18、王女は意思を表明する
◇ ◇ ◇
「おはようございます、王女殿下」
「おはようございますっ!」
「…………お元気でいらっしゃいますね」
「そうでしょうか?」
朝は早く起きて湯浴みをした。
念入りに肌のお手入れをして、化粧をし、朝食後にやってきたイーリアス様を出迎えた。
落ち込んだ気持ちはまだ残っていて、空元気を出してみたり。
昨日の糾弾にどう思ったのか、イーリアス様の顔はいつも通り表情が出にくくてわからない。
「さぁ、参りましょう、イーリアス様」
「はい。お連れいたします」
────まずは、イーリアス様とともに、こちらの国王陛下へのご挨拶を短時間で済ませた。
次にクロノス王太子と重臣の方々へのご挨拶となった。
王政の上層部と王族が一堂に会している。
ちなみに、場所は、昨夜私が盗み聞きした会議室。
円形の巨大テーブル、今日は中央正面に王太子殿下、その左隣に宰相閣下。
私の1つ上、20歳だという王太子殿下は、その空間でそこだけ光を放っているような、相変わらずの絶世の美男子ぶり。
銀髪にアイスブルーの瞳のその美しさに
(……なんだか大粒のダイヤモンドみたいだわ)
と思う。
隣に座る、70を越えてらっしゃるであろう宰相閣下もまた別種のオーラを放っているので、2人並ぶと圧がすごい。
私たちが椅子にかけると、王太子殿下が、口を開いた。
「アルヴィナ王女殿下。
改めて、我が国のイーリアス・クレイド・ホメロス将軍とのご婚約をお祝い申し上げます。
幸せな結婚となること、末永いご多幸をお祈りし、また、正式な和平を結んだばかりの両国の関係にこの結婚がより良い影響をもたらすことを期待しております」
和平交渉の時よりも柔らかい口調でそうお祝いを述べる。
「お言葉、大変ありがたく頂戴いたします、クロノス王太子殿下。
このたびは素晴らしい男性と良いご縁をいただいたと大変嬉しく思い、喜んでベネディクト王国に参りました」
そこで言葉を切り、大きく息を吸った。
「トリニアス軍は2年半前に貴国の領土へ侵攻いたしました。
その際に貴国の兵を戦死させ財産を奪ってしまいましたことを、わたくしも、現王家一同も、非常に申し訳なく思っております。
それにも関わらず、わたくしにこのような機をいただけたことは大変ありがたく、個人の幸せのみならず、ぜひこれが両国の関係改善につながればと考えておりますわ」
……トリニアス王家は本当は不穏なことを考えていますが、私が動かなければ、そして殺されなければ、何も害はないはず。
「ではアルヴィナ殿下、これからよろしくお願いいたします。
結婚式までは王宮にご滞在ください。何か不足や不都合があれば遠慮なさらず周囲の者に伝えていただけますか」
「お心遣い、まことに感謝いたしますわ。では王太子殿下のお言葉に甘え、ひとつここで皆様にお伝えしたいことがございます」
「何なりとおっしゃってください」
私は立ち上がり、背筋を伸ばした。
盗み聞きしていたことがばれるわけにはいかないし、下手に私がイーリアス様をかばうようなことを言えば、イーリアス様があらぬ誤解を受けるかもしれない。
言えることがあるとしたら、私自身がこの結婚を望んでいるということだ。
「恥をさらすようですが、わたくし、イーリアス様と初めてお会いしたとき、階段から落ちかけておりまして」
列席者の1人が思わず吹き出しかけて、あわてて口をふさいだ。
少し、空気が緩んだ気がする。
「それで危うくイーリアス様に命を助けられたのです。
おかげででしょうか、恥ずかしながらわたくしは殿方を恐がりがちではあったのですが、お会いして間もないのに、イーリアス様のお側は、とても安心するのです」
たとえベネディクト王国からクロノス王太子殿下とのご縁談があったとしても、そもそも私は王太子殿下と関係が築けただろうか。
目が潰れそうなほどの絶世の美男子で、冷たく見えつつも礼儀正しい方だと思っているけれど、それはイーリアス様に感じる思いとは全然違う。
「率直に申しまして、ベネディクト王国の皆様の中には、トリニアス王女のわたくしがなぜイーリアス様の求婚を受けたのか、何か目的あってのことではないかとお疑いになる方がいらっしゃるのでは、と、危惧しております。
ですが、わたくしはこちらを唯一無二のご縁と思い、この国に参りました。
信頼していただけるよう行動で示して参りますので、どうぞ見守っていただけますとありがたく存じます」
私は、「お伝えしたいことは以上になります。ご清聴くださりありがとうございました」と一礼して席に着いた。
「王女殿下、お話しいただきありがとうございます。ではホメロス宰相より何かありますか」
クロノス王太子殿下に振られた宰相閣下は、ふむ、としばし考える様子を見せて、起立する。
「改めましてアルヴィナ王女殿下。ベネディクト王国にようこそいらっしゃいました。
わが孫、しかも次男にはもったいないほどの良縁にて、大変な喜びであると同時に大きな責任を感じております。
幸せな家庭を築いていただけるよう、精一杯の尽力をさせていただきます」
にこやかに、さらりと言い切り、着席した。
昨日イーリアス様に思い上がりと言った時の冷ややかさは微塵も感じさせない。
老練な政治家だから、私のことを
『王位継承権を保持したままの方が利用価値が高いのに』
ぐらい考えていてもおかしくはないけれど、それでもイーリアス様のお祖父様だ。できるだけ良い関係は築きたい。
「結婚式は2か月後を予定しておりましたが、諸々の事情から可能な限り早め、急ですが1週間後と決定いたしました。
トリニアス王家の方をご招待できないこと、お詫び申し上げます」
と、再び王太子殿下。
「いえ。わたくしの事情を鑑みてのご判断、大変ありがたく存じますわ。元々、日取りと内容、出席者・招待者についてはベネディクト王国に一任というお話でしたし」
招待しても国王陛下と王妃陛下はまず来なかっただろうから、問題はないはずだ。
「ウエディングドレスはトリニアスよりご持参と伺いました。式には王都の大聖堂を使用いたします。
披露宴は後日、王宮の大広間にて行い、そちらにはトリニアス王家の方をご招待いたします」
「お心遣い、まことにありがたく存じますわ」
元婚約者との結婚予定があったからすでにトリニアス王家でウエディングドレスは作っていた。
イーリアス様には悪いけど、国民の税金で作られたドレスだから大切に着たい。
こちらの承諾にうなずいた王太子殿下は、イーリアス様の方に目を向けた。
「それから、ホメロス将軍」
「はっ」
「貴方には2週間の休暇を与えます」
「は? しかし」
「王女殿下はまだ王都にいらしたばかりです。
結婚の前後、身の回りを整えるのに、ある程度時間は必要でしょう」
「しかし、それは……。
いえ、王太子殿下のお気遣い、まことにありがたく存じます」
おそらくだけど……王太子殿下は、私の身辺を守るためにイーリアス様に休暇をと言っているのだろう。
「王太子殿下。
お心遣いとてもありがたく存じます。
わたくしからもお礼申し上げますわ」
私は微笑みながら言い、一方でうるさい心臓の音がイーリアス様に聞こえてしまわないかひどく心配になってしまった。




