表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

28/90

28、王女は夫がわからない

   ◇ ◇ ◇



 ノックの音で目が覚めた。

 窓から光が注いでいるからもう朝なのらしい。



「…………王女殿下。ご起床ですかな」



 結婚の見届け人の声だ。寝室の扉の向こうから聞こえる。



「は、はいっ」


「新郎がご不在ではございますが、メイド殿とともに寝所に入らせていただきたいのですが……よろしいですかな?」


「…………はい」



 ベッドの中には、やっぱりイーリアス様はいない。

 私がベッドから降りると同時に、部屋に入ってきた見届け人は、メイドとともに一礼した。



「昨晩はつつがなく?」


「あの……」



 メイドが「失礼します」と言ってベッドの羽布団をまくりあげた。



「……つつがなく終えられたようです」



 メイドがめくった羽布団の下からは乱れたシーツ。それから、イーリアス様がつけた血痕。



「お疲れ様でございました、()()



 黒革張りの薄いバインダーに挟まれた何かの書類に、サラサラと見届け人の方はサインをした。

 そしてそれをバインダーごと、恭しく私に差し出す。



「改めまして、ご結婚おめでとうございます。

 初夜の床を改めるような無礼な真似をお許しください。

 こちらの結婚証明書を、確かにお渡しいたします。

 末永いご多幸をお祈り申し上げます」



 開いて、見る。

 確かに、ベネディクト語で書かれた結婚証明書だ。

 ……私、昨日できなかったのに?


 首を捻っているうちに、見届け人は「失礼いたします」と部屋を出ていき、メイドが近くに寄ってきた。私よりも少し年上ぐらいだろうか。



「昨日はご挨拶できず申し訳ありません、メイドのナナと申します。

 侍女の成り手が見つかるまでは、あたしが王女殿下の身の回りのお世話をと申しつかっております」


「そ……そうなのですね。

 改めて、アルヴィナです。これからよろしくお願いいたします」


「…………王女殿下、昨夜はお疲れだったでしょう。

 お身体大丈夫ですか?」



 イーリアス様の血痕を指差すナナに、私はようやくその血の意味を理解した。

 処女は交わりの際に血が出る、という、その血を模したものだったのだ。


 ────だから見届け人はあっさりとサインをした。



「シーツはすぐに替えます。

 今日はゆっくりとお身体を休めてくださいまし。

 旦那様もいませんし」


「あの……イーリアス様は?」


「憲兵の詰所か王宮だと思いますよ。

 昨夜の侵入者たちを早朝から連行しに」


「……侵入者!?」


「はい。深夜に王女様を狙って邸に侵入者した輩です。

 全部で8人?10人ぐらい?いましたかね。

 護衛の皆さんと一緒にそいつらを叩き伏せたあと、朝まで寝ずにお守りしていたようですよ」


「そんな……」



 あの時イーリアス様は、怒って寝室を出ていった……と思う。

 なのに、朝まで私を守っていた?



「ほら、できましたよ」



 しゃべっているほんの短い間に、ナナはさっとシーツを替えてしまった。



「ほらほら、お休みになってくださいな。

 朝食と昼食は、食べやすくて胃に優しいものをお部屋に持ってきますから」


「ああ……はい……」



 ナナに言われるままに私は再びベッドに入る。

 メイドということは平民なのだろう。

 貴族や領主階級の娘がなることが多い侍女たちは、もっと謹み深くて、こんな物言いをすることはなかった。

 ……でも今は、この遠慮のなさがありがたい。



「あ、そうそう。

 旦那様にお渡しするよう言われてたものがあるから、それも持ってきますね」


「え?」



 ナナはメイドのお仕着せのスカートを持ち上げて、ぱたぱたと駆けるように出ていく。

 しばらくして「うんしょ、よいしょ」と言いながら、本を10冊ほども抱えて持ってきて、サイドテーブルにズシンと置く。



「殿下の好みの本がわからないので、いろいろ用意したそうです。

 もしお好みのものがなかったらまた別な本を用意するから、遠慮なくおっしゃってほしいとのことでした」


「それは……」



 イーリアス様が用意したという本を見つめる。

『昼まで寝て、布団のなかで読書したい』

という私の願いを叶えるという約束を守るため、だろうか。

 すでに『ゆっくりお茶したい』は汽車の中で叶えられている。



(…………どういうことなのかしら)



 イーリアス様は、怒って出ていったはずなのに。



(……いえ、それは侵入者が来れば撃退するわよね。考えすぎだわ)



 それよりも、イーリアス様が帰ってきた時、どうしよう。

 どんな顔をして会えば良い?

 恐かったしキツかったけど私、がんばろうとしたのに。



「午後起きられそうでしたら、お茶とお菓子を用意いたしますね。

 お部屋の外に護衛がいますし、何かあったら遠慮なくお声をおかけくださいまし」


「は、はい……いえ、やはり、私」


「王女様?」



 心がざわざわして、布団で休んでいられない気がして、身体を起こした。そこで初めて、まだ少し気分が良くないことに気づく。


 これは昨夜のせい?

 酷い男性たちやエルミナに胸を触られたあとの体の具合の悪さ、吐き気、苦しさのような……。


 私、相手が、イーリアス様でもダメなの?



(やっぱり、私の身体は男の人を受け付けないの?)



「……なんでもありません。

 あとで朝食をお願いします」



 それだけ言って、私は再び布団に潜った。

 昨日は出なかった涙が、じんわり溢れてきた。



   ◇ ◇ ◇


※出血は必ず伴うものではありません。念のため。

(出血のない女性の方が多数というデータも)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ