20、王女は新生活に思いを馳せる
アンティークの大きな長テーブルや、細工飾りの見事な燭台が目を引くダイニングルーム。
そこへ従者が、大きなトランクのような形のバスケットを運んでくる。
(サンドイッチとか用意してくれていたのかしら?)
……などと考えていると。
バスケットの中から、テーブルクロス、お皿、カトラリー、グラスなどなどが出てくる出てくる。
さらには他のバスケットの中から、ワインや密閉容器詰めの料理が出てきた。
(すごーい、たくさん……。
ん、あれ、ちょっと量が多い……ような……?)
先に小量ずつイーリアス様が口にして毒見をする。
従者とメイドが必要なものは温め、パパッとお皿に盛り付けてくれる。
そうして瞬く間にランチの支度が出来上がった。
「……便利ですね、このバスケット!」
「ピクニック・ハンパーといって、狩猟やピクニックの際に食器類や軽食を詰めて持ち運ぶものです」
「こんなのを持って出掛けたら楽しいでしょうねぇ」
『女の子のお友達を誘って一緒にピクニック』のイメージがより鮮明になった。
こんな本格的な料理じゃなくても、簡単な軽食でもきっと楽しいはず。
(やっぱり一緒にピクニックに行けるようなお友達、作りたいわ)
そう思いながら、温まった、ほろほろ柔らかな牛すね肉のシチューを口に入れる。
「美味っ……しい……」
「お口に合ったなら何よりです」
舌がとろける。
ほんと、毎日美味しいものをゆっくり食べられるのが幸せ。
そう思いながら私は、イーリアス様へ目をやる。
(…………ん?)
なぜかすでに、イーリアス様の前のお皿の中身がずいぶん減っている。
ホメロス公爵家の従者が心得たように、もりもり料理を追加していた。
「─────あの、イーリアス様?」
「はい」
「もしかして、結構お食べになりますか?」
「そうですね。男ですから」
「いや、殿方だからというレベルを越えている気が……?」
ホメロス公爵家の従者は当たり前のような顔をしているけれど、イーリアス様は私の3倍ぐらいのペースで食べている。
軍人だし、身体も大きいから?
食べる量も本来多かったのか。
「あの……もしかして、今まで私に食べるペースを合わせてくださってたんですか?
私がゆっくり食べられるように」
「……たまたまです。コース料理ならば私も味わって食べますから」
「でも、きっと全然量が足りなかったですよね?」
表情に出ないので、まったく気づかなかった。
「結婚したら、ちゃんとイーリアス様の分は多めに用意しましょう。
……あ、そういえば私、料理や家事を覚えねばでしょうか」
「いえ、とんでもない。
料理人とメイドはホメロス公爵家に務める者の中で目星をつけております。
侍女はまだ少しかかりそうですが」
「そう、ですよね……」
(結婚したら、毎日このダイニングでイーリアス様と向き合って食事をとるのかしら)
イーリアス様の食べる姿を見ながら自分も食べる。
うん、悪くない。
(……イーリアス様ともピクニックに行けたらいいわ)
行けるとしても、護衛が必要なくなってから?
もしかしてこれも、予定を合わせるのに1年かかるかもだけど……。
そんなことを思いながら、私も昼食を美味しく完食した。
とっても美味しかった。
忙しいと食事を作ってくれる人への感謝も忘れがちになってしまうけど、やっぱりありがたい。
おそらくホメロス公爵家の作り手も毒の混入に警戒して作ってくれているはず。
「ありがとうございます。料理人の方にとても美味しかったと伝えてください」
「承知いたしました。
喜ぶかと存じます」
食器類は瞬く間に片付けられていく。
厨房の方で洗うのだろうか。
食事後、私とイーリアス様はお庭を歩く。
可愛いお庭だ。
きっとこの庭でかつての伯爵家の子どもたちも遊んだのだろう。
(子どものことは……まだ考えられない、けど)
物理的には恵まれていたけど、親はいないも同然だった。
親が子をどう育てるものなのか……わからない。
そもそも、子をもうけられるようなことをできる自信が、正直、ない。
それは相手がイーリアス様であっても。
(……でも……結婚式の夜にはしなければいけないのよね)
結婚の成立には、それが必要になる……できるのだろうか?
ひたすら我慢して男性に任せていればいいの?
胸の中の重いものを吐き出すように、知らず知らず深呼吸していた。
「今日は連れてきていただいて、ありがとうございます。
家具は古いですけれど、全体的に統一感がとれていて家の雰囲気に合っています。
私としては、良い家具は残して手入れをし、家の雰囲気に合わせて少しずつ新しい家具を選びたいのですが……」
「承知いたしました。
私1人でしたら家具商のもとに行って決めてしまおうと考えておりましたが、今度こちらに家具商を呼んで2人で考えましょう。
それから壁紙も家を見ながら選べるように、見本を持ってこさせます」
「ありがとうございます!!」
「それと、おそらく結婚披露のパーティーのみならず夜会に呼ばれることもあるでしょう。こちらも支度を進めて参りましょう」
「夜会────ありますよね」
「どうかなさいましたか」
「いえ……」
私の頭に浮かんだのは唯一持っているあのイブニングドレスだった。
あれを着て夜会に出たら、またじろじろと胸に不快な視線を受けることになるんだろうか?
(こちらもドレスコードは変わらないでしょうけど……。
それでももしかして……少し胸元襟元を仕立て直して、胸元の露出を減らしてもいいものかしら?)
ドレスコードに反するかもしれないリスクと、胸が目立ってしまいベネディクト貴族にもいやらしいと思われてしまうかもしれないリスク。
正直、どちらを優先すべきか判断がつかない。
「あの……ご相談なのですが、イーリアス様はドレスの直しをお願いできるお針子にお心当たりはありませんでしょうか?」
「お針子、ですか?」
「はい。その……一張羅のイブニングドレスを少し直したいのです」
「なるほど……」
しばしイーリアス様は考えたのち、「心当たりがあります」と答えた。
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