ◇



 報告の結果……存外あっさりとトリニアス国王は結婚を認めた。


 酔っぱらっていたとはいえ、夜会の出席者たちの面前で、本人が求婚を受けたのだ。

 さすがに無視はできなかったのだろう。



「この結婚を以て、両国の関係を深めるものとする」



 そう国王陛下が後付けで意味を足し、ベネディクト王国側もクロノス王太子殿下が国王の名代として承認。

 酔った勢いでうっかり承諾してしまった結婚は『政略結婚』の体裁を整えた。


 すると、同じ日の会議で、和平交渉が一気に進展する。

 やはり結婚の影響があったのか……まず経済的分野で、ベネディクト王国側の譲歩があったらしい。


 そのかわりベネディクトは、


『トリニアスが西側の属国に展開している陸海軍を、半年以内に本国まで完全撤収すること』


を条件として提示してきて、トリニアス国王は呑んだ。

 一部の継続課題を残したまま終戦協定が結ばれ、ようやく“終戦”にこぎつけ、ベネディクト王国は敵国から元敵国になったのだった。



 協定が結ばれたその日のうちに、ホメロス将軍を除くベネディクト王国の面々は帰国準備を整えた。


 時を同じくしてトリニアス国王が撤兵の指示を出し、私は驚いた。

 うちの国の常として、撤兵させると言いながらのらりくらりと延ばすものだと考えていたからだ。



   ◇ ◇ ◇



 ────それが、ホメロス将軍の仕業だったと知ったのは、私が自室で、仕事の引き継ぎ書を作っているときだった。



「…………〈誓約魔法〉ですか」


「はい。約束したことは双方に必ず守らせる。ただそれだけの魔法です」



 ベネディクト王国一行の中で、私の出国に付き添うため1人残ったホメロス将軍。

 さらっと説明をするが、それって結構恐ろしい魔法じゃないだろうか?


 ベネディクト王国の歴代宰相の半分近くを輩出し、王族に次ぐ家格とされる名家。

 それが将軍の実家であるホメロス公爵家だ。


 この大陸の多くの国で、王家と高位貴族はそれぞれ自分の家独自で継承する魔法を持つ。

 ホメロス公爵家の魔法は〈誓約魔法〉なのだという。

 確かにそれは、政治家向きの魔法だ。



「王女殿下にはおかけしておりませんよ」



 私の思考を先に読んだかのように、ホメロス将軍は言った。



「…………かけようとは、お思いにならなかったのですか?」


「はい。たとえ酔った勢いであろうと、一度なさった約束を(たが)える方ではないと思いましたので」



 顔からは相変わらず感情が読めない。


 〈誓約魔法〉を本当はかけているけれど私がそれを自覚できず、それをいいことに『貴女を信じているのだ』とアピールしているのかもしれない。

 そこは若くして将軍になったような人だ。

 私よりも10歳も上だし、私など簡単に手玉にとれる相手だと思わないと。



(……結婚してほしい、と言われたとき、少しだけ、嬉しかったんだけどな)



 そんな感情を生まれて初めて抱いた男性が結婚相手だというだけでも、上出来なのかもしれない。


 国の仕事の行方は気になる。後ろ髪引かれる思いだ。

 だけど、求婚は受けてしまった。

 決まったことは感傷を入れず粛々と引き継ぎをこなすしかない。



「……引き継ぐお仕事が、ずいぶんとあるのですね」



 少し距離をおいた場所からこちらを見ながら、将軍はそう言った。



「ええ。成人している兄妹たち、それから重臣の方々に」



 私の仕事は膨大だったので、細かく分けて引き継ぐことになった。

 引き継ぎ相手をどうにか決め、大量の引き継ぎ書をいま必死で作っている。



「あの、将軍。別室にお茶を用意させましょうか」


「いえ。殿下のお仕事を見ていてかまいませんか」


「…………まぁ、問題はありませんけど」


「それと、何度も申し上げますが、イーリアスでかまいません」


「ですが……」


「祖父もホメロスですので、ややこしいのではないかと愚考いたします」


「……では、イーリアス様で」


「よろしくお願いいたします」



 この人は……言葉の上では、私の境遇に同情したような表現で

『この国から離れた方が良い』

と求婚した。

 その本心も、狙いもわからない。


 ただ、振る舞いだけで言うと、私にとってはほぼ完璧だ。


 まず、私が自分の大きすぎる胸が嫌いなこと、男性が苦手なことを理解してくれている。

 身体を触ってきたりしない。

 不用意に近寄ってもこない。

 話すときは胸じゃなく目を見て話してくれるし、胸のことは話題にしない。


 総じていえば、イーリアス様は、同じ空間にいて嫌だと思うことが全然ない男性だった。

 むしろ元婚約者よりずっと、居心地が良い。



「我が国との戦いには、イーリアス様も出られたのですか?」


「はい」


「そう、なのですね……」



(……これは……婚約者として適切な会話なのかしら。『ご趣味は?』とか『好きな食べ物は?』とか聞いたほうが良いのかしら)



 そうは言っても元敵国同士。

 イーリアス様はトリニアス軍との戦いに出、殺しあった人。

 そして私は、イーリアス様の仲間の兵を殺した国の王女ということでもある。


 いきなりそこまで距離を詰めて良いのだろうか?



(いいえ。

 せっかく国をまたいで結婚するのですもの。

 彼がどういう思惑であろうが、私と彼がうまく夫婦生活を進めることが、両国の関係改善につながるはず……!)



「イ、イーリアスさみゃ!」



 しまった。噛んだ。



「何でしょうか」


「あの、あの、ごしゅ……」



(……待って。いきなり『ご趣味は』とか、馬鹿っぽいのかしら? 殿方との適切な会話の距離感がわからないっ)



「ごしゅ?」


「……ごしゅ……くんに長く宰相として務められたあと引退なさっていたお祖父様が再び宰相に戻られたのは何か理由がおありだったのですか??」


「はい。祖父は侵攻時、祖母とともに偶然ゼルハン島におりまして」



(!!??)



「砲撃で怪我を負ったところを助けられ、命からがら船で脱出できました。

 拾えた命、何か生かさなくてはと考えていたところに国政復帰の打診があったようです」


「そ、そうだったのですね……それは……」



(あっぶなっ!!)



 もしそのとき、トリニアス軍がイーリアス様のお祖父様を殺していようものなら……。



(駄目だわ……結婚すると言っても、これはちょっと気軽に『ご趣味は』とか聞いていい距離感じゃないわ)



 私はイーリアス様にとって『元敵国の王女』であり『祖父を殺そうとした国の王女』。

 これ、どうやって仲良くなれば良いの?



「どうかなさいましたか? 王女殿下」


「い、いえ、その……」



 ─────その時、扉がノックされた。



「王女殿下。国王陛下がお呼びです。お1人でお越しくださいませ」



 扉の向こうからの声に冷や水を浴びせられたようになって、私は口をつぐんだ。



   ◇ ◇ ◇


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