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2、王女は睡眠不足で夜会に臨む

   ◇ ◇ ◇



 ────1週間後。

 王城で夜会が開かれた。


 滞在中のベネディクト王国の一行をもてなす夜会だ。

 私含め王家が勢ぞろいし、それから高位貴族たちが出席する盛大なものとなった。


 大広間でシャンデリアがきらめくその下で、私は1人、ため息をついている。



(…………なんで夜会のドレスって胸元を出すのがマナーになってるのかしら)



 望んだわけじゃない露出の多いイブニングドレス。周囲からの目。

 まだまだ睡眠不足で働かない頭を振り絞り、私は人目と、寄ってくる男性を避け、会場の隅をあちこち移動していた。



「ねぇ見て、あちらの王太子殿下! 素敵だわ……!」

「本当になんてお美しい殿方なのかしら! ため息が出るわ」

「婚約者はいらっしゃるのかしら?」「ああ、一言でもお話ししたい…!!」



 女性のささやき声があちこちで交わされる。

 それは、会場のなかにいる、ある人物を指していた。


 ベネディクト王国のクロノス王太子殿下だ。


 艶やかな銀髪、アイスブルーの瞳。神々しささえ覚える白皙(はくせき)の美貌。

 誰もが息を呑む絶世の美男子で、細いフレームの眼鏡をかけている。

 天から遣わされた神獣のようなそのオーラに、会場内の女性たちがうっとりと見とれていた。

 いまだ敵国である国の王子に。



 ────2年半前、トリニアス王国はベネディクト王国領のゼルハン島に侵攻した。


『重要な交易拠点としてベネディクト王国に巨万の富をもたらしているが、軍が常駐しておらず商人たちばかり。すぐに奪い取れるはずだ』


 ……と、軍部が暴走して、父も説得されて追認してしまったのだ。

 まったく道理のない暴挙で、私も父を止めたけれど力及ばなかった。


 結果は散々なものだった。


 まず、武装していた商人たちから相当強い抵抗に遭う。

 彼らは自国軍が来るまでの時間を稼ぎ、島の民間人を守って船で脱出。

 そこにベネディクトと同盟国の軍が駆けつけ、トリニアス側は壊滅。

 多くの戦死者を出し、停戦を申し出たのだった。



 それから2年半……。


 トリニアス王国側(主に父と兄と重臣たち)は、戦争を仕掛けたのはこちらなのに、賠償金を何度も値切りながら、早く戦前どおりの国交をと求めた。しかも軍はあちこちの属国に展開したまま。

 交渉はズルズルと延びて“停戦”はいつまでも“終戦”にならなかった。

 それに決着をつけるべく、いまこの国には、ベネディクト王国の王太子殿下と数名の要人が来訪している。


 このまえ助けてくれたイーリアス・クレイド・ホメロス将軍もその一行の1人。

 私の顔は『肖像画で拝見しました』とのこと。


 父や兄は、妹たちをクロノス殿下に近づけ、あわよくば政略結婚やハニートラップによって譲歩させ国交回復を……と狙っていたようだが、うまくいっていないらしい(第3王女ウィルヘルミナは婚約で途中脱落)。


 それで私にも色仕掛けに加われと言ってくる。

 真剣に和平交渉しに来ている人たちに、正直失礼だと思う。



 そんなことを考えていたら。

 ────後ろから女の手が延びてきて私の胸を鷲掴みにした。



「────!!!?」ゾッとした。


「お姉さまっ! 今日も素晴らしく大きなお胸ですわねっ」



(やめて!!! やめてやめて!!)


 息ができない。

 過去の恐怖が、私の身体をガチガチに固めてしまう。

 相手が妹だとわかっていても。



「うらやましいですわ! 私もこれぐらい実ればいいのに」



 無邪気なセリフに背筋が凍る。

 喉がふさがって声が出せない。

 会場の端にいたせいで、周りはトリニアス貴族だらけ。

 微笑ましい光景だとでも言いたげに、あるいはいやらしいものを見下すように笑っている。

 誰も止めてくれない。



(止めて。お願いだから。誰か助けて……!!!)



「ちょ!? い、痛!!」



 私の胸が無礼な手から解放され、妹が悲鳴をあげる。

 おそるおそる後方を見て、私はぎょっとした。

 身体の大きな男性が、妹────16歳の第4王女エルミナの腕を捻りあげている。


 再びのイーリアス・クレイド・ホメロス将軍だった。

 妹が甲高い声で叫ぶ。



「痛、痛い!! ……な……なによ!! 私を誰だと思っているのよ!? 離しなさい!! 痛いじゃないの!!」


「いくら同性とはいえ、女性の胸に無遠慮に触れるような無体な真似は見過ごしかねます」


「やめ、痛いってば! 放して!!」



 妹の叫び声に呪縛が解かれたように、はっ、と、私は息を吸った。

 口が動く。身体が動く。喉も。



(…………助かった…………)



 また、助けてくれた。


 ホメロス将軍の大きな傷のある整った顔には表情がほとんど現れず、冷徹な恐さを(かも)し出している。

 だけど威圧感のあるその姿が、今は頼もしかった。



「────僭越(せんえつ)ながら、周りの皆様の態度にも疑問を抱かざるを得ぬのですが。

 現王家の中で、ただ1人嫡出で正統なお立場である王女殿下です。

 その危機、臣下ならば身を呈してお守りするべきではないのですか?」



 その強面(こわもて)の彼が周囲の紳士淑女たちをねめつけ諭し始めたところで、私はあわてた。



「ありがとうございます、ホメロス将軍閣下。もうよろしいですわ」


「御身に別状ありませんか?」


「ええ。本当に、ありがとうございました。おかげで大変助かりましたわ」



 そう言うと、やっとホメロス将軍は妹の腕を放す。


 痛そうに腕を押さえ、そそくさと逃げようとするエルミナの肩に私は手を置いて、



「────二度とするなと言ったでしょう?」



低い声で(ささや)くと、ひゃっ、と変な声をあげて彼女は逃げていった。



 同時に、周囲の紳士淑女も気まずそうにその場を去っていく。

 私たちの周りには、一時的に人がいなくなった。



「お顔色がよろしくないように見受けられます。椅子にお掛けになっては?」


「そうですわね……少し、休ませていただきます」



 エルミナは悪気がないのだと思うけど、私は()()をされると、一気に体調が悪くなる。

 呼吸がしづらく、吐き気がして気分が悪くなってしまう。


 近くに置かれたソファに、私は腰かけた。


 ホメロス将軍はその場を離れたが、すぐに戻ってきた。

 手には……厚手のショール?



「城の方に借りて参りました」

「……あ、ありがとう……ございます」



 ぱさり、と、肩にかけてくれる。温かい。

 私はそのショールを胸周りにまで回した。

 ドレスのせいで上の方が露出した胸────兄曰く、『デカブツ』────を覆うことができて、ほっと一息つく。



(……夜会のマナーだからであって、好きで胸元出してるわけじゃないのに)



 今夜も周囲の男女から向けられてきた好奇と嫌悪の目を思い出しては、ついムカムカしてしまう。


 そんな私から、少し離れてホメロス将軍は座った。

 少し離れてくれて助かった。やっぱり、彼の大きな身体は───いえ、男の人は、恐いから。


 私は改めて彼をしっかりと見る。


 緑がかった暗い灰色(アッシュ)の短髪に、淡めのヘーゼルの瞳。

 その整った顔に負った大きな傷は、よく見ると複数の火傷と斬り傷が混ざっている。

 戦場で負ったのだろうか。



「あの、お気遣いくださりありがとうございます、ホメロス将軍」


「イーリアスでかまいませんが」


「いえ、将軍とお呼びいたしますわ。我が国の者がお見苦しいところを重ねてお見せしてしまい、申し訳ない限りですわ。それから」



 そうだ、これもお礼を言おうと思っていたのだ。



「あの時、父に何か言ってくださったのでしょう? あれから人員が回って、とても助かりましたわ」


「そうですか。それならば良かったですが」


「ええ。毎日2時間ほどしか眠れませんでしたのが、最近は4時間眠れるようになりましたの!」


「…………恐れながら王女殿下、それはまだ足りていないと愚考いたします」



 表情の変化は相変わらずほとんどないけれど、しっかりと私の目を見て話してくれる。



 どうせ私は、夜会からの退出を許されていない。

 そしてここにいる限り、胸目当ての殿方ばかりが話しかけてくるだろう。


 それなら、ホメロス将軍としばらく話している方がいい。



「殿下、何か飲まれますか? ────いや、あまりお眠りになっていないのでしたら、酒はおやめになった方が良いですね」


「そう……ですわね。度数の低いものを1杯だけいただきますわ」



   ◇ ◇ ◇

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