27、王女は初夜に失敗する
─────長い夕食の時間は終わり、入浴のあと、寝間着に着替えた私は寝室のベッドの上に座った。
1人待つ時間。胸の上から心臓を押さえる。
ほどなくして、イーリアス様が寝室に入ってきた……顔が見られない。
顔を上げられない間に、私のすぐ隣にイーリアス様が座っていた。
イーリアス様も寝間着だ。
それでも不審者侵入時の対処用なのか、サイドテーブルに大きなナイフと拳銃を納めたガンベルトを置いていた。
近いと、私との体格の差を実感する。大きい。……恐い。
「……お疲れですか?」
「………………た、たぶん、多少は」
「緊張も桁違いでしたでしょうから、ご無理はなさらないでください」
イーリアス様が手を伸ばす。
触れられるのかとビクリと肩を震わせた。
だけど、イーリアス様は、私の髪をひとすくい取り、くちづける。
「この先のことは、わかりますか?」
いつもは安心感を覚えるイーリアス様の低い声が、緊張を高めていく。
どうか、さっきみたいなことにならないで。
「………………知っていることと、わからないことが、あります」
声がかすれてしまった。
恐い。だけど、それを気づかれてはいけない。
夫婦の営みは、殿方に任せておけばすべて終わるのだそうだ。
爆発しそうな感情をすべて封じ込めて、あとはイーリアス様を信頼して委ねよう。
だから、いま、身体が震えないでほしいのに。
イーリアス様が、薄明かりを残して照明を消した。
一気に暗くなる部屋の中。
「触れても良いですか?」
「は…………い」
問いかけが聞こえ、裏返りかけた声を懸命に抑えた。
イーリアス様の手が、そっと頬に触れた。
大きくて、固い手のひらが、ゆっくり反応を見るように触れている。なんだか、ぞわぞわする。
「平気ですか」
「よく……わかりません」
どうして。鳥肌が立っている。
イーリアス様なのに、過去の、酷いことをしようとした男の人たちの姿がなぜかだぶる。
もしかして私の身体は男の人そのものを受け付けないのだろうか?
イーリアス様の手が耳をかすめたとき、ゾクリとした。
大きな手が、肩にかかる。
「少し、近づきます」
「はい……」
手が、私の背に回る。
軽くハグをするような体勢に、一気に嫌な記憶がよみがえって、私はイーリアス様の身体を押し退けていた。
……いや、私の腕力では全然その大きな身体を押し退けられてない。
イーリアス様が、身体を離していた。
「………………ここで止めましょうか」
しまった、と思った瞬間そう言われ、私は懸命に首を横に振る。
「だ、だめです!
最後までしてください。
私、我慢します!!」
「我慢してするものではないのです」
イーリアス様はベッドサイドにあったナイフをスラリと抜き取ると、自分の腕の内側を傷つけ、その血をシーツにつけ、シーツを引っ張って乱した。
その儀式が何を意味するものなのかわからなかったけど、このままだといけない気がした。
「大丈夫です!
私、嫌なことを少し思い出してしまっただけなのです。
目をつぶって朝までじっとしています。
その間になさることをなさってください」
「……殿下?」
「女はじっとしていれば終わるのでしょう?
大丈夫です、王城を出てからたくさん睡眠を取ったので、身体は元気です。
痛いことにだって、耐えられると思います」
「殿下!!」
大きな声に心臓が止まるかと思った。
薄暗い中で、やっぱり表情のよくわからないイーリアス様。
だけど。
(怒っ……た……?)
たぶん、怒っている、気がする。
どうして。何に怒ったの?
「……それは、私に何をしろと言っているのか、おわかりですか?」
「……え……?」
結婚の成立に必要なことをしてほしいと、そう望んでいるだけだ。
何を怒っているのかわからなくて、どう言えば良いのかわからなくて、言葉が出てこない。
しばらく、イーリアス様の視線を受けながら凍りついていた。
どれぐらい、たっただろうか。
「…………失礼いたしました」
イーリアス様は頭を下げ、ベッドから降りる。
「声を荒らげて申し訳ありません。
外に護衛がおります。
どうか、今日はこのままお休みください」
「………………」
声が出なかった。
何がなんだか理解できないまま、自分が失敗したことだけはわかった。
「あの……イーリアス様……ごめんなさい……?」
「謝ることではありません。
……明日、お話をさせてください」
背を向けたまま、イーリアス様は言う。
「…………おやすみなさいませ、王女殿下」
寝室を出ていくその大きな背中。
嫌われたんじゃないだろうか。明日、本当に話してくれるのだろうか。
不安が募りながら、泣きたい気持ちで私は羽布団の中に潜り込んだ。
◇ ◇ ◇




